第3話:放課後の特訓(前編)
デビュー戦の翌日。
放課後のグラウンドに、防衛部の五人の姿があった。
今日はモンスターが出現していない。
つまり、特訓日だ。
「戦闘と言えばまずは体力。体力と言えば走り込みだ。じゃ、行ってこい」
「……え、走り込み?聞いてないんですけど……」
若葉はげんなりした声を出す。
若葉はスポーツは好きだが、部活には入っていない。トレーニング全般が大嫌いだからだ。
遊びでやるのは楽しいけれど、そのための練習が耐えられない。
体育の授業ではいつもバレないように手を抜く。
ゆるく楽しく適当に。
それが若葉のモットーだ。
「何だ、その顔」
「いや、走り込みとかちょっと……俺、体力ないし……」
「何言ってんだ。体力ないから、つけるんだろ?」
すでにやる気をなくしている若葉の横で、六花が元気いっぱいに手を挙げた。
「はーい!部長!何周走ればいいんですか?」
「よし六花、やる気満々だな。とりあえず10周」
「やったー!」
「やったー!?」
若葉の悲鳴がグラウンドに響く。
結局、若葉は7周でバテて地面に倒れ込み、六花は10周を走り切ってまだ笑っていた。
「ねぇ若葉くん。走ってるとさ、風が気持ちよくて楽しくならない?」
「ならないよ……っ!?」
若葉は地面に突っ伏したまま呻く。
「次、六花は腕立てと腹筋100回な」
休憩してしばらくすると、容赦のない指示が飛んだ。
「はーいっ!」
「若葉はさっさと起きろ。メニュー倍にしてやろうか?」
「休憩、5分じゃ回復しないですって……」
「スタミナねーな。この後の筋トレとシャトルランどうすんだよ」
呆れたような昴の声に、
「は?無理無理無理!死んじゃうって!」
若葉が思わず跳ね起きた。
「その元気があるならやれるな。あんまりグダグダ言ってると1時間毎に手に重りを巻いてくぞ」
笑ってはいるが、脅し文句がいちいち冗談に聞こえない。
「俺は褒められて伸びるタイプなんですー。ムチじゃなくてアメください」
「分かった。最初にマックスの重りをつけて、クリアする毎に減らしていけばいいか?」
「それはアメって言わないから!!」
昴の場合、本気でやりかねない。
身の危険を感じた若葉は、本当に昴がアクションを起こす前にその場を離れることにした。
不本意ながらグラウンド残り3周をゆっくり走るのが、一番休める気がする。
「きっつー……」
走り切って、六花を見る。
「きつすぎて笑えるー!腕プルプルしすぎっ!」
と楽しそうに腕立てをやっていた。
なんで腕立てを楽しそうにできるのか、まったく分からない。
そのまま昴に視線を向ければ、泉と何か話しているところだった。
よし。こちらに来る前に、さっさと適当に終わらせてしまおう。
若葉は急いで腕立てに取り掛かった。
「……26、27、28、39、40……」
昴が近づいてくる。
「今、何回まで行った?」
「42ですよっ!」
「実際には32回です。28から39まで飛びましたから」
背後から千代の声がした。
「え、千代先輩!?いつからそこに……」
後ろにいたことに、気づかなかった。
「最初からいましたよ」
表情を変えずに、淡々と千代が答える。
「千代に監視を任せて正解だったな。ちなみに、真面目にやった回数は?」
「7回ですね。あなたの視線がこちらに向いた時と、六花さんが手を振った時です」
「8回目からやり直せ」
思わず若葉が凍りついた。
「え、嘘だろ……」
「千代。次サボったら、カウントはゼロからな」
「分かりました」
「横暴だ!!」
喚く若葉を無視して、昴は戻っていく。
「ひどいっ!千代先輩も部長の味方なんですか!?」
「どちらの味方でもありません。今回は、昴が正しいです。手を抜いても効果は得られませんから」
「……くっ…」
監視されている以上やるしかない。
ふてくされた態度を隠そうともせず、若葉が8回目から仕切り直す。
「もう無理!手がしびれたんで、治るまで休憩していいですよね!?」
ありとあらゆる理由をつけて、千代に訴えかけるが
「若葉さん、あなた……言い訳の引き出しだけは多いですね」
冷ややかな回答しか返ってこなかった。
退部したい。
腕立ての間中、頭に思い浮かぶのはそれだけだ。
でも退部したら20万の取り立てが待っている。
「もーやだ……」
泣き言を言いつつ100回を終わらせると、若葉は今度こそ地面に転がった。
昴に脅されようが何言われようが、絶対にテコでも動くものか。
もう十分頑張った。
「若葉くんっお疲れ様!休憩しよ」
汗だくの六花が、満面の笑みで駆け寄ってくる。
差し出されたスポーツドリンクを、若葉は一気に流し込んだ。
「生き返るー!ありがと」
「泉先輩からだよ~!」
六花の笑顔に、少しだけ疲れが取れた気がする。
「六花はどこまで終わった?」
「腹筋100回終わったところ!」
「マジで?」
「うんっ!今日はこれで終わりだって。だから若葉くんの腹筋応援するね!!カウントは任せて!」
キラキラと輝くオーラを纏わせて、六花が満面の笑みを浮かべた。
「がんばれがんばれ、若葉くんっ」
「39、40!若葉くんかっこいい!」
「68、69、70!わぁ、すごいね、ゴールが見えてきたよっ」
六花のカウントとエールは止まらない。
こんな間近で美少女に応援されたら、若葉も手を抜けない。
やる気はなくても見栄だけはある。
「ねぇ、昴。あれがアメ作戦?ムチよりキツくない?」
その様子を眺めながら、泉が素直な感想を述べる。
腕立てではギリギリまで手抜きをしていたのに、腹筋はハイペースできっちりとこなしている。
「そうだな。次から筋トレは六花とペアでやらせるか」
昴は満足そうに答えた。
そして。
「100ーーー!!おつかれさまー!!すごいよ~!!」
本日の訓練、無事終了。
若葉は地面に寝転がると、満面の笑みで飛び跳ねる六花を見上げた。
……同じメニューで、なんでこんなに元気なんだよ。
若葉には理解できなかった。




