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79.紫煙は陰謀の香り

前回のあらすじ:バアル達はヘラゴルン市に着いて早々、上級冒険者から喧嘩?を売られるも、お大尽よろしく店ごと買う勢いで喧嘩を買う。売った冒険者ジェシカさんは結局土下座しますまで言わされた。皆さんもモノを売る時は、客を良く見ましょう。


 ジェシカは改めて謝罪したいと、バアル達を誘って場所を変えようと言い出した。だがバアルはまだ宿を紹介して貰っていないと渋る。ジェシカはそれならば自分が紹介するとまた提案する。


 彼らの会話が続いている間、離れた所で状況を見守っていたカルニウェアンとエミリーの元に、こそこそとラスキン、アルバート達が近づいて来た。


「あ、もう説明終わった?」


「終わったけど……、そっちこそ何してんの? 何でバアルさん達に『百命散華』ジェシカ・エドワーズが謝ってるんだ?」


「『百命散華』? 何ですかその微妙に痛いあだ名は」


 カルニウェアンの指摘に、アルバートが気の毒な顔を呈する。


「名付けたのは本人じゃないから許してやってくれ。彼女に憧れる連中が勝手に言い出して、それが定着しただけだ。一人で百人を相手に、まるで花が吹き散れるように切り伏せた事からな……」


「いや、私が言いたいのは由来へのツッコミでは無く、片腹痛いネーミングセンスにですね……」


「君その言い方はあんまりだろう!?」


 泣きそうな顔のアルバートを見て、広めたのはこいつなんじゃないかと、カルニウェアンとエミリーは疑いの眼差しで目を細める。


 アルバートは誤魔化すように何度も咳をすると、改まって解説し始めた。


「彼女は農家の生まれで、ふらりと村に訪れた吸血鬼の剣士から才能を見出され、稽古を授けてもらい冒険者になったという、王道的な過去があるんだ! 冒険者になってからのジェシカさんの活躍は、剣の腕一本で英雄になることを目指す子ども達に、夢と希望をもたらす存在……」


「そうそう、かく言ううちのリーダーもジェシカさんに憧れて、商工会の勤め先を退職して冒険者になった口だし」


 熱く語るアルバートの横から、ヨエルがアルバートの黒歴史を暴露した。

 何もかも理解したという冷めた眼で、アルバートを見つめるエミリーとカルニウェアンの瞳は、アルバートの心を強風に散らされた花弁の如く、かき乱す。


「そ、そんな眼で見るな! …や、やめてくれ~~~~!!」


「まあ、退職して冒険者になってから、それなりに早く中級冒険者にまで成ったから、適正は有ったんじゃないかな」


「もっと早くフォローして上げましょうよ……。アルバートさん蹲っちゃったじゃないですか」


 一緒について来てたラスキンは、羞恥の余り床に転がるアルバートの背を労るように撫でながらヨエルに苦言を呈していた。アルバートに謝って慰めているヨエル達は放っておき、事態の推移を見守っていたエミリー達は、話が着いたバアルに呼ばれたので、アルバート達に別れの言葉を残してバアルの所まで戻った。

 戻ってきたエミリー達に、ジェシカが開口一番謝罪する。


「すまないエミリーさん。僕の我が侭に君を巻き込んでしまって」


「あ、ええと……、私は全然気付かなかったし、別に気にしてません」


 一応先輩で、しかも見たことも無い上級冒険者に頭を下げられて、エミリーは少々混乱気味に返事を返す。


「エミリーがそれでいいなら俺らが言う事は無い。ジェシカは謝罪として、街の案内と宿の手配と一泊分の宿泊費で買って出てくれた。何か請求するなら今の内じゃないか?」


 バアルが横からエミリーをけしかけるが、エミリーはバアルを睨み返し、余計な事を言うなと眼で訴える。バアルはそれに悦を感じたのか、小気味良いと口の端を歪めた。



 ……



 スコットへの伝言をギルドに残し、バアル達はジェシカ先導の下、ヘラゴルン市を歩いている。雲は多少浮かんでいるものの、夏に近づいてきたこの時期の太陽は、張り切って街を照らしていた。

