9 真実
「凜嬪さま! なぜここに」
「詳しい話は後だ。そいつらの口を割らせればいいんだろ。だったら任せろ」
皇后とその一派が何か仕掛けてくることを予想したが、案の定であった。
だが一心は確信していた。燕鶯は絶対に無事だと。
そう思った理由は、史実では燕鶯帝は名君と言われ、その在位は長く、平和な世を治めたと書かれていた。だから、まだ若い燕鶯が、今ここで亡くなるはずがないと。
そこで一心は、陛下が崩御したことで衝撃のあまり床に伏せっているということにして、小幽子に馬に乗せてもらい駆けつけてきたのだ。
後のことは詩夏や林杏がうまくやってくれているだろう。だが、自分が月明宮にいないことが皇后にバレたら大変なことになる。とにかく手早く済ませて皇宮に戻らなければ。
「凜花、何か策があるのか?」
「もちろんだ」
一心は背に担いでいた荷を叩き、にっこりと笑った。
後ろ手に縛られ捕らえられた刺客たちは、ごくりと喉を鳴らし生唾を飲み込んだ。
彼らの側で一心が、たき火で熱した石の上でタレにつけ込んだ肉を焼いていたからだ。
甘辛いタレが染みこんだ肉を石の上に並べていく。
肉が焼ける音が鳴り、漬け込んだタレが飛び散り、香ばしい匂いが風にのって刺客たちの元へと漂う。さらに、新鮮なキノコの上に牛酪を乗せ、醤油をちょろっと垂らす。
肉の匂いと醤油の焦げるにおいが空きっ腹に直撃する。
「さあ、肉が焼けたぞ、食え」
一心は焼けた肉を燕鶯の部下たちに配った。
「ありがとうございます、凜嬪さま!」
「いただきます!」
「ううむ、これはなかなかどうして、うまい! 凜嬪さまは料理上手と聞いておりましたが、ここまでとは思いませんでした」
「嬉しいことを言ってくれる」
一心は両腕をさすり、ぶるっと身震いをしながら空を見上げる。
「日も暮れて、さすがに風が冷たくなってきた。おっと、熱燗ができた。さあ、飲め」
一心は竹の筒に入れた酒を、皆に配った。
「おお、これはありがたい! 体が温まりそうだ」
「さすが陛下の寵妃。気が利く」
「陛下は毎日このような馳走を食べているのですか? 羨ましいでございます」
部下たちの賞賛に、燕鶯はまんざらでもない顔だ。
一心は次々と肉を焼く。
「まだまだ肉はあるからな。腹いっぱい食え」
旅の間はろくな食事をしていなかった兵士たちは、大量の肉に歓喜の雄叫びをあげる。
「ガーリックチャーハンも作ってやろう」
「ガーリック?」
「たっぷりのニンニクと焦がし醤油が香ばしい、旨味たっぷりの焼き飯だ」
説明よりも実際に作ってみた方が早いと、一心は熱々の石の上に脂を垂らし、潰したニンニクを炒め始めた。ニンニクの独特のあの香りは空腹に直撃するにおいだ。
「おまえらも腹が減ってないか? 飯食ってないんだろ?」
一心は刺客たちの目の前に、いい感じに焼けた肉を突き出した。
刺客たちの目つきが変わる。
ニンニクやタレで漬け込んだ肉の香ばしいにおいに、もはや理性が吹き飛ぶ寸前。
「黒幕が誰か話せば肉をたらふく食わせてやる。もちろん酒もだ。都で仕入れた上等な酒だ。ガーリックチャーハンは食ったことあるか? オレの作るチャーハンは絶品だぞ」
刺客たちはごくりと生唾を飲み込む。中には涎をたらしている者もいた。
「それだけじゃない。見ろ、今日の燕鶯はとってもご機嫌だ」
刺客たちの視線が燕鶯を見る。燕鶯は焼けた肉にかぶりつき、熱燗で流し込んでは口の端に垂れた酒を手の甲で拭った。男らしい食べっぷりに惚れ惚れだ。
一心はヘラでざっざと米を炒める。醤油を垂らし、バターもアクセントに加えた。
「何もかも話してくれたら、燕鶯はおまえらのことはお咎めなしと言っているぞ。もちろん、喋らなくても燕鶯はおまえらを殺しはしない。だが、計画を失敗したおまえらを、黒幕は見逃してくれるかな。てか、オレの料理を前にして、抗える者がいるか? なんたってガーリックチャーハンだぜ。あはは!」
一心の誘惑に、とうとう刺客たちは抗うのをやめた。
「ってわけで、あいつらが何もかも喋ってくれたんだ。チョロかったぜ」
慈愛に満ちた微笑みはどこへいったのか、皇后は凄まじい形相で一心を睨みつける。
「体調を崩して寝込んでいたというのは嘘だった。私を騙したと?」
「そういうこと。悪いな」
皇后は悔しそうに唇を噛みしめた。
「うまくいくと思っていたのに。我が息子を皇位につけ、私の地位も安泰だと」
「そのために、夫である燕鶯を殺そうとしたのか?」
皇后はきっと鋭い目つきで燕鶯を見る。
「私はこの男を一度たりとも夫だと思ったことはない。私は無理矢理この男に嫁がされ後宮という一生抜け出すことのできない牢獄に捕らわれた。すべては一族繁栄のために。私には他に思う相手がいたのに!」
皇后は握ったこぶしで床を叩く。
後宮の頂点として立つ皇后も、ままならない人生を送ってきたのだ。一族のためと言われ、好きでもない男のもとに嫁いだ。しかも相手は皇帝だ。後宮に入ったことで自由もなにもかも奪われ、ただカゴの中の鳥のように過ごすだけ。
周りにいる妃たちと皇帝の寵愛を競い、皇子を産まなければいけないというプレッシャーに押しつぶされる。たとえ皇子を産んだとしても安心はできない。その皇子を皇位につけるためにまた妃たちと争う。後宮で生き残るために延々とそれが続く。心が安まる日などないのだ。
哀れだと思う。だが、罪は許されない。
「誰か」
燕鶯の声で政務室に太監をはじめ、兵士たちが入ってきた。
「皇后を連れて行け。さらに、蘇琴哲と彼に組した者も全員捕らえよ」
両脇から侍衛たちが皇后の腕を捕らえようとする。しかし、皇后はその手を振り払った。
「触れるな。一人で歩ける」
「皇后よ、愚かな真似をしてくれた。こんなことがなければ、そなたを愛することはなくても、正室として一生涯敬ったものを。浅はかだったな」
皇后は恨めしそうな目で燕鶯と一心を睨みつけ、この場を去って行った。
一件落着というところか。
ん?
そこで一心は腕を組んで首を傾げる。
皇后は捕らえられた。
じゃあ、史実での、燕鶯帝に愛され国の大変に尽力した賢后とはいったい誰なんだ?




