1 努力のたまもの
これがオレ? いや、これが凜花なのか?
鏡に映った自分の姿に一心は思わず見とれた。
そこには、絶世とまではいかないまでも、そこそこ見栄えのする女が映っていた。
透明感のある白い肌は生春巻きの皮のよう。うっすらと紅潮する頬はみずみずしい紅大根色で、濡れた唇は湯むきしたトマトみたいだ。
今まで冴えなくて、薄ぼんやりとした顔立ちの凜花とは思えない。
「姉姉、とてもおきれいです。さすが、林杏さまの化粧術は見事ですね」
詩夏が手を叩き、何度もきれいを連呼する。さらに、その横には化粧筆を手にした林杏が鼻息を荒くして、どや顔で頷いている。
ほとんど化粧などしなかった一心だったが、この日はいきなり林杏に鏡の前に座らされたっぷり時間をかけて化粧をほどこされたのだ。
「これも凜貴人さまの努力のたまものです。ここのところ毎日のように肌に気を遣い手入れを怠らず、筋トレとやらをしていたからです。おかげで化粧ののりもよいですし、顔色も健康そのもの。これならば、陛下のお心もがっちり掴んで離さないはず」
「でも、筋トレしすぎではないですか? 心なしかの二の腕が逞しくなった気がしますよ」
詩夏は一心の腕を揉みながら、筋肉のつき具合を確かめている。
ふ、二の腕だけじゃないぜ。しっかり、腹筋も割れてきたんだ。
「凜貴人さまは逞しいくらいが丁度いいのです。病弱では子どもも産めませんから」
林杏の目が異様にギラついている。そして、最後にとどめの一言。
「皇子誕生も近いですわ。ふふふ。早く私に凜貴人さまのお子たちを抱かせてください」
お子たちって複数かよ!
一心の頬がピクピクと動く。
「や、やめてくれよ。あいつに気に入られたいなんてこれっぽちも思っていないってば!」
もはや当たり前のように、陛下のことを呼び捨てを通り越し、あいつ呼ばわりだ。
「何をおっしゃいますか。皇子を産んでこそ、後宮での立場が不動のものになるのですよ」
林杏はびしりと言う。
「そうですよ。子がいる妃とそうでない妃とでは、待遇も将来もまったく違うのですから。それに、陛下の寵愛を得てこそ、後宮の女は幸せになるんですよ」
「なんだよそれ……」
やれやれとため息をついて、一心は肩をすくめた。
一心は立てた膝に頬杖をつく。
男によって女の幸せが変わるとか、現代の女が聞いたら、どう思うんだろうな。
湯浴みを終えた皇后は、今宵は念入りに化粧をしてもらい最後に唇に紅をさす。
鏡を見つめながら皇后は笑みを刻んだ。
後宮一の美貌の持ち主と言われる寧貴妃にも負けない美しさだと思う。
後宮の長として、陛下の正妻として、多くの妃たちを束ねてきた。
誰も皇后である自分に逆らえる者などいない。父も兄も陛下の寵臣として、朝廷では顔をきかせ誰もが一目置いている。自分が皇后となったおかげで、蘇家は栄華を極めた。
陛下との間には、皇子と公主の二人の子を授かった。今年十歳になる皇子は、陛下にとって一番目の子。いずれは皇太子となり、将来はこの国の皇帝となる。だが、安心はできない。皇子に万が一のことがあれば、あるいは出来の悪い子で陛下に愛想をつかれたら、皇太子候補から外れてしまう。
皇子が欲しい。一人では足りない。もっと皇子を産まなければ。優秀な皇子を。
呪いのように何度も心の中でそう呟き、皇后は唇を噛みしめた。
侍女が髪を梳き、最後にかんざしを挿す。
「きれいですわ。間違いなく陛下も、皇后さまの美しさに心を奪われるはず」
今宵は陛下がお渡りになる日。卓には陛下の好物ばかりを作らせ並べた。
占い師にも今夜は子をなすのに吉日だと言われた。それも皇子を宿しやすいと。
そうよ。ここのところ陛下のお心が凜貴人に向いているが、しょせん、あのような女は、今まで後宮にいない類いだから珍しいと思っているだけ。
だから自分の敵ではない。この後宮で私にかなう者なんていない。
皇后の地位は決して揺るがない。けれど、よりいっそう己の地位を盤石にするためにも、一人でも多く皇子が欲しい。
皇后は自分にそう言い聞かせ、陛下の訪れを待った。