 彼らとすれ違う人々は、普段着は着ていても動作や体付きが明らかに訓練された者達ばかりだった。一般人と思われるのは、全体の三割から四割程度だろうか。


「当たり前だが、兵士らしき者達ばかりだな」


「ああ、都市に居るのは大半が休暇中の者達ばかりだろうが、一般人とは雰囲気が違うからすぐ分かるだろう? この都市の住民より兵士の方が数が多いと思うよ」


 ジェシカは肩越しにバアル達を見ながら、そう応じる。時折ジェシカを見かけた兵士らしき者達が、軽く敬礼を行っており、ジェシカもそれに会釈を返しているのにバアル達は気付いた。


「ジェシカは軍にも所属していたのか?」


「訓練教官としてね。今も教官役として働いているよ。人に教えるのは中々大変だが、面白くもあるね」


「そう言えば、ジェシカさんの師匠って吸血鬼だったらしいですね」


 カルニウェアンが何気なく質問すると、ジェシカも何ら含む事の無い調子で返す。


「ああそうだよ。畑の近くで鍬を振り回して遊んでいたら、その姿を見た師匠に「君、いい振り方してるね」と声を掛けられたんだ。最初は何事かと思ったよ」


 真面目な調子で、師匠の言葉を再現しておどけるジェシカ。どこか子供っぽい仕草はバアル達に微笑ましさを感じさせる。

 その中でカミラが、普段の破天荒さを潜めさせてジェシカに話しかける。


「その師匠さんの名前を聞いてもいいですか~?」


「アルフレッド・ハスラー。第二世代吸血鬼だね」


「アルフレッド……、確か今首都の『吸血鬼夜戦強襲部隊』の隊員されてる方ですね。第二世代型なら実力は相当でしょう」


 ジェシカはカミラが師匠を知っていた事に、少し驚いていたが、カミラの目深に被っているフードと全身を覆うマントに、察しが着いたようだった。


「君も吸血鬼か。こんな白昼に出れるという事は……第四世代以降かな?」


「惜しい、第三世代です。ちょっときついですが、日光の影響を減弱させるアイテムを持っていますので」


 ふむふむと頷いてジェシカは納得したようだった。そしてバアル達を再度見回し、ファフニールが吸血鬼かと疑ったみたいだったが、陽光に怯む様子を見せないファフニールは違うと判断していた。

 バアルは二人の会話で気になった点をカミラにこっそり聞いた。


「第二世代型なら実力が相当と言ったが、世代がより上の方が強いのでは無いのか?」


「え? ……ああ、それは吸血鬼の歴史と言うか、文化的な問題なんです」


 カミラは少し考えた後、大体の概要をバアルに説明した。


 吸血鬼は真祖と呼ばれる最初の吸血鬼が居て、この者達が『吸血鬼』として最強であり、世代が下がる毎にその力は弱まる。

 吸血鬼達は、生み出された当初は限られた領域で細々と暮らしていた。しかし自身の高い戦闘力を自覚してからは版図を拡大。その過程で仲間を増やす必要があった。


 真祖達は、自分の愛人などにしていた、お気に入りの美男美女達に吸血鬼の祝福を与えた。その者達は見目は良かったが、学力や技術、潜在能力に着いてはそんなでも無かった。


 吸血鬼の版図は更に拡大したが、真祖達は反乱を恐れて第一世代型を作る数は制限していた。人手不足に耐えかね、真祖の許可の下第二世代型吸血鬼が生み出される事になった。

 この第二世代型吸血鬼は、容姿でなく当人の実力や潜在力によって選出された。彼らは官僚、軍人として吸血鬼の勢力拡大に最も貢献した。



「つまり、第二世代型は吸血鬼としての能力に、高い実力を兼ね備えた存在なのです。第一世代型にも実力の高い人は居ますよ。無い吸血鬼は竜大戦の時代にほぼ死滅しましたが」


