6 一緒に過ごしたい
朝廷で一荒れしたとは露とも知らず、一心は今日も包丁を手に夕餉の支度を張り切っていた。今夜は鍋だ。というのも、李凜花の実家から贈り物が届いたのだ。
やはり寵妃ともなると実家からの扱いも違うようで、ここのところ頻繁に連絡をとってくるようになった。
調理台に並ぶ食材を眺め、一心は満足そうにうなずく。
「今日のメインはこいつだ」
一心は実家から送られたソレを両手で掴んで持ち上げた。
さすがにこいつを捌いたことはないが、まあ何とかなるだろう。
「ほう? 今日の夕餉はなんだ?」
背後からかけられた声に一心は振り返る。すぐ後ろに燕鶯が立っていた。
振り返った一心の手に握られているソレを見て、燕鶯は目を丸くする。
驚くのも無理はない。一心の手にはスッポンが握られていたからだ。
「実家から届いたんだ。夕飯はスッポン鍋にしようと思ってな。食っていくだろ?」
ここ最近、月明宮に寄らない日はないというくらい、燕鶯は凜嬪に会いにやって来た。それも夕飯時に。燕鶯も一心が作る料理を楽しみにしているのだ。
周りでは、陛下はすっかり凜嬪の手料理に胃袋をわしづかみにされたと言われている。
「もちろんだ」
「おまえの政務室に届けさせよう」
「いや、凜花の部屋で政務の続きをしよう。夕餉は一緒に食べる」
「じゃあ、部屋で待っていてくれ」
「わかった」
最近ではこんな和やかな会話も当たり前のように見られるようになった。
一心が料理の準備をしている間、燕鶯は月明宮で本を読み体を休め、時には仕事を持ち込んで片付けることもあり、自由に過ごすのだ。
「お待たせ!」
鍋を手に現れた凜嬪の姿を見て、燕鶯は持ち込んだ奏上から視線をあげた。
一心はテーブルの上に、どんと鍋を置き蓋を取る。あつあつの湯気が立ちのぼり、鍋の出汁のいいにおいが部屋中を満たす。
一心はスッポン鍋を小皿によそって燕鶯に渡した。
「いい香りだ」
燕鶯はスープを一口飲んでうまいと唸る。
「スッポンは滋養強壮に効く。どうせ仕事が忙しくて朝も昼も適当に済ませているんだろ。この間のように目眩を起こすぞ。倒れてからじゃ遅いんだ。てか、もっと自分の体を大事にしろ」
「だが、凜花の食事をとるようになってから、体調も改善された気がする」
「それならいいが、おまえが倒れたらいろいろ大変そうだからな」
こうして話している間も、燕鶯は器の中身をぺろりと平らげた。
「酒のおかわりも頼む」
「ほどほどにしておけよ。この間みたいなことは勘弁だからな」
一心は空になった燕鶯の酒杯に酒を注ぐ。注がれた酒を一気に傾け、燕鶯はスッポン鍋を堪能する。何杯目かの酒を傾け、ふと燕鶯は酒杯をテーブルに置いた。
「あちっ、あつ! うまっ!」
夢中になってスッポンを食べていた一心はふう、と一息をつく。
「体が熱くなってきたぜ」
一心は襟元を手で引っ張り、もう片方の手でパタパタと首のあたりを仰ぐ。その姿に燕鶯は顔を赤くした。
「いつも私を拒んでおきながらそうして誘うとは、罪な女人だ」
「誘う?」
とろんとした目で、燕鶯が顔を近づけてきた。
「凜花、今日は月明宮に泊まっていってもいいか?」
側にいた林杏と詩夏がそわそわしだした。早く皇子を産めという林杏は、燕鶯の泊まりたい発言に大喜びとなり、変な目配せをしてくる。
やめてくれ、そういうのは。
「いつも言うが、他の妃のところへ行け」
「私が凜花以外の妃のところへ行って嫉妬しないのか? それとも、私の気を引こうと強がっているとか。そうだとしたら嬉しいのだが」
「アホなこと言うな。おまえがここに入り浸られると、迷惑するのは私だ」
「私と一夜を過ごすのがそんなに嫌か?」
「嫌に決まってんだろ」
即答であった。
一心の素っ気ない態度に側に控える侍女や太監が気がきではないように、顔色を変える。
「そうだなあ~、一緒に夜を過ごすなら、寧貴妃がいい」
「寧貴妃だと?」
「だからいい加減、寧貴妃の禁足を解いてやってくれ。いつまでも華南宮に閉じ込めるなんて、さすがに厳しくないか」
和やかだったこの場の空気が変わった。
禁足処分となった妃のことに口出しをする一心に、孫旺千が渋い顔をする。余計なことを口走り、皇帝陛下の機嫌を損ねれば、凜嬪もお咎めを食らう恐れがある。
林杏がいけません、と目配せをしてくる。詩夏も小さく首を横に振っていた。
「凜嬪さま、後宮のことは皇后さまにお任せすればよろしいかと存じます」
孫旺千は横から口を挟む。
寵妃だからといって調子に乗ってはいけない。余計なことを口にして皇帝を怒らせれば、寵妃という立場をたちまち失うことになると忠告しているのだ。
「ほう? これは意外。凜花はいつから寧貴妃と仲良くなったのだ」
それまでにこやかに笑っていた燕鶯の表情が厳しいものとなる。
返答一つで、皇帝陛下の気分を害することになるだろう。
寧貴妃は飼い犬をけしかけ皇后を襲ったという罪で罰を受けている。だが実際、寧貴妃は何も悪くない。むしろ、皇后にはめられたのだ。しかし、それが事実ではないと証明しない限り、寧貴妃が許されることは難しい。
あの一件が皇后の仕業だと言えば、宮中が揺らぐだろう。しかし、事実を明らかにすることを実のところ皇帝は望んでいないのだ。寧貴妃を許せば皇后の外戚を軽んじたと反感をかうことになる。そうなれば、朝廷をも巻き込むほどの問題へと発展する。
自分は望んで寵妃になったわけではないから、その座から転がり落ちたとしても別に惜しくない。
だけど、オレもそこまでバカじゃない。
寧貴妃は無実だ。無実だという証拠を明らかにして欲しい、などと率直には言わない。
「好きなんだ、寧貴妃のことが」
まるで、愛おしい女性の名を口にするかのように、一心は頬を赤らめもじもじする。
てっきり、寧貴妃の禁足処分を取り消す嘆願を口にするかと思っていた燕鶯は、虚を突かれたようだ。
「なるほど。これまで寧貴妃に散々嫌がらせを受けてきたと聞いていたが、そこまで親交を深めていたとは驚いた」
「ああ、寧貴妃のことを思うと胸がドキドキするんだ。美しい顔だち、艶やかな髪、しっとりと濡れた唇に憂いを秘めた瞳」
一心は大袈裟に腕を広げた。
「寧貴妃は何もかも私の理想とする女性。せめて、寧貴妃に会いに行くことを許してくれないか? 彼女が腹を空かせていないか、ちゃんと眠れているか。珠のような美しい肌が荒れていないか、それを考えると心配で夜も眠れず食事も喉を通らないんだ! このままじゃ痩せ細っちまうぞ。私が」
散々スッポン鍋をおかわりした者の言う言葉ではない。
寧貴妃の姿を思い出してニヤける一心に、燕鶯ははあ、と呆れたようなため息をつく。
不意に燕鶯の手が伸び腕を掴まれ引き寄せられた。
「なんだよ!」
相手の体を押しのけようとするが、女の力ではびくともしない。
「私は凜花と一緒に過ごしたい」
話を戻された!




