第24話:引き継ぐバトン(後編)
皐が「部長らしいこと」を言ったのは、後にも先にもこの一度きりだった。
放任主義はその後も変わらず。
戦闘では座ってメガホン片手に時々口を挟むだけ。
面倒なことは「俺そういうの苦手だから」で押し付ける。
けれど、それからの昴たちの空気は、少しずつ変わっていった。
◆
「泉、千代。これ、次の課題。……意見あるか?」
白紙の課題の用紙を渡すと、泉が驚いて顔をあげた。
いつもなら昴の意見が書き込まれている。それを元に話し合うのが通例だった。
「え、昴の案は?」
「もう俺、なんも思いつかねーよ。泉の方が頭いいだろ」
素直に頼られた瞬間、泉は少し驚いたように目を見張った。
けれどすぐに真剣な表情に変わり、ペンを握る。
「スピード重視のヤムヤムって、前もあったよね」
泉の言葉に千代が思い出すように言う。
「そのとき麗奈先輩には、“武器より足を見ろ”って言われました」
「……だったら、こういうのはどうかな?」
◇
「ごめん……僕の作戦、全然ダメだったね」
戦闘の帰り道、泉が肩を落とした。
「……何がダメだったか、一緒に考え直そうぜ」
戦闘後は前なら黙り込んで終わっていたが、次第に三人で反省会をするようになっていた。
◇
「今日の戦闘、二人とも焦りすぎです」
「お前の空砲、助かった。あれで冷静になれた」
「敵の気も引けたしね」
泉も頷く。
「……焦らないって、難しいな。前に部長が言ってた。『焦らず連携すれば、作戦に穴があっても倒せる』って」
「逆に、連携さえマスターすれば焦らずに済むかもね。連携って、ちゃんと練習したことなかったし」
「先輩に、相手を頼んでみますか?」
皐に相談すると、返ってきたのは一枚のチラシだった。
「連携の練習したいって?はい、これ」
皐が渡してきたのは、ボウエイ協会の無料講習会の案内だった。
「回数制限はないし、連携の基礎も教えてもらえるはず。気の済むまで教わっておいで」
にっこり笑って送り出す皐に、三人は半ば呆れながらも頭を下げた。
それから週末のたびに講習会へ通い詰め、顔を覚えられるほどになった。
プロの指導の下で、三人は基礎と連携をひたすら学び続けた。
◇
「重量級とかスピード系とか、調べりゃセオリーは出てくるのに……その通りに全然いかねーよな」
昴がため息をつく。
「成功談だけじゃなく、失敗例も調べられたら参考になるのですが」
千代がつぶやく。
「でも皐先輩、なんであんなに色々なパターン知ってるんだろ」
泉が首を傾げた。
「……ヤムヤムの詳細とか、体験談が載ってそうな記録……」
昴が言葉を区切る。
三人の視線が、同時に合った。
「部室か!」
(……納得はしたけど。だからって無茶振りしすぎだろ)
心の中でぼやきながらも、昴はもう反論する気になれなかった。
皐の“何もしないやり方”に翻弄されながらも、気づけば三人の会話は増え、互いに頼り合い、意見を出し合うようになっていた。
意見がぶつかって、昴と泉が口論になったこともある。
「……人生で初めてケンカしたかも」
笑ってそう言った日から、泉は二人に本音や弱音を見せるようになった。
千代の呆れ顔と小言も増えた。
そして少しずつ、お互いの考えていることが——『見れば分かる』ようになっていった。
◆
「えー!握力50キロ!?麗奈先輩カッコいい!!」
六花の声が弾む。
皐と麗奈が部室を去ったあと。
本人不在で彼らの武勇伝に花を咲かせていた。
「でも麗奈先輩の指導って、ほんと全部擬音語で全然分かんないの。『ドーンっと行ってバーンとやっちゃえ!』とかさ」
泉が困ったように笑う。
「戦いのときも『うちらが強ければ勝つ』とか、『攻撃は当たらなければ無傷』とか……当然のことしか言わないんです」
千代も肩をすくめる。
「質問しても『そんなの考えなくても、殴ればよくない?』で終わっちゃうんだよね」
泉と千代が苦笑いで頷きあう。
現役時代の麗奈の三大口癖は
『しばけば解決』『殴ればよくない?』『なんとかなるっしょ』。
ちなみに皐の三大口癖は、
『見れば分かる』『俺そういうの苦手だから』『後はよろしく』だった。
「皐先輩はね、戦闘には参加しないけど、たまに一言だけ口を挟むんだ」
泉が懐かしそうに目を細める。
