第23話:引き継ぐバトン(中編)
一年前の秋。
昴達が正式にボウエイジャーの活動を始めてニヶ月目。
「やり直し」
紙を突き返す皐の声は軽い。
その頃の皐はよく、ヤムヤムの特徴とその攻撃パターンが記されたプリントを昴に渡していた。
このヤムヤムが出た時にどう対処するか、三人で考えてくるのが課題の内容である。
「何がダメか聞いてもいいですか」
昴は不満を隠さずに言った。
「俺は三人で考えろって言ったんだよ。昴が考えたっぽいからダメ」
「二人とも賛成してるし、他の意見は出なかったんですけど。効果があるならそれでいいじゃないですか!」
「だーめ。明日までに考え直しておいで〜」
きっぱりとした返答。昴は紙を握りしめる手に力が入る。
皐は実技訓練を担当することはほとんどなかったが、この課題だけはよくやらせた。
ただ、出したところでちらっと見ただけで終わり。意見は一切もらえない。
「はい、おっけー。じゃあ次こっちね」
ちゃんと見ているかどうかも怪しかった。
そんなある日、ヤムヤムが襲撃した。
「今日のヤムヤムは昨日の課題のと似てるよね。君らの考えた作戦で行こう」
皐が言った。
「どんな作戦か分かってるんですか?」
昴の言葉には棘がある。
チラッと見て「はい、おっけー」と言っただけ。皐はろくに見てもいない。
どうせ面倒なことは任せてヤムヤムの死角に逃げるだけだ。どんな作戦だって構わないんだろう。
そう思った。
「当然覚えてるよ」
澱みなく、皐はその作戦を口にする。昴は驚いた。
「ちなみにこれ多分失敗するけどね。まぁ、やってみな」
「はあ!?どこが悪いんですか!?」
「やれば分かるよ。ファイト!俺は後ろで応援してるから〜」
軽口に苛立ちつつも、昴たちは作戦を実行に移した。
開始直後。
前衛の昴・千代、麗奈が三方向からヤムヤムに突っ込む。背後を切り捨てることで「逃げ道を塞ぐ」算段だった。
しかし、ヤムヤムは思いのほか機動力が高く、三人の連携のわずかな乱れを突いて横へすり抜ける。
「速い……!」
昴が舌打ちする間に、後衛が放った技は空を切った。
「どうする、昴」
泉に問われても、答えが出ない。
焦りが判断を鈍らせる。
攻撃は読まれ、避ければ避けるほど、
その焦りを糧にヤムヤムの力は増していく。
「はい、そこまで」
座っていた皐がのんびりとメガホンを手に取った。
「三人で前塞ぐのはいいけど、側面に追い込み役を置かないと、簡単に抜かれちゃうんだよねぇ。ほら、泉はこっちに回って」
皐の指示に従い、泉がポジションを変える。
すると進路を限定されたヤムヤムが一瞬怯み、麗奈のパンチが決まった。
戦局は徐々に傾き、あと一撃で決まる。そう思った瞬間。
逸った昴の足が止まる。ヤムヤムが間合いを詰め、巨大な腕を振りかぶった。避けられない距離だった。
その時、
「ヤムヤムいいの〜?背後、ガラ空きだよ!」
勝ち誇ったような皐の声が飛んだ。
ヤムヤムが条件反射で振り返った先には、誰もいない。
その一瞬を逃さず、麗奈が飛び込み渾身の拳を突き刺した。
轟音。ヤムヤムが崩れ落ちる。
勝敗はあっという間に決まった。
「なーんちゃって」
皐は悪びれもせず笑っていたが、昴の胸の内は不信感でいっぱいだった。
提出した時に間違いがわかっていたなら、なぜ言わなかったのか。分かっていれば、こんなことにはならなかったのに、と。
◇
放課後、部室に入ると、皐だけがいた。
その姿を見た瞬間、昴の中で抑えていた不満が一気にあふれ出した。
「なんで俺たちにヤムヤム丸投げするんですか!?実戦経験なんて全然ないのに、無理に決まってる。学校守る気あるんですか!」
「ピンチになったら助けてるだろ?一応、守れてると思うけど」
皐はいつもの調子で、涼しい顔をして答えた。
「助けてるって……!じゃあ、あんたは何してるんですか!?部長の役目は何なんだよ!」
「全責任を負うのが部長だよ」
その言葉はあまりに淡々としていて、昴の苛立ちをさらに煽った。
皐はふと笑って言った。
「最近さ、三人の雰囲気ちょっと変わったよね。よく雑談してるの、見かけるよ」
「話を逸らさないでください」
「逸らしてない」
肩をすくめた皐の声は軽いのに、どこか鋭さがあった。
「君らってさ、個々の能力が高い。責任感も強いし、弱音も吐かない。それぞれ得意分野が違って優秀だ。いい先輩になれるだろうね」
また話が飛ぶ。
「……それが、どうしたんですか」
「それが短所だ」
皐の表情から笑みが消える。
