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転生したら後宮妃!? ―料理で陛下の胃袋を掴んだら、寵妃になってしまいました―  作者: 島崎紗都子
第4章 陛下と朝を迎える? いや、ほんとに何もなかったから!
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4 目覚めたら……

 チュンチュン。

 眩しい光がまぶたに落ち、一心は薄く目を開いた。

 窓から明るい陽の光が差し込んでいる。どこかで鳥の鳴き声も聞こえてくる。

 どうやら、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 やべ、昨日は飲み過ぎたか。

 一心はこめかみのあたりを指でもみほぐす。いつもの自分のペースで酒を飲んだのだが、凜花の体は酒に強くなかったようだ。


 ううぅ……気持ち悪い。酔い覚ましに熱いコーヒーでもあればいいのに。


「うう……」

 一心の呻く声と重なるように、すぐ隣からも苦しげな声が聞こえた。

 ベッドの横に誰かがいた。布団を頭までかぶっていて誰か分からない。


 誰だ?


 一心はおそるおそる布団をつまみ持ち上げた。

「げっ!」

 思わず声をもらす。隣で眠っていたのは燕鶯であった。


 なんでこいつがオレのベッドにいるんだよ!


 がばっと半身を起こし、ひたいに手をあてる。

 ええと昨日は、確か……確か、確か!

 目を閉じ、昨夜の記憶を猛スピードで遡る。


 そうだ、こいつと部屋で飲んでたんだ。酔ったこいつが突然寝ちまって。


「おい、起きろ!」

 燕鶯の体を乱暴に揺する。

「うう……」

「うう、じゃない! 林杏たちが来る前に部屋から出て行ってくれ!」

 こんなところを見られたら、まじで誤解されてしまう。

「おいってば、起きろ!」

 何度目かの呼びかけで、ようやく燕鶯はうっすら目を開けた。


「凜花……」

 寝ぼけまなこで呟く燕鶯の手が伸び、そのまま腕を取られ引き寄せられた。

 ぱたりと一心の体が燕鶯の上に倒れ込む。

「おい、寝ぼけるな! 離せ!」

 燕鶯に抱きしめられ、一心はばたばたと手足を動かす。だが、相手の腕から逃れられない。きつく抱きしめられた状態で燕鶯は再び眠ってしまった。


「凜貴人さま、お目覚めでしょうか」

 林杏と詩夏が顔を洗う手水と手巾を手に、部屋にやって来た。

 二人ははっとした顔をする。

「ち、違う、これは誤解だ! こいつが寝ぼけていきなり抱きついてきて!」

 詩夏と林杏は口元に意味ありげな笑いを浮かべ、頭を下げ後ろ足で部屋から退出する。

「おい、いい加減目を覚ませ!」

 声をあげ、一心は燕鶯の顔を思いっきりこぶしで殴った。




 後宮内に噂が広がるのはあっという間であった。

 数刻後には、燕鶯陛下が凜貴人の住まう月明宮に泊まったことが広まり、その話を詳しく聞き出そうと、何人かの妃たちが、かわるがわる月明宮を訪れた。

「あいつとはまじで何もないから、本当だから!」

 燕鶯との関係を力強く否定する一心だが、一夜をともにしたことは事実だ。何もなかったと言って信じられようか。むしろ、一心が慌てた顔で否定すればするほど、怪しまれた。


 地味で冴えない妃が、いまや陛下と共寝をするまでになった。着々と、確実に後宮のトップへと登り詰めていく凜貴人を祝福し、羨望の眼差しを向けた。もちろんこのことをよく思わない人物もいる。いや、そう思う者の方が後宮では大半だ。

 誰もが、陛下の寵妃となり、皇子を授かるために必死になる。時には相手を陥れるために日々画策を巡らす。そして、今回一番悔しい思いをしているのは皇后であった。なぜなら、昨晩、陛下は皇后の元へ訪れる予定だったからだ。


 毎月一日と十五日は、燕鶯陛下は皇后と過ごす決まりになっている。夕餉の膳をともにし、一晩過ごすのだ。

 その陛下が、後宮の決まりを破り月明宮からただよう食欲をそそるにおいに引き寄せられ、凜貴人の元を訪れ泊まったのだから、皇后のプライドはズタズタだ。

「あの女にやられたわ!」

 大声をあげ、皇后は卓の上に並べられた皿を手で押しのけ、床に投げつけた。


 昨夜は遅くまで陛下の訪れを待った。だが、いくら待ってもやって来る気配はなく、ようやく夜半過ぎに孫旺千が現れ、陛下が月明宮に泊まるため、もう休むようにと伝えられた。陛下と過ごせる貴重な日を、凜貴人に奪われた。おさまることのない怒りが込み上げてくる。

