3 ご褒美のスイーツ
一方、侍女頭の林杏は、侍女たちに淡々と飾り付けの指示を出している。
一心はあごの下に手をあて、口元を緩ませた。
やっぱ宮中で働く女官ってのは、きれいどころが多いよな。
一心はニヤニヤ顔で侍女たちを見ていた。
「また凜貴人さまが私たちを見てる」
「そういえば、ちょっと前に泥棒に入られたって噂があったじゃない? それで、私たちを監視しているのかしら」
「でも、そのことについて林杏さまは何も言ってなかったし、それにあの目は監視っていうよりは、何て言うかな、舐め回すような目? 気持ち悪いのよね」
確かに、一心の目つきはだらしがなく目尻が垂れて気持ちが悪い。
「いくらなんでもそういう言い方は凜貴人さまに失礼よ。確かに気持ち悪いけど」
「いつまでも見られているのもいやだし、早く仕事を済ませちゃいましょう」
そうね、と侍女たちは一心の目から逃れようとてきぱきと動いて、飾り付けや掃除をすませる。それが良いのか悪いのか、侍女や太監たちは、いっそう無駄なく動くようになり、月明宮はいまや塵一つ落ちてなくきれいだ。
雑草が生え、部屋中に蜘蛛の巣が張り、壁にひびが入って荒れていた面影は一つもない。
「よし! 頑張っているみんなに今日はスイーツをご馳走するか」
「スイーツってなんですか?」
側にいた詩夏が聞き返す。
「甘いもんだよ、楽しみにしてろ」
と、腕まくりをして立ち上がり、一心は意気揚々と厨房に立つ。
エプロンを身につけ腰に手をあてた。
そうか、今日は元宵節だったのか。
元宵節とは中国の春節、旧暦の元旦から数えて十五日目の最初の満月の日で、この日にお祝いをするのだ。
「さっそく、この間仕込んだアレを使うか」
先日、参鶏湯を作るときに御膳房から貰ったもち米の残りを処理したものを用意する。
水に浸したもち米を一晩寝かし、水と一緒に石臼で挽く。挽いた後、水にさらして沈殿物を絞って固め、天日干しにし乾燥させたものだ。それから、紫芋、ほうれん草、黒ごま、ナッツを調理台に並べる。
一心は包丁を握り、紫芋を切り始めた。
細かく切った紫芋を茹で、濾して三つの器にわける。一つはそのまま。一つにはレモン汁を入れてピンク色に変化させ、もう一つは重曹を入れて青色にする。ほうれん草とにんじんを細かく切ってすり潰し、こちらも漉して絞り汁をとる。緑色とオレンジ色の汁ができた。
天日干しにしたもち米に少量の水を加えよく練り、先程作った五色の汁をそれぞれ混ぜ、柔らかくなったら小さく丸め蒸し器に入れる。
ゴマで作った餡を中にいれて丸め、お湯で湯がいて器に盛る。そこに仕込んでおいた酒醸をそそいで、できあがりだ。
酒醸とは、もち米に麹を加えて発酵させた調味料のことで、コクと甘みとトロみがあり、甘酒のような味わいがある。干焼蝦仁(エビチリ)などによく入れられる調味料だ。
「できたぞ。色とりどりの酒醸湯円。詩夏、みんなに配ってくれるか」
盆を手に詩夏は前庭へと向かった。
「みなさん集まってくださーい。凜貴人さまの手作りおやつですよー」
詩夏は集まった侍女や太監に出来た湯円を配った。
「わー、おいしそう!」
「紫、橙、緑、薄紅、青! きれいな色をした湯円ね」
「映えるだろ?」
「映え?」
「このスイーツは人気で、動画再生回数が一、二を争う勢いで伸びてんだ」
そういえば、ニユーチューブの更新も途絶えているんだよな。皆、オレのこと心配してくれているだろうか。
「そうなんですね。とにかくおいしいってことは分かります!」
詩夏はぱくりと湯円を口に入れ、頬に手をあてた。
「今まで食べた湯円で一番おいしいです! 口にいれた瞬間ふわりと溶けていくお団子はまるで粉雪のような舌触りで、お団子が消えた次の瞬間にあらわれる、ねっとりとした黒ごまの餡の深いコクが口の中でまとわりついて甘いのにくどくない。さっぱりとした甘酒がゴマの甘さを相殺するからですね。ああ、お団子と甘酒ってこんなにも相性がいいとは思わなかったです」
