第26話:未来を選ぶ
六花がドリンクをもらってうろうろしていると
「ねぇ」
と一人の青年に呼びかけられた。
「君、ブルームのリッカだよね!?チャレンジ動画見たよ!」
六花は目を瞬いた。
「え、あ……はい!」
まさかここで“アイドルの顔”で認識されるとは思っていなかった。
「『部活に役立つヌンチャクチャレンジ30days』やってたじゃん?アイドルが部活でヌンチャク!?ってバズってたやつ。俺高校時代ボウエイヌンチャク使ってたから懐かしかったよ!」
「え、見てくださったんですか!? ありがとうございます!」
慌ててお辞儀する六花に、声をかけてきたOBは「俺は樹。よろしく」とにこにこと笑う。
「あ、そうだ。せっかくだし紫苑を紹介しとくよ。俺らの代の超有名人。モデルやってるんだ」
「モデル!?」
六花が驚く。樹は頷くと、すぐに人混みをかき分けて一人の青年を連れてきた。
長身に端正な顔立ち。
控えめな黒いスーツを着ているのに、まるでステージの上に立っているような存在感がある。
「……どうも」
短く、それだけ。
けれど低く落ち着いた声が耳に残る。
「紫苑さんって、あの紫苑さんですか!?えぇっボウエイジャーなんですか!?」
六花は思わず背筋を伸ばした。
”紫苑”。
雑誌の表紙を飾り、同年代の女子の憧れであり、同じ業界の人からも一目置かれるモデルだ。
「防衛部の途中でスカウトされたんだぜ。そのまま一気に売れて、部に顔出せなくなってさぁ」
面白そうに樹が続ける。
「そしたらどうしたと思う?」
紫苑は呆れた表情を浮かべた。
「……お前、毎年一年にその話するよな」
「この子、ブルームのリッカなんだよ」
「ブルーム……アイドルの?」
紫苑がわずかに目を見張る。
「まだ下位メンバーだけど、これからどうなるか分かんないし、役に立つかもだろ!」
続きを話そうとする樹を手で制して、紫苑が一歩進み出る。
「六花、でいい?」
「はい!」
「——人気出たら、防衛部やめろ」
唐突な紫苑の言葉に、六花は息を飲んだ。
「って俺は言われた。六花ならどうする」
「えっ…」
「仕事は断れば、次はない。アイドルは知らないけど、俺はそう」
紫苑の口調は淡々としていた。
「——夢と防衛部、どっちを選ぶ?」
「どっちも頑張ります!出来ないことは出てくるけど、なんとかならないか考えますっ」
六花が迷わず笑顔で答える。
紫苑はわずかに口の端を上げた。
「……だよな」
樹が紫苑の肩に腕を回す。
「こいつもそう言ったんだよ。モデルもやるし、防衛部もやめないって」
そして、紫苑が選んだ方法は
『文化祭で出店して荒稼ぎをする』
というものだった。
「文化祭で、自分の顔写真入りの防衛部活公式グッズ作って売りさばいた。その上で私物のオークション。もともとモテまくってた上に人気急上昇中のモデルだったから、そりゃあ売れるのなんのって!」
懐かしそうに樹が笑う。
「その売上でボウエイライフルレンタルしたんだぜ。通称“シオン初号機”。しかも、自分が出られない時に使えって置いていきやがった」
「え、公式グッズ?オークション!?」
六花はぽかんとする。
有名モデルの紫苑に、まさかそんな伝説があったとは。
「ま、オークションの額が洒落にならなくて、来年から防衛部の出店禁止になったけどな!」
大笑いする樹。
「でもまぁ、初号機の性能は本物だったし。本人より強かったから許せた」
「あのライフルはソードよりランクが上だ。攻撃力はレンタル価格に比例するんだから、強くて当然だろ。俺の力みたいに言うな」
六花は驚きと尊敬の眼差しを紫苑に向ける。
「紫苑先輩、すごいです!」
「今もボウエイジャー続けてるんだぜ。超売れっ子スーパーモデルなのにな」
