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転生したら後宮妃!? ―料理で陛下の胃袋を掴んだら、寵妃になってしまいました―  作者: 島崎紗都子
第3章 底辺だった妃が、陛下の寵妃になって出世街道まっしぐら!
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8 毒入り茶

 椅子にあぐらをかき、一心は難しい顔をしていた。

 テーブルには一枚の紙。その紙の前で一心は、筆を鼻と上唇の間に挟んで腕を組み、真剣な顔で考え込んでいる。

 盆を手に現れた林杏は、机に湯飲みを置く。

「お? ああ、ありが……やべっ!」

 口を開いたと同時に、鼻の下に挟んでいた筆が落ち、一心は慌てて拾う。墨をつける前でよかった。


 ちらりと林杏を見ると、その顔はいまだ暗く沈んでいる。

 いつもなら行儀が悪いとか、妃らしい振る舞いをしろとか、うるさく言うのに、やはり何も言わない。一心はテーブルに置かれた湯飲みの蓋を開け手に取る。

「やっぱり、寧貴妃のことが心配だから、菓子を作って持っていこうと思うんだ」

 林杏は表情を変えなかった。まるで感情が欠落したよう。一心は続けて言う。


「側仕えの紫蘭が亡くなったっていうだろ。落ち込んでんじゃないかと思って」

 宮中では、華南宮に閉じ込められた寧貴妃が、側仕えの侍女に八つ当たりをし殺したという噂が流れている。さすが毒婦。たかが奴婢など人とも思わない残酷さ。気に入らなければ側仕えさえも、気分で手にかけてしまう鬼女だと。

 だが、一心はそんな噂など信じない。小黒を撫でていた寧貴妃は、優しい笑みを浮かべていたのを知っていたから。


「元気づけてやりたいんだ」

「恐ろしくないのですか?」

「寧貴妃の噂のことか? ただの噂だろ。実際のところはわからない」

「前にもおっしゃいましたが、禁足が解けない以上、寧貴妃さまにお会いすることは叶いません。華南宮を訪れても立ち入ることは無理です」

 禁足中は華南宮の扉を固く閉め、錠までかけている。さらに、二人の侍衛が二十四時間がっちり門を見張っているのだ。


「いや、そこはまあ、塀を越えて忍び込むとか」

 林杏は呆れたように首を振る。

「たとえお会いできでも、凜貴人さまのお作りになった菓子は受け取らないでしょう」

「やっぱそうか。他人が作ったものなんて警戒しちゃうか。うーん、菓子以外にも寧貴妃に渡したいものがあるんだけどなあ。禁足が解けるのを待つしかないのか」

 一心は仕方がないというように肩をすくめた。


「ところで林杏、今日は何が食べたい?」

 唐突に話題を変えた一心に、林杏は訝しんで答えに戸惑う。

「わ、私ですか?」

「私は凜貴人さまが作る甘いお菓子なら何でも! あ、桂花糕(グイホアガオ)が食べてみたいです!」

 林杏の代わりに詩夏が手をあげ元気よく答える。


「桂花糕か」

 桂花糕とは金木犀入りのゼリーのようなものだ。金色の見た目に金木犀の香りがする、まさに女子が好みそうな菓子だ。ココナツミルクゼリーと組み合わせると椰汁桂花糕(イェヂーグイホアガオ)といい、味にまろやかさが加わる。

 ふむ、と頷いて一心は筆を手に取り墨を含ませる。

「見た目も楽しく二層式に仕上げ、表面に金木犀を散らす。さらに、枸杞の実を飾って可愛らしく。うん、こんな感じだな」

 目の前の紙に椰汁桂花糕の絵を描く。側にいた詩夏が覗き込んできた。

「絵を見ただけでおいしそうですね。そうそう、姉姉が描いた五色の酒醸湯円の絵が〝ばえ〟とか言って宮女たちの間に出回ってるんですよ。姉姉が言っていた口コミ? が広がって、みんな食べてみたいって言ってました」


 よしよし、と一心はしたり顔で頷く。

「桂花糕の絵も何枚か描くから、この間の湯円のように、宮中にばらまいてくれるか?」

 詩夏はお安いご用ですと答える。

 一心は宣伝用にと、同じ絵をさらさらと描き始めた。何枚か描いたところで、一心は林杏がいれてくれた茶に手を伸ばす。

 椀の蓋をとり、口元に持っていこうとしたところで、それまで虚ろな目をしていた林杏がばっと顔を上げた。

「凜貴人さま!」

 林杏の大声に、一心は驚いて危うく茶をこぼしそうになった。林杏が声を張り上げるなど珍しいことだ。


「び、びっくりした。どうしたんだ」

 突然、林杏が床にひざまずき頭を下げた。

「私は、許されないことをしようと……」

「林杏、顔をあげてくれ。いったいどうしたんだ? 話が全然見えない」

「私は凜貴人さまを裏切りました」

「そうなのか?」

「はい、私は凜貴人さまを殺そうと考えていたのです」

 林杏は袖口から小袋を取り出し、一心の前に差し出した。それは寧貴妃の侍女紫蘭から渡されたものであった。


「袋の中身は毒が混入したお茶です。私はこれを凜貴人さまに飲ませようとしたのです」

 一心は手にしていた、今まさに飲もうとしていた湯飲みに視線を落とす。

「姉姉いけません! お茶を早くこちらへ!」

 詩夏が青ざめた顔で一心から湯飲みを奪い取ろうとした。しかし、一心は湯飲みを口元に持っていき、何を思ったのか一気に飲み干した。

「きゃー!」

 詩夏が悲鳴をあげ、林杏は口元に手をあて、体を震わせた。

 空になった茶碗をテーブルに戻し、一心はぐいっと口元を手の甲で拭う。

 まさか、茶を飲み干すと思わなかった林杏は、呆然とした顔でその場に固まっている。

「姉姉! 早く吐きだしてください! 誰か侍医を呼んで! 姉姉が毒を!」

「大丈夫だって、落ち着け詩夏」

 取り乱す詩夏の肩を掴んで一心は落ち着かせる。

「だって、毒を飲んだじゃありませんか!」

「毒なんか入ってないって。ほら、何ともないだろ?」

 涙に濡れた目で詩夏が見上げてくる。

 オレのために泣いてくれるなんて、可愛い!

「でも……」

「なんでお茶を飲み干したかって?」

 詩夏は泣きながら何度も頷く。


「林杏のことを信じているからさ。林杏が私に毒を盛るはずがないって。そうだろ、林杏?」

「私を、信じてくれたのですか?」

「あたりまえだ」

「うわー」

 と、声をあげ、林杏は床に両手をつき大声で泣き出した。

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