「アンディさんが意外と強いのだと今知った」


「あのボケ店長も一応軍人でしたし、そこそこ戦えますよ。特殊部隊に勧誘されたとかも言ってましたが、それは眉唾だと思ってます」


 バアルも、カルニウェアンの暴食に悲鳴を上げかけたアンディさんが、特殊部隊でばりばり働くのはメンタル面で難しいんじゃないかと感じていた。


「そのアンディさんが君の親で、師匠の知り合いかな?」


 バアルとカミラの声を潜めた会話も、ジェシカにはばっちり聞こえていた。前を向いたまま声をかけてきたジェシカに、バアルは顔を上げてやんわり抗議する。


「耳が良いのも、上級冒険者としての必須事項かな?」


「上級冒険者の資質は、全ての能力が高い位置で安定している事ですね。特級冒険者は、『一芸に秀で過ぎている』事が条件ですが」


 盗み聞きに対するバアルの皮肉を、ジェシカはさらりとかわす。どこか自慢気な表情を浮かべるジェシカは、全面降伏したバアルに一矢報いたと喜んでいるのかも知れない。ジェシカの子どもっぽい部分に毒気を抜かれたバアルは、苦笑で参ったと返事をした。カミラは変わらず間延びしたいつもの調子で、ジェシカの質問に答えた。


「アルフレッドさんは、私のエロ親父の知り合いですよ。……吸血鬼って数少ないから、知り合いの知り合いの知り合い、までいけば大体全員網羅出来ますからね~」


 ジェシカはふんふんと頷き、会話を続けようとしていた。だが、



「ぶえっくしょいっ!!?」



 カルニウェアンの大きなくしゃみによって遮られた。横を歩いていたマグナダインは、ファフニールの引く荷車から布を取り出し、カルニウェアンの眼前まで持っていく。


「ほれ、お嬢。洟かめ」


「淑女に往来で洟かませるとか、どれだけ私に恥を搔かせる気ですか。それより、何か変な臭いしません?」


「淑女に有るまじきクシャミだったと思うが……。臭いには俺も気付いていたが、そんなでけぇくしゃみする程のもんか? 結構いい香りだと思うが」


 他の面々も鼻から周りの空気を吸い、確かに道路に変わった香りともつかぬ臭いを感じた。

 その中で、ジェシカは何かに思い至ったようだった。


「これは……、『喫煙屋』の香りだな。そう言えば近くだったか」



「「「『喫煙屋』?」」」



 異口同音でジェシカの言葉を復唱し、同時に首を傾けるバアル達。だがカミラだけが何かを思い出した。


「あっ、ガンザードのドワーフ達が吸ってたやつか。確か、『煙草タバコ』とか言う草を加工して、それが燃えた時の煙を吸って楽しむんですよね。特殊な紙や植物の葉で煙草を包んでそれに火を付けたり、一度煙を硝子容器の水に通して吸ったりするんですっけ?」


「そうそう、それそれ。近くの店では両方楽しめるよ」


 カミラが思い出した情報に、ジェシカが同意した。喫煙文化を知らなかったバアル達は首を捻っている。


「何だか良く分かりませんねぇ? 私は美味しい料理の匂いを嗅ぐ方が、数倍素敵な事だと思いますが」


「匂いだけ嗅いで食べられないなら、それって拷問と一緒ですよ。主旨としては『匂いを嗅ぐ事』で合ってるんですが……」


「それもそうですね」


 カルニウェアンの構想は人類には早過ぎた。ジェシカは横道を指差し、バアル達に問い掛けてくる。


「折角だし、見学だけでもしてみないか? この都市でも、最近ガンザードから伝わってきたばかりなんだ」


 バアルは周りを見回し、特に反対者が居ない事、そして太陽の位置からまだ昼前であると確認すると、ジェシカの提案に同意した。


「ならば拝見させて貰おうか。ガンザードの文化とやらの予習だな」


 ジェシカはバアルの言葉の予習、という部分に引っかかったようだが、何も言わずに案内を始めた。


 ジェシカに案内された場所は、小洒落た一階建ての建物だった。レンガ造りの丈夫そうな建物だが、随所に花や変わった形の草木が飾られており、質実剛健なヘラゴルン市の他の建物と比べると、明らかに派手である。入り口には『火蜜』と店名の書かれた看板が掛かっている。


 窓はあるが木製の遮光窓によって内部の様子は見えない。窓の上、少々高い所に採光用の小窓があるが、そこも摩りガラスで覆われていた。窓の隙間から、甘く陶酔しそうになる香りが漏れていた。