「相変わらず、詩夏の食レポは素晴らしいな。林杏も食べてるか?」
と問いかけるまでもなく、すでに湯円を味わっていた。
「おいしいでございます。私もこんなにおいしい湯円をいただいたのは初めてです」
一心は腰に手をあて嬉しそうに笑う。
「林杏に褒めてもらえて嬉しいよ」
「これでもう少しお行儀がよくなってくださったら」
「林杏さま、今それを言うのはやめましょう」
詩夏に言われ、林杏はそうですね、と苦笑いを浮かべる。
そういえば、と言って、一心は華南宮の方向を見やる。
華南宮は寧貴妃の住まう宮だ。
「最近、寧貴妃の姿を見かけないような気がするんだけど、朝のミーティングにも来てないし。そうだ! この湯円、寧貴妃に届けてみようかな」
そのついでに、どうしているか様子を見てみようと思い、一心は寧貴妃の分の湯円を用意しようとする。
林杏と詩夏は顔を見合わせた。何だか二人の様子がおかしい。
この雰囲気はなんだろうか。もしかしたら寧貴妃に何かあったのか。
「寧貴妃さまにお会いすることはできません。湯円をお届けするのは無理でしょう」
「風邪でもひいたか? だったら粥でも作ろう」
「いえ、実は寧貴妃さまは」
林杏は寧貴妃に会えない理由を一心に語った。
寧貴妃は現在、華南宮で禁足状態だという。数日前、華南宮を訪れた皇后に、寧貴妃が飼っている犬が襲いかかり怪我をさせたからだ
「小黒が皇后に飛びかかっただって? おとなしくて人によく懐くワンコだったが。もしかして小黒を興奮させるようなことをしたのか?」
林杏はわかりません、と首を振る。
詳しいことは誰も知らない。だが、子犬のせいで皇后が怪我をしたのは事実。それで、寧貴妃は皇后を怪我させた罪により、陛下の命でしばらく華南宮から出ることを禁じられているのだ。
「皇后の怪我は大丈夫なのか?」
「はい。こめかみのあたりをぶつけて少々血を流されましたが、大事にはいたらなかったようです」
「そうか。それならよかったが、それで禁足処分にされるとは厳しいな」
「皇后さまは大したことはないからとおっしゃって寧貴妃さまを庇ったのですが、飼い主を管理を怠ったからだと納得しない者もいて、陛下も渋々処分を下したという様子でした」
「そうか」
何をするにも慎重になれ、と言う林杏の言葉を改めて痛感する。
「それで、小黒はどうなった?」
一心の問いかけに林杏は緩く首を横に振る。
胸の奥がざわりとした。
「皇后さまを傷つけた罪で……」
「いくらなんでも……」
後宮の片隅にいる一心の耳には届かなかったが、宮中では寧貴妃は飼い犬をけしかけ皇后を害そうとした邪悪な女だという噂まで広がっていた。皇后を殺害し自分がその地位にとって変わろうとするために、飼い犬を慣らしたと。
さらにひどいのは、用済みになった愛犬は寧貴妃自ら……。
そんなこと絶対にあり得ない!
「そういう理由ですので禁足が解けるまで、寧貴妃さまとお会いすることは無理でしょう」
一心は難しい顔で腕を組んで考え込む。
どうにか、寧貴妃と会えないだろうか。だが、一心の心をまるで読み取ったかのように林杏は釘をさす。
「凜貴人さま、くれぐれも無謀なことはなさらないように。軽率な行動は凜貴人さまだけではなく、周りの者も巻き込むことになります」
「……わかってるよ」
とは言ったものの、どうしたものか。
自分の思うように行動ができないのはもどかしい。
寧貴妃の禁足を解いてもらうようあいつに頼んでみようか。だが、寧貴妃を気にかければ皇后側が一心に対し、よい感情を持たないだろう。その反対も然り。
いや、やはりここはオレごときが口を挟まず、おとなしく成り行きを見守るべきか。事実、今現在、宮中の誰もがそうしているらしい。必死に誤解を解こうと皇后と陛下のご機嫌をとっているのは、寧貴妃の一族たちだ。
「参ったな」
ふと、一心は視線を上げた。
そこに、すっかり忘れかけていた人物が立っていて、一心は目を丸くする。
門のところに、病気の母の看病をするため故郷に帰っていた小幽子がいたのだ。