その一言に、昴の息が詰まった。
皐は棚からコピー用紙を取り出した。
「立入禁止」と大きく書いて廊下に貼り付けると、再び昴の前に戻ってきた。
「今日の作戦さぁ。昴、一人で考えただろ。三人で考えろって言ったのに」
図星だった。昴は黙り込む。
「どうせ俺はろくに見ないし、戦闘にも出ない。だったら何出したって構わないと思ってた?」
思い当たる節がありすぎた。
昨日、昴は自分で案をまとめ、「三人で考えた」と提出した。
泉や千代に意見を聞いても、補足程度の意見しか出ない。結局は昴の意見を優先する。
皐がどうせ見ないと思っていたのも、事実だ。
皐は小さくため息をついた。
「昴は他人に頼れない。泉は意見を主張しない。千代は干渉しない。だから、君らは優秀だけど、表面的なコミュニケーションしかしない」
淡々としていながら、見透かすような口調だった。
「……それでも、丁寧に教えて成功体験を積ませれば、表面的な関係のままでも勝てるようにはなるだろうね」
皐の静かな視線が、昴に向けられた。
「でも、もし今日みたいに判断を一度でも間違えたら——君は一人でどうにかしようとするし、泉と千代は動けないんじゃないの?失敗すれば、昴は一人で抱え込む。見なくても分かる」
昴が拳を握る。
今日の戦闘は、まさにその通りだった。
作戦が失敗した時、二人は動かずに昴の指示を待った。
「ミスしない方法なんてない。一人でできることには限界があるんだ。君らに足りないのは個人の能力じゃなくて、“信頼できる仲間”だよ」
皐の声は穏やかだった。
だが、その一言一言が昴の胸に刺さる。
「連携が取れれば、作戦に穴があっても勝てる。……一人で抱えるから焦るし、敵が強くなる。だから負けるんだ」
皐は窓の外に視線を向けて、静かに続けた。
「俺はね、三人で考えたり、悩んだり頼ったりする訓練をしてほしいんだ。……俺の愚痴でも言いながらさ」
その言葉で昴は気づく。
最近、確かに雑談は増えた。
もともと仲が悪くはないが、皐の言う通り表面的な会話しかしてこなかった。
泉も千代も自分から本音を話さないが、昴が悩みを口にすればちゃんと向き合う。皐への愚痴を泉と千代に話してから、三人での距離が少し縮まったのは事実だった。
「ついでに、三人で考えた作戦で山ほど失敗もしてほしい。その都度みんなで考える癖がつくだろ?その経験は、全部来年役に立つから」
皐は視線を昴に戻し、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「部長になれば失敗は許されない。でも今なら俺が許す。何度失敗してもいいよ。俺と麗奈でなんとかするから。……俺は、そのための部長だよ」
学校を守るのがボウエイジャーなのに、皐が勝つ方法を教えない理由が今まで分からなかった。
その真意は、昴の想像を超えていた。
一人で考えて失敗し、周りを必要とすること。
三人で考えて失敗し、その理由をみんなで考えること。
皐は初めから『失敗』を目的としていた。
『見れば分かる』それが皐の口癖だ。
思い返せば、やる気がないような言動を取りながらも、皐はいつも言葉一つで戦況を変えてきた。
——見ていないような顔をして、この人は見ている。
「……だとしても、武器の使い方くらい教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「うん。だから協会の無料講習、申し込んだでしょ。養成所で習う基礎は三人とも身についてるし、それ以上はプロに教わった方がいい。俺の我流なんかより、ずっと役に立つよ」
皐の軽い調子に、昴は深いため息をついた。
「そういうことを、普段からもう少し口に出してもらっていいですかね。まじで“使えねー部長”だと思ってたんですけど?」
「昴、本音が出てる」
あははと皐は笑った。
「嘘禁止のルールを作ったのは部長なんで。それにどうせ『見れば分かる』んでしょうし」
「まぁね。でも言わないと伝わらないもんだな」
少しだけ真顔になって、皐は続けた。
「俺がリーダーシップ取ってもいいけど、完璧な部長像なんて来年昴の重荷になるだけだと思ったんだよ。俺もしんどいし、お互いメリットがない」
昴は心の中で「なんで俺が来年部長になるって決まってるんだよ」と突っ込みながらも、黙って聞いていた。
「もう少し、昴も楽に生きなよ。泉と千代をちゃんと頼りな。手を抜いたって、一年に丸投げする部長よりはマシだろ」
にっこり笑って、皐は話を締めくくった。