 バアルは店の外観を見ていたが、内部が見えない事に少々不満でつい愚痴をこぼす。


「完全に締め切っているな。これでは中で何が起こっているか分からないでは無いか」


 ジェシカも困ったように頬を撫でている。


「うーん……。これは誰かが会合に使っていそうだな。これでは中を見せるのは難しい」


 バアル達が再度疑問符を頭に浮かべたので、ジェシカは声を潜めてバアル達に話しかける。


「この『火蜜』はかなり高い料金を取るが、防犯面に力を入れていて、しかも防音部屋なんかも完備しているんだ。ここは将校や政府高官または大商人とかの、秘密の会合とかによく使われると聞いた事がある」


「ほう。するとその様な秘密の会合を、白昼行わなければならない事態が起こっているかも知れないのか」


 バアルがそう考察するが、ジェシカは否定しなかった。


「多分ね。先日神竜王国とシルヴェ・アールヴ間で友好条約の締結が終わったらしく、その特使である黄金竜の姫がガンザードに向かう為、近くこの国に入国されるそうだ。恐らく、その事について警護関係者が諜報員と情報交換しているか、神竜王国との貿易に関しての利権について、政府高官と商人達が話し合っているんじゃないかな」


「そう言うことは、一介の冒険者に言わないほうが良いのではないかな?」


 バアルは一応そう指摘するが、ジェシカは肩を竦めて首を横に振る。


「そうでも無いよ、情報に聡い連中はこれ位すぐ考え着くさ。それに、中を暴こうとしなければ、想像する分には罪にならない」


 仮にも軍に所属しているジェシカの開けっ広げな考えは、バアルを少々面食らわせた。上級冒険者は皆こうなのか、それともジェシカだけか、バアルは胸中で自問していた。


 その後方では物珍しそうに仲間達が店を見ている。


「しかし煙を吸うってのは変わった文化だなぁ」


「マグナダイン達の故郷ではどんな文化があるのよ?」


 感想を洩らすマグナダインに、エミリーが逆に尋ねる。マグナダインが答える前に、カルニウェアンが眼鏡を光らせて解説を始める。


「主に音楽と歌が中心でしたね。色々な種族が居て、知的レベルもマチマチだったので、単純なものが皆が理解出来て好まれました。絵画とか詩、舞踊なんかはある程度学も必要ですが、音楽は比較的単純で、どんな種族でも楽しみますから。公式の晩餐会のみならず普通の飲み会とかでも、異なる種族同士で互いの伝統音楽や歌を楽しんでました」


「へー。じゃあバアル達も持ち歌があったり、楽器が演奏できたりするの」


 エミリーの質問に、四天王達は順に答えていく。


「俺は歌とか楽器は苦手でな。女房ブリジットと一緒に剣舞踊るぞ」


「私は横笛を嗜んでますの。……でも最近吹いてないから、大分腕が落ちたでしょうね」


「んーと、私は百曲以上持ち歌ありますよ。でも歌うとお腹が空くので、あんまり歌うなって言われてます」


「………」


 ファフニールだけは黙りこくっていた。不思議に思ったエミリーがファフニールの方を見ていると、カルニウェアンがそっとエミリーに耳打ちをした。


「ファフニールの自称十八番は、真の姿になった状態での咆哮、という名の音響兵器です」


 ごくりと唾を飲み込んだカルニウェアンはさも恐ろしい話をするかのように顔を引き締め、上目遣いにエミリーを見る。


「以前祝勝会でファフニールが歌を歌うと言った十分後、勝ったはずの魔王軍が、竜の咆哮に恐れをなして四方八方に逃走するという珍事件が発生して以来、ファフニールの歌声を聞いた者は誰もいません……」


「人間形態で歌わせなさいよ……。てか戦闘時はどうすんの?」


「あの昆虫フェチはまず死ぬ事が無いので、大抵一人かバアルと一緒に、味方から離れた戦線を受け持ってました。バアルと一緒に組ませておけば、半径五十kmは楽に灰に出来ますから」


「……ファフニールには、永遠に聞き役に回って貰うしか無いわね……」


 エミリーは空恐ろしい事情を聞き、青い顔で呆れ果てていた。カルニウェアンは相好を崩して「ですよねー」と笑っていたが、その後ろのファフニールは憮然とした表情になっていた。聞こえていたかは定かでないが、何となく事情を察したのだろう。


