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8 箱

 皇帝が崩御してすぐに、皇后が月明宮を訪れた。

 突然現れた皇后に、林杏は拝礼をし主が体調不良で伏せっていることを告げる。

「申し訳ございません。凜嬪さまはお部屋でお休み中です」

「無礼な。皇后さまが訪ねてきたのだ。すぐに起こして呼びなさい」

 皇后の侍女が声に怒りを滲ませて言う。

「陛下が崩御された衝撃で凜嬪さまは倒れてしまいました。今はどなたともお会いしたくないとのことです」

 どうか、今日のところはお引き取り願いますというように、林杏は深く頭を下げる。


「凜嬪が倒れたとはねえ。では、侍医をつかわしましょう」

「皇后さまのご配慮に感謝いたします。ですが、凜嬪さまはいたく心を痛めておりますゆえ、近しい者以外は誰とも会いたくないと申しております」

「では、おまえから凜嬪によく言っておきなさい。この後宮の主が誰かを」

 自分に逆らえばどうなるかわかっているわね? と釘を刺しているのだ。

「かしこまりました。凜嬪さまにお伝えします」

 動揺することもなく、林杏は去って行く皇后を見送った。




 皇后は一人、皇帝陛下の政務室に足を踏み入れた。

 目的のものは一つ。陛下は世継ぎの名を書き記した書状を箱に入れ、政務室の机の後ろにある棚に保管した。皇后は迷わず机の裏へと回り棚へ向かう。手にした燭台を照らし棚の扉を開ける。そこに小箱が置かれていた。

 皇后は太子密建の箱を手にする。

 この箱の中に次の皇帝となる皇子の名が記されている。いったい、陛下は誰の名を書いたのか。我が子の名が書かれていればよし。そうでなければ、他の誰かが開ける前に書き換えてしまえばいい。我が子以外の皇子が皇帝になるなど許すことはできない。


 皇后は箱の蓋をさっと撫で開けた。

 蓋を開けた瞬間、ひゅん、という音とともに箱の中から何かが飛び出し、皇后のひたいを直撃した。

「ひぃっ!」

 胸を押さえ、皇后はその場に腰を抜かして座り込む。驚きのあまり心臓が音をたてて鳴っている。

「あははっ!」

 そこへ、奥の部屋から聞こえてきた笑い声に、皇后はびくりと肩を跳ね振り返る。

 皇后は目を見開いた。そこに立っていたのは凜嬪であったからだ。


「それ、びっくり箱なんだ。気に入ってくれたか?」

「どうしておまえがここに。これはいったいどういうこと!」

 鬼のような形相で一心を怒鳴りつけ、怒りで顔を赤くする皇后の顔が一気に青ざめる。

 凜嬪の背後に、この場にいる筈のない皇帝陛下が立っていたからだ。

「どうして? 陛下は崩御されたはず。そう、あの男は死んだ。だから、ここにいるはずはない」


 皇后は唇を震わせた。目の前にいる燕鶯の姿を認めたくないというところだろう。だが、まぎれもなくそこにいるのは大辰国の皇帝、燕鶯帝だ。

「皇后よ、勝手に私を殺すな」

 燕鶯はそう言って、皇后の元へと歩み寄る。皇后の足元に落ちている小箱に視線を落とし、再び皇后を見る。

「無断で私の政務室に忍び入り、さらに箱を開けるとはどういうことか聞かせてもらおう」

 皇后は唇を震わせながら、床に転がった箱を拾い首を振る。


「この箱の中に次の皇帝の名を書いた書状があると言ったのは嘘だったのですか!」

 もはや、夜中に政務室に忍び込み、さらに開けてはならない箱を開けたことに対して言い訳をするつもりはないらしい。

「もちろん嘘だ。蘇琴哲から聞いたか? 私の言葉を真に受け、政務室に忍び込んで箱を開けた。次の皇帝が誰かを確かめるために。もし、そこに第一皇子の名が書かれていなかったら、どうするつもりだったのだ?」

 皇后は悔しげに床に落ちた小箱を踏みつけた。


「死んだと思ったのに! どうして!」

「残念だったな。そなたの一族が私を玉座から退けるために、罠を仕掛けてくることくらいお見通しだ。だから、これを機にわざと盗賊討伐に乗ったのだ」

 国境の町、啓安に向かう途中の山中で、燕鶯は盗賊に囲まれた。その盗賊がただのならず者ではなく、統率のとれた手練れであったことにすぐに気づいた。

 おそらく皇后一派が使わした刺客だろう。燕鶯は彼らを倒し捕らえた。しかし、誰の手の者か聞き出そうとするが刺客たちは口を割らない。


「陛下、こうなったら、痛めつけて無理矢理口を割らせましょう」

「一人ずつ殺していけば、嫌でも喋るでしょう」

 気が進まなかったが、それもいたしかたない。そう思ったその時。

「おいおい、おまえら痛めつけるとか殺すとか恐ろしいことを言うな。それじゃあ、燕鶯を襲ったあいつらと同類だぞ」

 その声に皆がいっせいに振り返る。少し離れた場所にいたのは、男装姿の凜嬪であった。

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