7 林杏の危機
翌日から仕事に復帰したものの、それでも林杏の体調が良くなったようには見えなかった。侍医が言うには、過度な肝気鬱結によるものだと言う。
林杏にはしばらく実家に戻ることをすすめたが、やはり彼女は頑なに首を横に振るだけであった。
咲き始めた桜も散り、新緑が眩しい初夏の頃を迎えたある日。
後宮で行われる皇太后の誕生日会のために衣を新調するべく、林杏は内務府に反物を取りに出向いた。
少し前なら対応が悪く、ろくな生地を渡さなかった内務府の太監たちであったが、今は陛下の寵愛が深い妃といいう効力が発揮し、今年は上等な生地を貰えることができた。太監たちの態度も違う。彼らは愛想笑いと揉み手で林杏にゴマをすり、ご機嫌を伺ってきた。
内務府を後にし、月明宮へと戻る林杏の前に数名の太監が現れた。
知らない顔ぶれであった。おそらく、太監の中でも下位の者たちだと思われる。
「な……」
なにごと、と問いかけるよりも早く太監たちに口をふさがれ、押さえ込まれる。そのまま引きずるように連れられて来た場所はどこかの物置小屋であった。
「きゃ!」
小屋の中に突き飛ばされ、林杏は前のめりになって倒れ込む。
「おまえたち!」
すぐに身を起こし、太監たちの顔を改めて確かめようとするが、すでに彼らの姿はない。
小屋の鍵はかけられていないようだ。
殺されると覚悟していたが、何だったのだろう。人気のない場所まで連れて来て、小屋に閉じ込めるわけでもなく、すぐに消えてしまった。いったい、何がしたかったのか。
林杏は足元に視線を落とす。
一緒に投げ込まれた反物が泥で汚れてしまった。
これでは使い物にならないと呟いて、前屈みになり反物を拾った林杏の視線の端に何かが揺れるのが映った。恐る恐る顔をあげ、それの正体を確かめる。
小屋の中は薄暗いものの、壁の合間からわずかに光が漏れまったくの暗闇というわけではない。
何かが、天井からぶらぶらとぶら下がっている。
少しずつ薄暗さに慣れていく林杏の目に、それが映った。
「ひっ!」
林杏は引きつった悲鳴をもらした。
天井の梁にロープをくくりつけ、何者かが首を吊っていたのだ。
林杏はぶら下がる相手の顔を見て、目を大きく見開く。
亡くなっていたのは、林杏に小袋を押しつけた寧貴妃の侍女、紫蘭であった。
背後に人の気配を感じて林杏は振り返る。小屋の戸口に誰かが立っていた。逆光で相手の顔が見えない。
「林杏、いつになったら計画を実行するのかしら」
林杏は唇を震わせた。
「我が主はおまえに期待をしている。主の期待に添うことができれば、おまえを側仕えとして召し上げると言っていた。今まであんな女に仕えて肩身の狭い思いを強いられただろう? 我が主に仕えられれば、おまえの望みを叶えてやることだってできる」
「なぜ紫蘭を殺したのですか?」
「その女はただの駒」
「なぜでしょう……」
林杏はぽつりと声を落とす。
「なぜとは?」
「なぜ、凜貴人さまを殺す必要があるのでしょうか。凜貴人さまなど脅威ではないはず。それに、陛下の寵愛とて永遠に続くとは限らないことはよくご存知でしょう」
相手の気配が殺気立つ。
一瞬、殺されるのではないかと思った。しかし、相手はふっと笑っただけであった。
「少しでも自分にとって邪魔だと思う者は消していく。それが後宮よ。おまえも紫蘭のようになりたくなければ、言うことを聞きなさい。我が主は本気よ」
つまり、これは警告。指示に従わなければ、本当に殺すと言っているのだ。
「最初から凜貴人に対して忠誠心などなかったでしょう? ならばためらうことなど何もないはず。指示した通り、あの女に毒入りの茶を飲ませ始末しなさい」




