10 女って大変
「凜貴人さま、お目覚めでしょうか」
「う……ん、もうちょっと……あと五分だけ……」
頭が重い。やばい、昨日の疲れがまだ残っているようだ。おまけに酒も。
昨夜は少々飲み過ぎたかも。
「凜貴人さま、起きてください」
丁寧な林杏の声だが、言葉の端々に、いつまで寝てんだ、いい加減起きろ、というニュアンスが滲んでいる。
「凜貴人さま!」
厳しい林杏の声に、一心は寝ぼけ眼で起き上がり、ガリガリと首筋をかく。
「凜貴人さま、急いで顔を洗ってください。それからお召し替えです」
「その前に熱いコーヒーを一杯」
「何をおっしゃっているのですか。着替えを終えたら皇后さまへご挨拶に行きますよ」
「挨拶? 挨拶に行くくらいなら別にこのままでいいじゃん」
あくびをしながら鏡を覗くと、にわとりの鶏冠のように寝癖で髪の毛が逆立っている。
おまけに昨夜は遅くまで酒を飲んだため、顔がむくんで目の下に青くまがくっきりと浮いていた。
「凜貴人さま!」
林杏の一喝に一心はびくりとする。
目の前に鬼のような形相で林杏が睨みつけている。おかげで、目が覚めた。
「さあ、おまえたち凜貴人さまの支度を整えなさい。急いで」
林杏のかけ声で、侍女たちがいっせいに一心の周りを取り囲んだ。
うひゃー、女の子に囲まれて幸せ!
侍女が手にする水のはった盥で顔を洗い、渡された手巾で顔を拭く。次に鏡の前に座らされ、詩夏が箱からメイク道具一色を取り出した。
「見てください、このお化粧道具。陛下が姉姉のためにと、贈ってくださったのですよ。こんなにたくさん。どれも質の良い高級品です」
「へえ」
女だったら目を輝かせて喜ぶだろうが、あいにく凜貴人の中身は男だ。並んだ化粧道具を見てもちっともトキメかない。
さっそく、顔に白粉がはたかれた。
「ぶはっ! ちょ、ちょっと待て。化粧はいいよ。そんな趣味ないから」
昨日の冊封式でも、これでもかというくらい顔にいろんなものを塗り込められた。白粉のにおいはきつく、顔がベトベトするようで気持ち悪い。
「また意味のわからないことをおっしゃって。詩夏、今日の化粧は控えめに」
「そうですね」
「装飾品も華美ではないものを。牡丹や芍薬の刺繍が入っている衣は絶対に避けて」
嫌がる一心などおかまいなしに、林杏が淡々と侍女たちに指示を出す。
「かしこまりました」
「いてて……っ! そんなにきつく引っ張ったら毛が抜ける!」
もはや、逆らうことも許されず、侍女たちのされるがままであった。
昨日も大変だったというのに、今日も朝から慌ただしく支度に終われ、出来上がった頃には疲れはててしまった。
そもそも、皇后に挨拶に行くだけなのに、なぜ念入りに身支度を調えるのかと疑問に思ったが、それは後ほど理解する。
「姉姉、紅を塗るので、口をすこーしだけ開けてくださいね」
紅筆を手に、詩夏がこんなふうにと口を開ける。
「こうか」
仕上げに唇に紅をはき余分な油を取る。
メイク担当の詩夏がうん、と満足そうに頷いた。
「姉姉、おきれいですよ。鏡をごらんになってください」
鏡を見ると、そこには美人とは言わないまでも、先程よりはいくぶんましな女の顔が映っていた。
「女って大変だな」
「何か言いましたか、姉姉?」
いや、と一心は小さくため息をついた。




