途中の塩バターラーメン
未来は、まだ決まっていないはずなのに。
決めなければならない時期になると、それが急に重くなる。
正解なんて分からないまま、選ばされる。
それが怖くて、足が止まる。
夜の帰り道、私はコンビニの前で立ち止まっていた。
お腹が空いている。
でも、何を食べたいのか分からない。
棚に並ぶおにぎりやパンを見てもどれも同じに見た。
スマートフォンを開く。
進路希望調査のフォーム。
未入力のまま、期限だけが近づいている。
周りはもう決めている。
大学に行く人。就職する人。専門学校に行く人。
みんな、ちゃんと前に進んでいる。
自分だけが、取り残されている気がした。
お腹が鳴る。
空いているはずなのに、何も入れたくない。
満たされる感じがしない気がして。
息が浅くなる。
ここにいるのが、急に苦しくなった。
私はコンビニを離れた。
あてもなく歩く。
どこに行けばいいのか分からないまま。
ふと、見慣れない路地に入っていた。
こんな場所、あっただろうか。
奥に、小さな灯りが見える。
赤い提灯。
お腹が、また鳴った。
今度は、少しだけ素直な音だった。
私は、その灯りに引き寄せられる。
暖簾をくぐる。
店内は静かだった。
けれど、どこか空気が冷たい。
なぜか、少しだけ怖い。
それでも、引き返す気にはならなかった。
「いらっしゃいませ」
男が一人。
綺麗な人だと思った。
けれど、どこか現実から浮いている。
私は席に座る。
カウンターの端は、避けた。
誰もいないのに、そこだけ少しだけ冷えている気がした。
ほんの一瞬、黒い影が見えた気がする。
瞬きをする。
何もない。
気のせいだと思うことにした。
男がこちらを見る。
静かな視線。
「少し、楽になります」
それだけ言った。
鍋に火が入る。
湯気が立ちのぼる。
その一瞬、湯気が途切れたように見えた。
すぐに戻る。
私は何も言わない。
言えなかった。
しばらくして、ラーメンが置かれる。
白い丼。
その縁は、はっきりと欠けていた。
前よりも、大きく。
塩バターラーメンだった。
透き通ったスープに、バターが浮いている。
でも、どこか中途半端だった。
完成されていないような、不思議な見た目。
一口、飲む。
――あれ。
軽い。
でも、後から少しだけコクがくる。
もう一口。
今度は、さっきより味がある気がする。
でも、まだ足りない。
何かが、途中で止まっている感じ。
お腹は、少しずつ満たされていく。
でも、それだけじゃない。
胸の奥にあったざわつきも、少しだけほどけていく。
「……なんか、変です」
思わず言ってしまう。
男は、静かにこちらを見る。
「そうかもしれません」
否定しない。
「完成していないものですから」
ラーメンを見る。
確かに、どこか未完成だ。
でも。
だからこそ、嫌じゃない。
まだ変わる余地がある。
そんな気がした。
「……何が正解なんですか」
気づけば、口にしていた。
進路のこと。
将来のこと。
全部まとめて。
男は少しだけ考えるようにしてから、答えた。
「完成したものだけが、正しいわけではありません」
静かな声。
「途中にあるものも、それ自体で意味があります」
お腹が、落ち着いている。
さっきまでの焦りが、少し遠い。
全部食べ終える。
満たされた、というより。
少しだけ余裕ができた。
立ち上がる。
店を出る。
夜の空気は、少しだけやわらかい。
振り返る。
店は、ない。
ただの路地。
――そのはずなのに。
一瞬だけ、誰かが立っていた気がした。
黒い服の女。
何もない目で、こちらを見ている。
瞬きをする。
もう、いない。
胸の奥が、少しだけ冷える。
それでも、私はスマートフォンを開く。
進路希望の画面。
まだ空白。
指を置く。
すぐには決めない。
でも、逃げもしない。
お腹が満たされたみたいに。
少しずつでも、進めばいい気がした。
未来は、まだ途中なのだから。




