3 一心の生還
皆が去った後、月明宮に静けさが戻った。
寧貴妃のおかげで助けられた。慎刑司に連れて行かれたのも皇后の侍女のみだ。
「凜花、目覚めてくれて本当によかった。心配したんだ。もしかしたら、このままもう目覚めないのかと」
と、震える声を落とした燕鶯に抱きしめられる。
「おい、なんだよ! 抱きつくな。痛いよ、離せ!」
「体はもう大丈夫か? 苦しくないか」
「この通りピンピンしている。だから離せって! よけい苦しい。離れろ!」
一心はぐいっと燕鶯を押しのけた。
「毒を盛られたのによく無事だったものだ」
「寧貴妃がくれた秘伝の解毒剤のおかげだよ。彼女は私にとって命の恩人だ」
あの後、自分を助けに来てくれたこと、解毒剤のおかげで一命をとりとめたことの感謝の気持ちを込めて寧貴妃に伝え抱きつこうとしたが、拒絶され突き飛ばされた。
慎刑司に連れて行かれそうになった時はかなり焦ったが、あの時小茜の琵琶の音を聞き、誰かが助けに月明宮に向かっていると確信した。
その直後に、燕鶯と寧貴妃が現れた。
もっともそれ以前に、一心が毒で混沌としている間に林杏が寧貴妃に事情を説明し、さらにそのことを燕鶯に伝えていた。万が一の時に動けるよう、すでに禁足を解いてもらっていた寧貴妃が、一心を助けに行ったというわけである。
それにしても毒を盛られて、オレ、よく生還できたよな。
今になって一心はぶるっと体を震わせた。これで元の世界に戻れたら言うことなしだったのだが。そう甘くはなかったか。
「もし凜花の身に何かあれば、私はどうしてよいかわからなかった」
「大袈裟だな。たかが妃一人いなくなったところで、どうってことないだろ」
「私には凜花が必要なのだ」
再び燕鶯が抱きついてこようとするのを、一心はぐいっと手で押しのける。
「抱きついてくるな。ウザい」
「凜花」
真剣な顔をした燕鶯と目が合ってしまう。
側にいた侍女や太監が静かに部屋を退出していくのが見えた。
「林杏、詩夏! 毎回言わせるな。気を利かせなくていいんだ! 戻ってこい」
引き止める一心の声を無視し、皆が部屋から出て行ってしまう。去り際林杏がにたりと笑ったのを見逃さなかった。
今夜こそ、うまくやってくださいませ、とでも言いたいのだろう。
燕鶯の唇が近づいてきた。
「ま、待て待て! 正直に言う。オレは本当は、凜花じゃないんだ!」
「わかっている」
「何がわかっているだ」
「凜花が照れているということだ」
「ちがーう! それに、オレのどこが照れているように見える」
迫る唇に一心はぎゅっと目を閉じた。燕鶯の唇がちょんと、ひたいに触れた。
ひたいに手をあて、一心はなんとも言えない顔をする。目の前の燕鶯は嬉しそうに笑っていた。




