14 親しくなれないものか
「菓子もどうぞ、私が作った」
「けっこうよ。おまえが作ったものなんて、食べる気がしないわ」
ひどいことを言われても、一心はまったく気にしない。
一心は椅子の上に立て膝をつき、じろじろと寧貴妃を見る。
やっぱ、美人だよなあ。ちょっときつめでクールな感じもいい。
だらしがなく目元を緩ませる一心の顔を見て、寧貴妃は口元に手巾をあて眉根を寄せた。まるで、汚物を見る目だ。それでも一心はめげない。
一心から目をそらした寧貴妃は、部屋を見渡す。
「月明宮に陛下が訪れたというのは本当なの?」
「訪れたといっても、突然やって来てすぐに帰った」
「すぐに帰った? 何もなかったの?」
「そう、何しに来たんだか知らないけど、すぐ帰った。まあ、みんなが言うほど、あいつは私のことなんて興味がないと思うぜ。てか、興味持たれても困るし」
断言する一心の言葉に安心したのか、寧貴妃はいつもの自信たっぷりな笑みを取り戻す。
「そうだと思っていたわ。陛下がおまえのような女を気にかけるはずがないもの。月明宮を訪れたのもただの気まぐれ」
「そうそう、ただの気まぐれ」
「おまえのように美人というわけでもない、教養もない。実家だって落ちぶれている。そんな女を気にかけるだけ無駄ですもの」
「そうそう、ムダムダ」
散々言われているがそれでも一心は気にしていない。それどころかお気に入りの寧貴妃を目の前にすこぶる上機嫌だ。
機嫌がよくなった寧貴妃を、機嫌良く見つめていた一心の耳に、外から騒がしい声が聞こえてきた。
「いけません、小黒さま! そちらに行ってはなりません!」
部屋の外が騒がしい。何事だろうかと様子を見に行こうとして扉を開けた瞬間、いきなり黒い毛玉のようなものが飛び込んで来た。反射的に一心はそれを受け止める。
「きゃあ! 凜貴人さま!」
それは黒いふわふわとした毛並みの子犬であった。
「凜貴人さま、大丈夫ですか!」
林杏と詩夏が顔色を変えて駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。見ろ、子犬だ。黒い毛並みのポメラニアン。可愛いな」
一心は腕の中で懐いてくる子犬に頬ずりをした。
「小黒が私以外の者に懐くなんて」
寧貴妃が驚いたように言う。
「へえ、寧貴妃さまのわんこだったのか。可愛いなあ、小黒って言うんだ。よーしよしよしよしよし良い子だ」
背中を撫でると、小黒は嬉しそうに尻尾を横に振り、ベロベロと一心の顔を舐めまくる。
「おいおい、やめろよ、やめろって、可愛い奴め。腹は空いてないか? なんか食うか?」
寧貴妃は一心の腕から小黒を引きはがす。
「小黒を返しなさい!」
「私も子どもの頃犬を飼っていたんだ。小黒は寧貴妃さまに懐いているんだな」
寧貴妃に抱っこされ小黒は嬉しそうにハアハアと舌を出し、尻尾を振る。
「犬好きに悪い人はいないって言うし。なあ、今までのオレたちの関係がどうだったか知らないけど、犬好き同士、これからは仲良くしないか」
まずはお友達からだ。
寧貴妃はふんと鼻で嘲笑う。
「冗談ではないわ。おまえみたいな器量も要領も家柄も悪い女なんてごめんよ。仲良くですって? おまえと同等だと思われたら迷惑。それに、おまえのナメクジみたいな目つきが大っ嫌い。気持ち悪い!」
寧貴妃は立ち上がった。
「もう帰っちゃうのか! もうちょっと話をしようよ……って行っちまった」
一心は未練がましく、扉にすがりつき寧貴妃の姿を見つめている。
「いくらなんでも、あんな言い方はひどいです。姉姉はどうしてそう笑っていられるんですか。寛大すぎます。以前の姉姉だったら、泣いて部屋に引きこもってしまわれたのに」
まあ、オレは本当の李凜花じゃないからな。
それにしてもこの体の持ち主である凜花って、どういう女だったんだよ。
周りの人から嫌われ、意地悪をされ、陛下にも相手にされない。そのせいで荒れ果てた月明宮で寂しく暮らしていた。
『冗談ではないわ。おまえみたいな器量も要領も家柄も悪い女なんてごめんよ。仲良くですって? おまえと同等だと思われたら迷惑』
先程の寧貴妃の言葉が頭の中で何度もこだまする。
一心は腕を組んだ。
「なあ、どうにかして寧貴妃と親しくなれないものかな。まじで好みなんだ」
「無理だと思います」
「絶対、無理です!」
林杏と詩夏がさらりと言いながら、後片付けを始める。




