10:「花火が終わると、一発だけ誰も打ち上げていない花火が夜空に咲いた」
地元の花火大会は、片貝や長岡ほどの規模ではない。
老人の語り古された話を口々に言うのを若者たちは聞き流す。
「昔は変な噂があったんだよ」
「最後に上がる花火だけは見上げるなって」
「なんでも、大切なもんを忘れるそうだ」
今年は花火が終わったあと、一発だけ花火が夜空に咲いた。
打ち上げ場所は登山道のない山だった。
私には一瞬だけ、火の粉が人の顔に見えた。
提供者の名前は最後まで読み上げられなかった。
観客席のあちこちで、ざわめきが広がる。
私はこっそりと、あの花火に祈った。
(私のいない人生を返してください)
子どもの頃から長女であるというだけで、私は家事や弟の世話を手伝わされていた。
父は単身赴任ばなりなのに、帰ってくるとテレビばかり見ていた。
大人になれば解放されると期待していたのに、弟はトドのように寝転がり、母があれこれと世話を焼いている。
弟を溺愛する母ならそれでいいだろうが、私まで召使い扱いされるのはもう嫌だ。
花火に神社みたいなご利益がないことくらい、わかっている。
でも、あの時はそうするしかなかった。
だって、隣のシートで弟は母に至れり尽くせり世話を焼かれながら酒を飲んでいたのだから。
翌朝。我が家は大騒ぎになった。
「あんた誰?」
不審そうな母は弟を守るように前に出て、問いかけてくる。
それが少し笑える。
「早く出て行ってよ!」
「まあまあ。こちらにも都合というものがあるんでね。二時間ばかりお時間を貸してくださいね。片付けたら、出て行くので」
なんで母が私のことを忘れたか、わからない。
でも、家族への思いは年々薄くなってきたのに、今回のことで愛想が尽きた。
荷物と不用品を整理した私は、玄関へ向かおうとした。
「姉ちゃん!」
「あら、まあ」
弟は私のことを覚えていた。
でも、もうどうでもよかった。
「お袋が変なんだ」
「知ってる」
「ボケたかもしれない。介護してくれよ」
「はあ?」
私と弟の間に剣呑な雰囲気が漂う。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
見知らぬおじさんが出しゃばってきて、ちょっと不快に思ったものだ。
「お互い頼れるのはきょうだいだけなんだから、仲良くやっていこうじゃないか」
「うるせー、じじい!」
「あなたには関係ないでしょ!」
私と弟が同時に怒鳴ると、見知らぬおじさんは大声で捲し立てた。
「それが父親にする態度か!」
え? この人、私のお父さんなの?
そういえば、母は私を家政婦扱いしていた。
私は父になんの思い出もない。
弟も、父が帰ってきても顔を見ずにゲームをしていた。
偶然にしてはできすぎている。
「どうなってんだよ?」
弟が頭を抱えて呻いた。
えーと、母は私を忘れ、私と弟は父を忘れたことになるらしい。
母にとって一番邪魔だったのは私。
私にとって、一番いなくても困らないのは父。
弟なんて空気みたいなものだった。
偶然とは、思えなかった。
「でも、それって悪いことかな?」
「……」
「……」
弟と自称父は顔面蒼白で私に迫った。
「誰が俺の飯と洗濯をやるんだよ!」
「将来、誰が俺の介護をやるんだよ!」
あまりにも身勝手な言い分が頭にきた。
「自分のことは自分でやれ! 私のことは探さないでよ!」
私は荷物を抱えて出て行った。
足取りが軽やかで、胃の調子がいい。
当てはないけど、初めての一人暮らしは楽しく生きようと決意し、私は有り金はたいて東京へ行くことにした。
新幹線の窓から故郷を見る。
夜空に、また一発だけ花火が咲いた。
あの花火は、願いを叶えるんじゃない。
その人が一番忘れたかった相手を、連れて行く。
今度は誰を連れて行くのだろう。