 離れた所で彼女達の様子を見ていたジェシカとバアルは、お互いに顔を見合わせ微笑む。


「仲がいいようで羨ましいよ。僕の仲間はどうも仕事仲間、という感じで余り温かくは無くてね」


「気安すぎて、時々暴走する事が珠に瑕だがな。俺は気に入ってるがね」


「そうか。……ところで、バアルさんは何が得意なんだい?」


 しっかりエミリー達の会話も聞いていたようだ。しかしエミリーとカルニウェアンの内緒話は聞こえてなかったようで、ファフニールの正体に気付いた様子は無い。

 バアルは胸の前あたりで、両掌を下に向け、上下に動かす。


「太鼓だ。アナトーの笛と一緒に、マグナダインの剣舞やカルニウェアンの歌の伴奏をする事もあった」


「なんだかイメージに合わないね。いや、ある意味イメージ通りなのかな?」


 ジェシカはバアル達の得体の知れなさに、彼らの明確なイメージを自分の中に見出せないで居た。しかし不快では無い、とも感じていた。

 エミリー達と会話するバアルを見ながら、彼らへの興味がどんどん沸いてくる事に、ジェシカは不思議な高揚感を感じていた。


 まるで未知のダンジョンに挑んだ時のような、そんな感覚を。



 ……



 煙の充満した部屋では、外から聞こえてくるくぐもった複数の声に、苛立ちを隠せない者も居た。


「全く……、往来では静かにして貰いたいもんだ。せめて、俺が近くに居る時くらいな」


 神経質に煙の出てくる管をスパスパ吸いながら、部屋の中にいた中年男性の一人がそう言った。

 ここは喫煙屋『火蜜』の中の一室。丁度バアル達が店の前で見学している目の前の部屋、であった。防音処理がしてある窓とは言え、大声で話されれば内容はともかく、振動は伝わってくる。その振動すら許容出来ないほど、件の人物が神経を尖らせているのだった。

 締め切った部屋は本来なら薄暗いだろうが、ここは魔術アイテムによって照明が保たれているので、明かりは問題無い。


 だが、その明かりを飲み込みかねないほどの闇を感じさせる存在が、部屋に居た。

 漆黒のマントを羽織り、フードを目深に被った存在。座った姿勢で腰の辺りから、鱗の生えた尻尾が出ている事から、リザードマンと思われた。


 その黒衣のリザードマンの対面には二人の男が居た。一人は先ほど苛立たしげな声を上げた中年の男性。少々肥満気味に見えるが、眼の鋭さは武人のそれである。もう一人は軍服に身を包んだ壮年の男性、凡庸な印象を受けるが、階級章は中佐になっている。


 中年男性は外の喧騒は無視して、話を進める事にしたようだ。


「で、神竜王国側に戦争準備の気配はあるのか?」


 黒衣のリザードマンは顔も見えない程目深に被ったフード越しに、明瞭な返事を返す。


「無い。火竜の領地に騒がしい気配はあるが、奴らの領地は水竜と地竜の領地を挟んだ更に奥地だ。兵を動員するにしても途中で必ず止められる」


「その……ゴホッ、水竜と地竜の領地を通らず、海から攻める事は無いのですか? ええと、ヘイムスクさんでしたっけ」


 中佐の階級章を付けた男が慣れない様子で水タバコの煙を吸い、軽く咳き込みながら質問する。ヘイムスクと呼ばれたリザードマンは微動だにせず、返事をする。


「難しい。かの国にまともな造船技術は無い。また火竜は海を嫌う。水竜ならまた話は別だが、水竜の公爵はシルヴェ・アールヴとの交易を熱望している。神竜王国とシルヴェ・アールヴの間には大森林が有る為、直接交易が出来ない。現状エロハイム共和国を通した商業ルートは必須だ」


 シルヴェ・アールヴと神竜王国の間には大きな森林が壁を形成しており、この森林内には道路は獣道くらいしかない。これは防衛の観点から、シルヴェ・アールヴ側が故意に敷設しなかったのである。


 中年の男は慣れた様子で煙を吸って吐き、その間に考えをまとめて居たようだった。


「地竜公爵は竜大戦後から、エロハイム共和国との交易に熱心だったしなぁ……。ならば今回の友好条約締結に、こちら側の油断を誘う意図がある可能性は少ないわけか。他国の動きは?」


