7 強気な陛下
燕鶯の真剣な目が間近に迫る。見つめられて一心はうろたえる。
「オレは一人でのんびり過ごしたい。そうだ。皇后のところへ行け。正妻の機嫌をとるのは夫の役目だ。夫婦円満が、しいては後宮の平和にも繋がる」
「相変わらずつれない。私はこの国の皇帝だ。私が誰と一緒に過ごそうと勝手だ」
今日の燕鶯はいつもと違って強気だ。
「権力をかさにきるのは卑怯だ!」
「こんなにも凜花のことを大切にしているというのに、私のどこがダメなのだ」
「ダメじゃないけど、ダメなんだ!」
「意味がわからない。これまで冷遇してきたことに対する仕返しか? まだ私を恨んでいるのか? だとしたら、どうすれば許してくれる」
「仕返し、恨む? オレはそんな陰険な真似はしねえよ!」
「コホン!」
うっかり、飛び出したオレ発言を注意するように、林杏が盛大に咳払いをする。
燕鶯の腕が伸びた。瞬く間にお姫様抱っこをされる。一心はじたばたと激しく手足を動かし抵抗した。振り回した腕が燕鶯のあごを直撃する。
皇帝陛下を殴るという妃としてあり得ない暴挙に、林杏は悲鳴をあげ、今にも卒倒しそうな勢いであった。だが燕鶯は動じない。そのまま寝所に連れて行かれた。
「貴様、何しやがる。スッポン食って血気ついたか。降ろせ降ろせ! 降ろせーっ!」
皇帝をとうとう貴様呼ばわりだ。
激しく暴れる一心の体がどんとベッドの上に放り出された。
「おまえ……っ!」
心臓がどきりと鳴った。燕鶯が覆い被さってきたからだ。
林杏と詩夏がそっと視線を床に落とし、部屋から退出しようとする。
「待て、林杏、詩夏! オレを見捨てるな。行かないでくれー!」
無情にも侍女二人は消えてしまう。
これはまじでヤバい。冗談じゃなくヤバい。
「おい貴様、何かしたらただじゃおかないからな。おまえのことを嫌いになる!」
覆い被さっている燕鶯がくつくつと肩を震わせながら笑う。
「本当におかしな女人だ」
と、言って燕鶯は体を起こし、再び椅子に座り酒を飲み始めた。
とりあえず、凜花としてのオレの貞操の危機は免れたのか?
「一緒に過ごしたいと言っても凜花は私を追い返す。贈り物をしても喜ばない。贈った装飾品は身につけてくれない。どうすれば凜花は私の気持ちをわかってくれる? 何をすれば喜んでくれる?」
「アクセサリー類なんて興味ないよ。女じゃあるまいし」
燕鶯は首を傾げる。
おっと。
「何かくれるっていうなら、うまいものがいい」
「本当に凜花は愉快だな。私を楽しませてくれる。凜花と一緒にいると飽きない」
「別におまえを楽しませているわけじゃない」
「いいだろう」
燕鶯の顔が真剣なものに変わった。
「何がいいんだよ」
「寧貴妃の禁足を解くことはできないが、会いに行くことは許してやろう」
一心はベッドから飛び降り、ずいっと身を乗り出した。
「いいのか? 食事も届けたい。菓子もだ。それと琵琶も聞かせたい」
わかったわかったというように、燕鶯は何度も頷く。
「それも許す。その代わり」
燕鶯は目を細めて一心を見据えた。
キタキタキターっ! 交換条件だぞ。
「飯作りでも労働でも、私にできることなら何でもやる。私にできることだぞ」
無理な要求をされたら困るから念を押す。
「簡単だ。私に香り袋を作って欲しい。もちろん、凜花の手作りだ。刺繍いりで」
「香り袋? 刺繍?」
聞き返す一心に、燕鶯はそうだと頷く。
「参ったな。料理は得意だけど裁縫はからっきしなんだよ。刺繍もやったことがない」
「やったことがない?」
燕鶯はすっと目を細めた。
刺繍は女人のたしなみだ。やったことがないといっては怪しまれる。もっとも、これまで十分怪しい言動をとっているが。
「川で溺れて以来、私って記憶がアレだろ? とにかく、やったことはあるかもしれないけど覚えてないんだ。他の誰かに作ってもらえ。その方が見栄えがいいものができる」
刺繍なんて、そんなめんどーなことやってられるか。
「そうか、では寧貴妃の件は……」
「やります! 頑張らせてください!」
変わり身の早さに燕鶯は苦笑いだ。
「楽しみにしているぞ」
「お、おう!」
一心はおかわりしたスッポン鍋を、やけくそ気味に一気に男食いで平らげた。