「『ヤムヤムの次の攻撃はこれだよー』とか、『そいつの弱点はねぇ〜』とか。その一言でヤムヤムの心を折って、弱体化させちゃうんだよ」
「自分で泣かせておいて、慰めて浄化したこともありましたよね」
千代が苦笑混じりに言う。
「しかもその後に私達になんて言ったと思いますか?」
「全然分かんないっす。皐先輩、俺の理解超えてるんで!」
若葉が元気に答えると、泉が「だよね」と笑う。
「……『俺が倒しちゃってごめんね』って謝ったんだよ」
「『部長なんだからたまには倒してください』って、私達三人の声がそろったのを今でも覚えてます」
「本人は全然気にしてなかったけどね。『息ぴったりだね〜』って笑ってた」
力だけの麗奈と、口だけの皐。
それで成立していた二人の戦い方は、若葉と六花には新鮮だった。
二人は興味津々で身を乗り出している。
「皐先輩たちもすごいけど、それでちゃんと強くなった先輩たちもすごすぎますっっ!」
「部長もすぐ実戦に放り込むけど、後からちゃんと指導してくれますし。訓練も戦闘も引っ張ってくれますもんね……。てか、先輩たち何も教えられずに何でも出来るっておかしすぎません?」
「あたしなんて、あんなに丁寧に教えてもらってるのに、まだ頼ってばっかりで……。もし放任されてたら、何もできないまま卒業してました!」
「俺だったら、訓練中に見張ってなかったら喜んでサボります!できるようになろうなんて、まず考えないです!」
その正直すぎる二人の告白に笑いが起きた。
「若葉さんと六花さん相手なら、ちゃんと教えていたと思いますよ。皐先輩は、効果がないことはしない人でしたから」
千代が微笑む。
「できるようになったってことは、結果的にそれが僕らに合ってたんだろうね」
泉も苦笑しながら頷いた。
「いやいや、だからそれがおかしいんですって!」
即座に若葉が突っ込み、六花が楽しそうに笑う。
昴はその様子を、静かに見つめていた。
——思い出すのは、さっきの言葉。
『昴先輩は厳しいけど強くて頼りになるし、とにかく全部がすごいんですよー!』
『頼りになりすぎて、先輩達抜けたらどうなるんだろうって、めっちゃ不安です』
皐のやり方は皐にしかできない。
自分たちは違う方法を選んだ。
知識も技術も戦い方も、ちゃんと見せて、教えてやりたかったから。
若葉たちにはその方が合っていたと思う。
だけど、それは彼らが後輩でいる間だけだ。
『完璧な部長像なんて、来年重荷になるだけ』
皐の言葉は、ずっと心の中にある。
実際、部長になって初めてその意味が分かった。失敗できない部長の重圧は、想像していた以上に大きかった。
もし皐が“完璧な部長”だったら、今の防衛部のこの空気はなかっただろう。
若葉と六花に教えたいことはまだたくさんある。
だけど——
(そろそろ″部長″を、手放していかねぇとな)
失敗が許されなくなる前に。
自分が責任を取れるうちに。
あの二人に頼って、託して、繋いでいく。
それが部長としての最後の仕事だ。
昴は楽しそうに話す二人を見る。
若葉のことは、最初は「根性がない」と思っていた。
練習は何かと逃げたがるし、サボる口実も多かった。
けれど、若葉が実際の戦闘で逃げたことは一度もない。守ることに関して、迷いがない。
タイミングがシビアな五閃斬の四閃目、初見のツインブレード。
どんな無茶をさせても、結局やり遂げる。
能力の上限がまだ見えない。
加えて、若葉には自由な発想がある。
その柔軟さで、きっと壁を超えていける。
六花のことは、もっと能天気だと思っていた。
何も考えてなさそうで、いつも笑っているから。
努力家だと分かってからは、「その努力が報われない時が来たら」と心配した。
でも、六花は折れない。
失敗さえ肯定して、前に進めるから。
何を要求しても、明るい返事ひとつで応えてくる。
笑って真っ直ぐ突き進む姿に、助けられたのは、むしろ自分たち二年の方だった。
そして、あの二人の周りの空気はいつも明るい。
失敗も反省もひっくるめて、笑える強さを持っている。
(若葉と六花なら、大丈夫だ。——任せられる)
微かな笑みを浮かべ、昴は静かにそう思った。
笑い声の響く部室を包み込むかのように、窓の外から春の光が柔らかく差し込んでいた。




