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選び直す味の塩ラーメン

 選んだはずの道でも、ときどき立ち止まりたくなる。


 間違っているわけじゃない。


 でも、これでよかったのかと考えてしまう。


 進んでいるのに、どこか引っかかる。


 そんな感覚が、消えないまま残ることがある。


 春の少し手前。


 私は、進路を決めていた。


 第一志望ではなかったけれど、納得できる理由を並べて、自分を説得した。


 周りも祝ってくれた。


 それでいいはずだった。


 それなのに。


 帰り道、ふと足が止まる。


 見覚えのない路地。


 なのに、知っている気がする。


 奥に、灯りがあった。


 赤い提灯。


 胸の奥が、わずかに動く。


 探していたわけじゃない。


 でも、見つけてしまった。


 暖簾をくぐる。


 店内は静かだった。


 以前と同じはずなのに、少しだけ違って見える。


 奥に、あの人がいる。


 相変わらず、現実から少し浮いているような佇まい。


「いらっしゃいませ」


 穏やかな声。


 私は席に座る。


 前と同じ場所。


 自然と、そうなった。


 カウンターの端を見る。


 誰もいない。


 けれど。


 そこだけ、少しだけ空気が薄い気がした。


 何も言わないまま、鍋に火が入る。


 湯気が上がる。


 静かな音。


 その動きが、妙に正確に見えた。


「……ここって、何なんですか」


 気づけば、口にしていた。


 前は聞かなかったこと。


 今は、聞かなければいけない気がした。


 男は、すぐには答えなかった。


 少しだけ考えるようにしてから、口を開く。


「満たされないままでは、進めない方がいるんです」


 静かな声。


「そういう方が、少しだけ整えられる場所です」


 それ以上は言わない。


 でも、それで十分だった。


 ここが何なのか。


 完全には分からない。


 それでも、役割だけは見えた気がした。


「……じゃあ」


 言葉を探す。


 うまく言えない。


 それでも、続ける。


「ここに、ずっといる人もいるんですか」


 一瞬だけ、男の手が止まる。


 すぐに、動き出す。


「……長く留まると、難しくなります」


 それだけだった。


 否定もしない。


 肯定もしない。


 でも、十分だった。


 ラーメンが置かれる。


 塩ラーメン。


 透き通ったスープ。


 余計なものがない。


 一口、飲む。


 はっきりしている。


 今までで、一番分かりやすい味だった。


 ごまかしが効かない。


 そのまま、味が伝わってくる。


 もう一口。


 さっきまで胸にあった違和感が、少しずつ形を変える。


 消えるわけじゃない。


 でも、扱える気がする。


「……正しい選択って、ありますか」


 聞いてみる。


 答えは分かっている気もした。


 それでも、聞きたかった。


 男は、わずかに視線を上げる。


「選んだあとに、そうしていくものです」


 静かな声。


 強くもなく、弱くもない。


 ただ、そこにある言葉。


 ラーメンを食べる。


 全部、食べ終える。


 満たされている。


 でも、それだけじゃない。


 少しだけ、覚悟が残る。


 立ち上がる。


 店を出る。


 夜の空気が、はっきりしている。


 振り返る。


 店は、ない。


 ただの路地。


 それでいいと思った。


 歩き出す。


 自分で選んだ道を、進むしかない。


 それでも、もう一度振り返る。


 ほんの一瞬。


 店の奥に立っていた男が、別の誰かに見えた気がした。


 すぐに消える。


 何もない。


 私は、そのまま前を向いた。


 選び直すことも、きっとまだできる。


 そう思いながら、歩き続けた。

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