「いずれも表は歓迎している。ガンザードは裏もだろう、一番領土問題を抱えているからな。シルヴェ・アールヴについては……諜報員の死亡が確認されただけだ」


 ヘイムスクは最後に少し言葉に詰まらせた。だが相対する二人に動揺の気配は無い。むしろ冷淡とも言える眼の光がそこにあった。


「……余り藪を突き過ぎるのも考えものですね。どこまで指示されているか知りませんが、くれぐれも我が国の関与を疑われないように。まあ、ク・クルカンの手勢と思ってくれるでしょう」


 中佐はそう言って、もう結構とばかりにタバコのパイプを置く。会話の終わりを覚ったヘイムスクは、今度は自分の要求を伝える。


「先日の依頼した件はどうなった?」


「魔術師隊を調査に派遣しろ、というやつか? 通るわけないだろうが! 諜報部隊としての実力を買われ、ク・クルカンを裏切って我が国に就いた事情は聞いているが、貴様らは飽くまで外務庁所属だ。軍への干渉は許されん!」


 ヘイムスクの要求を退けたのは中年男性だったが、中佐もそれに関しては同意見、と眼を鋭く細める。ヘイムスクはしばらく黙っていたが、中年男性に向かって淡々と言葉を吐き出した。


「派遣の理由は先日言った様に、ク・クルカンの侵攻の証拠を探す為だ」


「それについてはこちらも調査している。しかし担当者は幻術によって撹乱され、記憶喪失になった者も居た程だ。だが逃げ帰ったならば大した事ではあるまい。むしろ諜報組織の拠点を潰せたとも考えられ……」


「奴らが滞在していたのは、タナリンの街近郊。その南のセプロン市には、かの黄金竜の姫が滞在していた……」


 中年男性を遮って、ヘイムスクは更に話しを続ける。それに男性は怒りを覚えかけたが、黄金竜の姫、の単語に反応して表情を消す。


「……何が言いたい?」


「奴らが撤退した二週間程度前、黄金竜の姫はセプロン市に滞在し……、一時的に連絡の取れない事態になったと聞いた。すぐに見つかったそうだが、警備隊に捜索願いが出されたそうだ。この件は神竜王国側からの賄賂によって、警備責任者が上への報告を握り潰していた」


 きな臭い話になったと気付き、二人の男性は前かがみでヘイムスクの話しを聞き始める。


「それで……?」


「その後、姫の近衛隊の増員が行われた。明らかに何かの事件があったのだ。また同時期に、セプロン市内で不自然な死体も発見された」


「不自然とは?」


「有り得ない程の怪力で、惨殺された死体が見つかった。街のチンピラだった為、大した調査は行われていなかったが。死体を検分した部下の報告では、『竜に殺された同胞の死体を思い出した』そうだ」


 芳しい煙の代わりに、重苦しい沈黙が部屋を支配した。冷や汗を流し始めた中佐は、震える声でヘイムスクに確認する。


「つまり、神竜王国側で政変を目論む動きがあると? それにク・クルカンも一枚噛んでいる?」


「可能性は捨て切れない」


 短く締めたヘイムスクは、そのまま黙る。中佐は、中年男性の顔を恐る恐る見ながら呟いた。


「カイン参謀長……」


「情け無い声を出すな。……直ぐには派遣出来ん。後五日程待て」


 カインと呼ばれた中年男性は、ヘイムスクを睨みつけながら、それでも魔術師の派遣を約束した。

 ヘイムスクは頭を下げると、そのまま立ち上がり、外に出ようとする。扉に手を掛けた所で、ふと言い忘れた事を思い出した。


「今度からこの場は会合に使わないで欲しい。……臭いが残る」


 そしてするりと部屋から出て行った。


 カイン参謀長は不機嫌そうに水タバコのパイプを咥え、スパスパと何度も紫煙を吸っては吐いていた。中佐も心を落ち着けたいのか、同じように吸うが、すぐにむせてしまう。


 それには頓着せず、カインは空を睨みながら、何事か考えていた。




「どうも嫌な空気だな……」




 心を落ち着かせる煙が充満した部屋は、いつの間にか血生臭い未来の臭気を呼び込んでいた様だった。



またバアル達があんまり喋らなかったし、伏線張っただけで終わってしまいました。あと二、三話は日常パートにしようと思うので、しばらくはまたストーリーが停滞しそうです。

次回の投稿は……また未定ですorz

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