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転生したら後宮妃!? ―料理で陛下の胃袋を掴んだら、寵妃になってしまいました―  作者: 島崎紗都子
第3章 底辺だった妃が、陛下の寵妃になって出世街道まっしぐら!
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1 人生、どう変わるのか分からない

 人生、どう変わるのか分からないものだ。

 後宮の片隅で、息をひそめるようにひっそりと、誰からも相手にされず死んだように生きてきた李凜花が、妃の位を一つ飛び越え昇格し、今では彼女の暮らす月明宮は常に笑いが絶えることのはない明るい場所となった。

 陛下の寵愛を受けていると知ってからは、大勢の妃たちが代わる代わる、凜貴人のご機嫌伺いに訪れてくるようになった。


 とりあえず、強い者にまかれろ気質の後宮だ。

 現在、飛ぶ鳥を落とす勢いのある凜貴人に取り入っておけば、何かしらのおこぼれにあずかるかもしれないという魂胆もある。

 あるいは、あわよくば、陛下がお越しになったところに居合わせられれば、ラッキーと期待しているのだ。

 おかげで少し前までしんと静まりまるで廃墟のようだった月明宮は、毎日がお祭りのように賑やかだ。


 凜貴人が陛下の寵妃となって以来、頻繁に贈り物が届くようになり、月明宮の財政も潤った。さらに、これまで連絡すらよこさなかったらしい実家からも、娘の出世を喜び、たびたび物資が届くように。

 娘が川に落ちて記憶がなくなったと聞いても、いっさい見舞いにも来なかったのに、この変わり様は呆れた。そして、早く皇子を産めと圧力をかけてくる。


 凜貴人が皇子を産めば、その功績が認められ実家にも大きな恩恵が与えられる。落ちぶれた李家が波に乗るチャンスが巡ってきたのだから必死になるのは当たり前だ。

 そして、これまで横柄で冷たい態度だった各部署の宮女や太監も、陛下の寵妃となってからは、よく従うようになった。

 だが、もし陛下の寵愛を失ったら、再びどん底へと落ちていくだろう。そうなる前に、元の時代に帰りたいのだが、いまだに帰る方法がわからない。


 というか。

「最近じゃあ、元の時代に帰る方法を考えるよりも、夕飯の献立を考えることに忙しくなっちまったからなあ。これって本末転倒じゃね?」

「何かおっしゃいましたか?」

 一心の独り言に反応した林杏が律儀に問いかけてくる。

 詩夏あたりなら、適当に聞き流してくれるのだが、林杏はとにかく真面目な性格だ。自分に厳しく他人にも厳しい。そして、一心にはもっと厳しい。

 それでも、最初の頃よりは少しは緩くなってくれたと思うのだが。


「いや、いつになったら帰れるのかなって」

「ご実家にですか? でしたら帰ることは叶いません。宮中を出る時は死ぬ時です」

 一心は嫌な顔をする。

「もしかしたら、オレの体はもうないんじゃないかって思う時があるんだ」

「意味が分かりません」

 いつものように御膳房で食材を物色し、欲しいものを手に入れ月明宮に戻った一心は、林杏とそんな会話をしながら居室に戻った。


 ん?