「お静まりください、皇后さま」

 侍女たちがいっせいにひざまづき、皇后を宥める。


「おまえたちが、頼りないからこうなるのよ!」

 皇后は机の上にあった急須を掴んで侍女に投げつけた。

「ひいいいっ!」

 投げた急須が一人の侍女のひたいを直撃した。ごん、と鈍い音とともに侍女がその場に倒れる。

 完全に八つ当たりだ。


 周りの侍女たちは顔を青ざめさせ床に這いつくばり頭を下げる。皇后の怒りが自分に向けられるのを恐れ、誰も顔をあげようとしない。

「こんな屈辱があってたまるものですか。許さないわ。絶対に許さない」

 皇后は顔を真っ赤にし、怒りに肩を震わせた。






 燕鶯が月明宮を去ってからすぐに、孫旺千が月明宮にやって来た。

 いったい何の用だと出迎えると、何やら物々しい様子に一心は固まった。


 もしかして、今朝燕鶯を拳で殴ったことが罪になったのか。


「待ってくれ、あれは不可抗力だ! 目覚めたらあいつが隣で寝ていたから驚いて」

 一心はあわあわとなって弁解する。

 慌てる一心を横目に、孫旺千は真面目な顔で聖旨を広げた。

「勅命を使わす」

「ちょ、勅命? なんだそりゃ?」


 ぽかんと口を開ける一心以外の者が、いっせいにその場にひざまずく。訳がわからず棒立ち状態の一心の腕を、林杏はぐいっと引っ張り、ひざまずくよう指示する。

 孫旺千は聖旨を読みあげた。

「李凜花は慎み深く善良。優しさと慈愛をもって周りの者に接すること妃嬪の鑑となり。よって、陛下の恩寵により嬪に封じる」

「は?」

「凜貴人さま、早くお礼を!」

 林杏に急かされ、一心はありがとうございます、と礼を述べるが、何がありがたいのかさっぱりわからない。

 聖旨を読みあげた孫旺千はにやりと笑う。


「おめでとうございます凜嬪さま」

「はあ」

「以前、私が申し上げたことを覚えておりますか?」

「なんだっけ?」

「この先凜嬪さまは、ますます陛下の寵愛を得るでしょうと。これまでとは一転して凜貴人さまを取り巻く世界が変わりますよと」


 確かに、そんなことを言われた覚えがある。同時に、気をつけろとも。

「まさか、こんな短期間で駆け上がっていくとは予想外でしたが、後は皇子をお産みになれば貴妃になられるのも夢ではありませんね」

 旺千は意味ありげな笑いを浮かべる。


 げ! おまえまでそれを言うのかよ。


 旺千から聖旨を受け取ると、彼は拝礼し月明宮を去って行った。

「凜貴人さま、いえ凜嬪さま、おめでとうございます」

 林杏の言葉に他の者も口を揃えておめでとうを繰り返す。

 一心は手にした聖旨に視線を落とす。

「あまり嬉しくないんだが」

 めでたく妃の位があがったにも関わらず、反応の薄い一心の態度に詩夏はくすくすと笑い、林杏は呆れた顔で首を振る。

 どうやら寵愛を得るか子を産むか、その産んだ子が皇子か公女かで、昇格する位も違うのだという。だが昇格したからといって油断はできない。何か不祥事を起こせば反対にあっけなく転落ということもあるのだ。


「林杏さま、これで私たちの苦労も報われますね」

「ええ、本当にここまで長かった。いいえ、凛嬪さまが陛下の寵愛を得られる日がこうしてこようとは」

 詩夏や林杏は抱き合いながら、大泣きをする。

 よくわからないが、それでも位があがることによって給料やら、食事や日用品のレベルがアップするなら、それはそれで喜ぶべきことだ。

「皇后さまのおなり」

 皆で主の昇級を喜ぶ中、その声が聞こえた。

 盛り上がっていた場が一瞬にしてしんと静まる。何の用で皇后が月明宮にやって来たのか知らないが、一心も礼儀なので拝礼する。


「ごきげん麗しゅう、皇后さま」

 皇后の本性を知った今、こんな挨拶を交わすのも白々しい。

「楽にしなさい。こたびは昇格おめでとう。ささやかだけれどお祝いの品を持ってきたわ」

 皇后はちらりと側に控える侍女に目配せをする。それを合図に侍女たちが贈り物を手に部屋の中に運んでくる。

「ありがとうございます。これも皇后さまの慈悲のおかげでございます」

 恐縮ですというように、一心は再び皇后に頭を下げる。

 心にもないことを言うと自分でも呆れた。


 顔を上げた一心と皇后の目がぶつかり合う。一触即発の雰囲気に、事情を知る詩夏や林杏は気が気ではない様子だ。

「妃とはいえ私たちは陛下の臣下にすぎません。世継ぎを産む。それが私たちの仕事です。これからも妃としての仕事を全うし、しかと陛下に仕えなさい」

「はい、肝に銘じておきます」

 皇后はにこりと微笑んだ。

 思えばその微笑みに騙されたものだと、一心は警戒心を強める。


 オレ、そうとう恨まれてるんだろうな。まじで消されるかも。もし、オレが死んだら、燕鶯のせいだからな!

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