10 一心主催のお茶会
それから数日後、後宮の片隅にある月明宮に大勢の妃嬪が訪れた。着飾った彼女たちが集まってきただけで、月明宮は一気に華やぎ、良い香りがそこかしこに漂う。
続々と到着する妃嬪たちを眺め、一心は鼻の下を伸ばしている。
「へへ、花が咲いたようだな」
「凜貴人さま、お招きいただき嬉しいわ」
「今日は凜貴人さまのお料理をいただけると聞いて、とても楽しみにしていたのよ」
得意の手料理をふるまうため、一心は後宮の妃嬪全員を月明宮に招待したのだ。
陛下と皇后に特別な許可をもらい、禁足中の寧貴妃も招いた。もちろん、招待に応じてくれた。
久しぶりに寧貴妃に会えるぜ、ラッキー!
「来てくださってありがとうございます。今日は腕によりをかけて、ご馳走を作りましたの。ほほほ」
一心は口元に手をあて、わざとらしい笑い声を発する。
「宮中で話題になっている湯円もいただけるのかしら。凜貴人の湯円は舌触りもよく、蕩けるように美味と聞いたわ。陛下も大絶賛だったとか。是非、いただきたいわ」
「あら、金木犀の香りの桂花糕も絶品と噂よ。侍女たちが手にしていた桂花糕の絵を見て、気になっていたの」
してやったり、と一心はにやりと笑う。
渾身のスイーツは宮中でも話題のようだ。そのために湯円や桂花糕の絵を何枚も描いて宮中にばらまいたのだ。
噂を広めれば、一度は一心の料理を食べたくなると思うから。おかげで、口コミが広がり今日の食事会は満員御礼だ。宣伝効果で宮中にいる全員の妃嬪が集まってくれた。
「もちろん湯円も桂花糕も用意したので楽しみにしてくださいね。さあ、こちらにどうぞ」
中庭に用意されたテーブルに妃たちを案内する。少し遅れて寧貴妃も月明宮に現れた。途端、妃嬪たちの間からひそひそ声がもれる。声が小さいので何を言っているかわからないが皆、寧貴妃の陰口を言っているのだ。
寧貴妃の腰ぎんちゃくだった苑嬪ですら、手の平を返したかのような態度だ。他の妃嬪と混じってこそこそと悪口を言い、悪意のこもった目を向ける。
「寧貴妃! 来てくれて嬉しいぜ。まじで会いたかったよ」
一心は寧貴妃の元に駆け寄り腕を大きく広げた。しかし、寧貴妃はまるで虫けらでも見るかのように一心を一瞥し、ふんとそっぽを向き通り過ぎてしまう。
妃嬪たちが椅子に腰を降ろした頃、最後に皇后がやって来た。
「皇后さまのおなり」
皇后付きの太監の声に、妃たちはいっせいに立ち上がり声を揃えて挨拶をする。
「皇后娘娘にご挨拶いたします」
「皇后さま、来てくださってありがとうございます」
一心も恭しく皇后に拝礼した。
「皆、楽にして」
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、皇后は集まっている妃嬪たちを見渡した。
「今日は私も凜貴人の手料をいただけると聞いて、楽しみにしていたのよ」
「さあ皇后さま、こちらに座ってください」
皇后が着席すると、侍女たちが料理を運んできた。
テーブルに並べられた料理を見て妃たちは、わあ、と声をあげ瞳をきらきらと輝かせる。
一方、一心は別の意味で目を輝かせていた。
着飾った美女たちでこの場に色とりどりの花が咲き、天にも昇るようないい香りが立ちこめている。
まるで、天国だな。最高だぜ!