 誰もいないはずの部屋に人の気配を感じた。

「誰かいるのか?」

 一心の呼び声にがたりと物音がする。音は部屋の奥、机が置いてある方から聞こえた。覗き込んでみると、一人の太監がかがんでいた。

「そこで何をやっているのです!」

 林杏の厳しい声に、太監はびくりと肩を跳ね振り返る。その拍子に袖口から何かが落ちた。まだ十五、六歳ほどの若い太監だ。

 慌てて太監は床に落ちたかんざしを拾う。


 つい先日、貴人になった祝いにと陛下から下賜されたかんざしだ。精巧なすかし金の模様の入ったそのかんざしは、特別に腕利きの職人に作らせたものだという。

 一心にはそれの価値はよくわからない。だから頃合いをみて、寧貴妃にプレゼントしようと思っていた。

「こ、これは……その」

 太監は目を泳がせながら口ごもる。

「その手に持っているものはなんです?」

「これは……落ちていたから片付けようと……」

「嘘をおっしゃい。おまえの袖口から落ちたではないの。そうよね?」

 厳しい声音で問い詰める林杏に、とうとう観念して太監はその場に土下座をする。


「申し訳ございません! ほんの出来心なんです。どうかお許しください!」

「出来心で凜貴人さまのかんざしを盗むのですか? おまえがやったことは大罪です。わかっていますね。詩夏、慎刑司から人を呼んできなさい」

 詩夏はおろおろしながら、凜貴人と林杏、そして太監を交互に見る。

「何をしているの。早くしなさい!」

「林杏、落ち着け。何か事情があるんだ。それを聞いてからでもいいじゃないか」

「必要ありません」

 まあまあと、林杏を手で制し、一心はヤンキー座りで目の前の太監と目線を合わせる。


「こんなことをするには、わけがあるんだろ。言ってみろ」

 太監は口を噤んだまま肩を震わせている。

「黙っていちゃわからない。とりあえず話してみろ。力になれるかもしれない」

 顔をあげた太監は涙目になりながら、訥々と話し始めた。

「実は……郷里にいる母が病気を患い、どうしても、治療費が欲しかったのです」

「だからといって、盗みが許されることではありません」

 林杏は冷めた目と口調で太監を見下ろしながら言う。


「申し訳ございません……魔が差したとはいえ、私のしたことは大罪です。どんな罰でも受けます。ですが、母のことをどうか……」

「この期に及んで、凜貴人さまにお願いとはどういうつもりか」

 林杏は慎刑司に行ってこのことを伝えなさい、と再び詩夏に命じる。しかし、一心は待てと手をあげた。

「何を謝るんだ小幽子(シヤオユウズー)、どうしておまえを罰しなければならない?」

 え? と驚いたように小幽子と呼ばれた若い太監は目を開く。


「私の名前を?」

「もちろん知っている。いつも厨房の調理器具をピカピカに磨いてくれてるじゃないか。おかげで気持ち良く使わせてもらってるぞ。ありがとう」

 月明宮の厨房は一心が来るまでほとんど使われていなかった。そのせいで、あちこち蜘蛛の巣がはり、鍋も器具も埃にまみれ、錆びているのもあった。それを小幽子は丁寧に磨き、使える状態にしてくれた。今でも毎日掃除をしてくれ、清潔を保っている。


「凜貴人さま……」

 小幽子の目は真っ赤であった。

 主にとって侍女や太監はただの使用人、いなくなったところで、いくらでも替えはきく。主の言うことに従うのは当たり前で、感謝されることはない。

 なのに、凜貴人は自分の名前を覚えていたどころか、気にかけてくれている。

 そんな主を裏切ったという後悔が、小幽子の顔に滲んでいた。


「それに忘れたのか? そのかんざしはおまえにあげたものじゃないか」

「凜貴人さま、何をおっしゃいます!」

 目をつり上げ厳しい声を発する林杏を、一心は手でとどめ、さらに続けた。

「小幽子の好きに使えばいい。だけど、そんな事情があったとは知らなかったよ。ちゃんと言ってくれないと分からないじゃないか。詩夏、小幽子に銀子を渡してやってくれ」

「はい!」

 詩夏がすぐさま奥の部屋へと走って行く。

「どうしてですか?」


 小幽子は主の思惑が分からないというように首を振る。

 かんざしを盗み、罰せられるどころか、銀子をくれるというのだから。

「どうして? そりゃ、かんざしよりも銀子の方がすぐに使えて都合がいいだろ」

「そうではなく!」

「いいから、とにかくはやく故郷に帰って母親を医者に診せてやれ。それからうまいものをたくさん食べさせるんだ。そうだ詩夏、厨房に高麗人参があっただろ、あと李凜花の実家から送られてきた阿膠も。それも小幽子に持たせてやれ」

 高麗人参も阿膠も、ともに滋養強壮に絶大な効果を発揮する。

 はやく子をなすようにと、凜花の実家からたくさん贈られたのだ。


 最初はぽかんと口を開けていた小幽子だが、やがてぽろぽろと涙をこぼし泣き出した。

「あ、ありが……ありがとうございます……このご恩は決して……忘れません」

 小幽子は涙とはなみずで顔をぐちゃぐちゃにしながら、ひたいを床にこすりつけ何度も礼を繰り返す。

「礼なんていいから行け。ちゃんと詩夏から荷物を受け取れよ」

 小幽子は深々と一心に頭を下げ、部屋を退出した。

 側で林杏が呆れ顔でため息をこぼす。


「小幽子の言葉を信じたのですか。嘘に決まっています」

「最初から嘘だと決めつけるな。私は小幽子に暇を出してやった。戻って来なければ、きっと、今ここでは言えない事情があるんだ。な?」

「凜貴人さまは優しすぎます。ここは宮中ですよ。宮中にそのような優しさはいりません。もっと他人を疑うべきです」


 凜貴人は林杏の肩をぽんと叩いた。

「林杏の言いたいことも分かっているつもりだ。でも、あまり人を疑うとかそういうのはしたくないんだ」

 それ以上、林杏は何も言わなかった。

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