樹が誇らしげに笑った。
「人気が出ても、やり方はいくらでもある。ボウエイジャーと仕事の両立はできる。——まぁ」
紫苑の視線が樹に向く。
その口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「仲間の理解と協力は、必須だけどな」
樹は一瞬目を見張り、
「いや〜、ほんと理解ある素晴らしい仲間で良かったな!さすが、俺」
と豪快に笑った。
「調子に乗るな。やめろと言ったのもお前だろ」
「そんな昔のこと気にすんなって」
楽しげに話す二人を見ながら、六花は紫苑の言葉を噛み締めた。
芸能活動をしながら防衛部を続ける苦労も、そこに生まれる矛盾も、この人は全部経験している。
「紫苑先輩、ありがとうございます!あたし、防衛部もアイドルも頑張ります!」
紫苑が小さく笑って頷く。
そしてそれ以上何も言わず、静かに背を向けた。
話がひと段落してテーブルを離れると、同じく区切りがついた若葉に声をかけられた。
「どうだった?」
「モデルの紫苑先輩に色々話を聞かせてもらったよ!」
六花はさっきの話をする。
六花の人気が出たらどうするか。
若葉の頭にももちろんあった。応援したいけど、一年三人を一人でどうにかするのは厳しいかもしれない。
六花に部を優先してもらいたいけど、夢も応援したい。
今後、考えなきゃいけないとは思っていた。
「シオン初号機!?すげぇ、カッコいい!」
「ね!あたし、なるべく防衛部優先したいって思ってるんだ。でももし人気メンバーになったらだけど……平日のイベントもあるし、全部重ならないようには難しいかも」
グループ内でその席をみんなが狙っている。
辞退すれば、紫苑の言うとおり次は来ないかもしれない。
「来年さ。一人、防衛免許持ってる人いれね?」
ふと若葉が言った。
「先輩達が言ってたんだ。防衛免許持ちの奴って、もれなく扱いづらいって。でも知識もやる気もすごいから、頼りになるって」
若葉は涼介達から聞いた話を伝えた。
「そんで免許代20万残しとこうぜ。そしたら、もし六花が仕事忙しくなっても“リッカ初号機“レンタルして戦えるじゃん」
「わ〜すごい!あたしもシオン初号機のこと聞いた時にね、誰かが休んだりしても戦えるものがあったら心強いなって思ったんだ」
「頼るわけじゃなくてもね。何があっても負けられないからこそ……強力な武器がお守りにあってもいいんじゃないかなーって」
若葉も頷く。
「でさ……防衛部って、めっちゃ楽しいじゃん…?」
いざ口に出すと気恥ずかしさが増す。
「うん!すごい楽しい!大好き!」
六花が目を輝かせながら頷いた。
「後輩ができたら、後輩達にもそう思ってもらえたらいいなーって思ってさ。モンスターと戦うのに……楽しい部活目指すのってアリ?」
具体的なアイディアはない。
だけど走り込みのときに「走ってると風が気持ちよくならない?」と言っていた六花の笑顔が浮かんだ。
そんな気持ちにはなれないけど、走り込みや筋トレだってもしかしたら楽しくやれる方法があるのかもしれない。
「もちろん、適当にゆるくやるんじゃなくて。キツイのをキツイって言いながらやるのはしんどいから、キツイのを楽しくできるように工夫する、みたいな……?ごめん、アイディアはないんだけど」
「楽しい防衛部……うん、すごくいいと思う!若葉くんとなら絶対できるよ!先輩達の話聞けば、いろんなアイディア出てきそう」
「だな!こんな機会なかなかないし、話はあとにして情報収集してこようぜ」
「うん。また後で」
お互いの上げた手がパチンと音を立てて重なる。
それぞれ別のテーブルへ、『先輩』への一歩を踏み出した。




