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12 厳格なはずのミーティングが

「それから凜貴人、昇格おめでとう。答応から貴人にあがることで、周りから心ないことを言われることもあるでしょう。でも、気にしてはだめよ。だけどもし何かあればすぐに私に言いなさい。力になるわ」


 もうすでにいろいろ言われてるけど、気にしてません。


 後方で軽く咳払いをする林杏に気づき、一心は立ち上がり皇后に拝礼をする。

「この度の昇格、大恩を賜り喜びに堪えません。皇后さまに心から感謝いたします」

 林杏に何度も教わった通り礼をする。うまくできただろうか。

「凜貴人、顔をあげて。これからも陛下のために真心を込めてお仕えするように」

「仕えるですって? これまで一度も陛下からお声がかかったことがないのに」

 ちくりと寧貴妃が嫌味を言う。

「今は陛下の一番の寵愛よ」


 一番の寵愛という皇后の言葉に、たちまち寧貴妃は不機嫌になる。これまで自分が皇帝の寵愛を欲しいままにしてきたのだから、おもしろくない気持ちなのだろう。

「どうせ寵愛なんてすぐに失うわ。そもそも、こんな取り柄のない不細工な女なんか」

「およしなさい寧貴妃、大人げないわ。凜貴人も気にしてはだめよ」

「はい! まったく気にしていません。大丈夫です」

 と元気よく答えて一心は再び椅子に座り、にこりと寧貴妃に笑いかける。

 辺りがざわついた。


「なんなの? 嫌味を言っても全然通じないどころか、見て、あのしまりのない顔。ニヤニヤ笑って気持ち悪い」

「川に落ちてから性格が変わったわよね。あんなにハキハキ受け答えをする女じゃなかったのに」

「ええ、いつもおどおどしてまともに受け答えもできず、下ばかり向いていたわ」

「まるで別人のよう」

 妃たちがこそこそ小声で言葉を交わしている。

 あからさまに多くの妃嬪たちに敵視されているのに、一心はまったく意に介していない。それどころか、美しい女性を前に笑いがとまらない。


「凜貴人、今回陛下が月明宮を訪れたのは、あなたが二年前に後宮へ入内して以来初めてだったわね」

 皇后が問う。

「初めて? まじか?」

 その初めて陛下が月明宮に訪れた記念の日に、一心は肉にかぶりついているところを見られた。

 面と向かって陛下と会話らしき言葉を交わしたのは、あれが初めてってことか?


「凜貴人、よい報告を期待してますよ」

 皇后は口元に笑みを浮かべた。菩薩さまのような笑みだ。

「ええと、よい報告とはなんでしょう?」

 サイドテーブルにある月餅(ユエビン)に手を伸ばす。そういえば、朝食もそこそこに身支度に取りかかったから腹が減ってきた。一口食べる。


 うまっ!


 数種類のナッツが入った五仁(ウーレン)月餅だ。

「もちろん懐妊ですよ」

「か、か、かいにんだと! ごほっげほっ!」

 叫んで一心は立ち上がった。

 ほおばっていた月餅を喉に詰まらせ胸を叩く。林杏に渡された茶を一気に飲み、一心はぷはっと息をついた。

 妃嬪たちの冷たい視線が突き刺さる。

「何を驚くのです。世継ぎである皇子を産むこと。それが妃としての役目ですよ」

「はあ? 冗談じゃないぜ! なんでオレがあいつの子を……ふがっ!」

 咄嗟に背後から林杏に手で口を押さえられた。

「皇后さま、申し訳ございません。川に落ちた衝撃で凜貴人さまは、いまだ情緒不安定で、こうして時折混乱して世迷い言を申してしまうのです。どうかご寛恕のほどを」

「ふが!」


 オレは情緒不安定なんかじゃない!


 さらに、詩夏が皇后の前にひざまづき床にひたいを押しつけた。


「体調がまだすぐれないにも関わらずどうしても、皇后さまに昇格のお礼を申し上げたいと言う凜貴人さまを引き止められなかった私のせいです。どうか私に罰をお与えください」

 詩夏は何も悪くないぞ! 妹を傷つけたら許さないからな!

「ふがっ! んがーっ……」

 林杏に口を押さえられ言葉を発せられない一心は、激しく腕を動かし身振り手振りで抗議する。

「きゃっ!」


 どこかでごんという鈍い音がした。

 一心の手から食べかけの月餅が飛び、寧貴妃のひたいを直撃したのだ。黒ごま餡を凝縮し、蓮の実やくるみなど、木の実がたっぷり入ったかなり重量のある月餅なので、当たったら痛かったはずだ。

「寧貴妃さま!」

 辺りでどよめきが起こる。


 厳格なはずのミーティングが、一心のせいでコントのような雰囲気になった。

 月餅をぶつけられた寧貴妃は、眉間に深いしわを刻み月餅が当たった箇所を指で押さえている。膝の上には一心の食べかけの月餅。

「凜貴人もまだ疲れがとれていないようなので、今日はこれで解散しましょう。凜貴人、後で侍医を使わせるので、しっかり診て貰い養生するように。それから滋養のある食べ物を後で届けるわ」

「ご厚情に感謝いたします」

 と、答えたのは一心ではなく、林杏と詩夏だ。

 二人に腕を引っ張られ、早々に黎明宮を後にする。これ以上、一心が余計なことを口走るのを避けるためだ。

 一心が去った後の場は、荒れ狂う波が引いたように静かになった。


「なんて粗野なのかしら」

「あんな女を貴人にするなんて、陛下もどうかしているわ」

 ひそひそと凜貴人の陰口が囁かれる。

「頭のおかしい女! いっそうのこと理由をつけて後宮から追い出してしまえばいいのに! いいえ、一生月明宮に幽閉されてしまえばいいんだわ!」

 侍女二人に引きずられていく凜貴人を見ながら、寧貴妃はひたいをさすり毒づく。


「滅多なことを言ってはいけないわ、寧貴妃。凜貴人は陛下のお気に入りなのよ」

「でも、あの態度を見たでしょう!」

「寧貴妃、お茶を飲んで気を静めなさい。最高級のお茶よ」

 寧貴妃の怒りを皇后はやんわりと制し、サイドテーブルに置かれた湯飲みに手を伸ばし一口茶を飲んだ。そして、口元に微笑みを浮かべる。

「おいしいわよ」

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