「素敵なお料理だわ。凜貴人は本当に料理上手なのね」
テーブルの上にはたくさんの料理や菓子が並んだ。満月型のスタンドに並べられた菓子や軽食は、現代で言うならアフタヌーンティーといったところか。
一心はどや顔で鼻息を荒くする。
現代では、料理はもちろんのこと、手先の器用さをいかして繊細な菓子を作ると人気の一心だ。美しいもの好きの後宮の女性たちを喜ばせるのはお手のもの。
「どれもおいしそうな菓子だわ」
新鮮な紅果に氷砂糖を加え、濃厚なとろみのついた甘味の炒紅果(サンザシの甘煮)。 蓮の花をかたどった荷花酥は、パイ生地に餡を包み、切り込みをいれて油で揚げると、まるで蓮の花が開いたような形になる菓子だ。見た目も豪華でパイ生地のパリッとした食感と、しっとりとした餡が美味しい。
その荷花酥の成形を変えて作った桜花酥もある。こちらは5箇所に切り込みを入れて花弁を作り、花の中央に白胡麻を乗せかまどで焼くと可愛らしい桜の花の形のパイができあがる。さらに、杏仁豆腐に金木犀のジュレを添えたもの。
軽食は湯通ししたレンコンの薄切りを冷水につけ、金木犀の香りを移した花水で和えた桂花蓮藕(金木犀の香りのレンコンの餅米の甘煮)、白砂糖を振り、赤い山査子の細切りを散らすと見た目もきれいだ。桃花泛(エビあんかけのおこげ)はおこげが香ばしそう。
「これは何かしら? まるで蓮の花が咲いたようだわ」
「それは、開水白菜(白菜のスープ)です」
脂も濁りもない透き通った、けれど数種類の食材で煮出した濃厚な出汁に、白菜のもっとも柔らかい菜心だけを残し、出汁をかけ柔らかくなるまで続ける。菜心が開くと、まるで蓮の花が咲いたようにスープの中にたゆたうのだ。
蓮子木耳羹の汁物は、美容に抜群の効果を発揮するので女性なら誰もが好むであろう。
食卓の中央には花が飾られ、串に山査子を刺して飴でからめた糖葫芦もあり、目でも楽しませてくれた。
「凜貴人が料理上手だというのは本当だったのね」
まあ、それは凜貴人の中身がオレだから。
「こんな特技があったなんて。どうして今まで黙っていたの?」
「得意の手料理で、陛下の心も掴んだのね」
一心は口に手を当てほほほ、と笑う。
わざとらしい一心の仕草に、側に控えている林杏が目を細め何か言いたそうにしている。
「ふふ、最近になって料理の楽しさに目覚めたの」
と、適当なことを言って、妃嬪たちの質問を受け流す。
「この点心はどうやって作るのかしら。作り方を教えてくださらない? 侍女に覚えてもらえばいつでも食べられるもの」
「もちろんだ。後でレシピを書いて……」
「レシピ?」
「作り方ですわ。うふふ」
一心は始終にこやかな笑みを浮かべ、妃たちの質問に受け答えをし、おもしろおかしく話を膨らませ、この場を大いに盛り上げた。元々社交的で、誰彼かまわず積極的に接していくタイプなのでこういう賑やかな場は慣れているし大好きだ。
女らしく振る舞うのは疲れるが。
一心はふと思い出したように手を叩いた。
「そうだわ! 今日はとっておきのお茶があるの」
とっておきという言葉に、妃たちは瞳を輝かせた。
「とある方よりいただいた特別なお茶なのだけれど、私一人でいただくにはもったいないから、ぜひ、皆にも味わって欲しいと思って。特別なお茶なの、特別な」
一心は特別なを繰り返し、妃嬪たちの顔を見ながら、林杏から受け取った小袋を目の前でかざして見せた。
「まあ、それが特別なお茶?」
「そうよ。詩夏」
一心は指をパチンと鳴らした。それを合図に、湯飲みを乗せた盆を手に詩夏がやって来て、妃たちにお茶を配っていく。
「楽しみだわ」
妃たちは嬉しそうな声をあげた。
「遠慮なくどうぞ」
一心は腰に手をあて、注意深く妃たちに目を配らせる。
さあ、この毒入り茶を林杏に渡し、オレを殺すよう命じた奴は誰だ?
妃たちがそれぞれ、湯飲みを手にする。
怪しいと思われていた寧貴妃も、ためらいなくお茶を飲もうとしていた。
一心はごくりと唾を飲み込む。緊張で手のひらに汗がにじんだ。
名乗りでなければ大勢の妃たちが毒入り茶を飲むことになる。といっても、本当に毒などいれるわけがない。だが、黒幕は間違いなく焦って何かしらの反応を示すだろう。
「いただき……」
妃たちが湯飲みを口元に持っていこうとしたその時、ばんとテーブルを叩いて立ち上がった人物がいた。




