第22話:【三月】引き継ぐバトン(前編)
「OBの総会日程が決まった。3月16日、空けとけよ」
部室に入るなり、昴は机の上に一枚の用紙を置いた。
先頭には『招待状』の三文字。
「総会……?」
若葉が首をかしげる。
「『E-Guarders』っつー、叡徳防衛部出身の現役ボウエイジャーで作られた組織だ」
「僕らも色々お世話になってるよ。校内全国模試とか現役が動けない行事の時とかに、代わりに守ってくれてる。長期休みの間に、校舎をボランティアで見回ってくれたりね」
泉が昴の説明を受け継いだ。
「すごい!そんな組織があるんですね。かっこいい!!」
六花が感嘆の声を漏らす。
叡徳の防衛部は縦のつながりが強い。
卒業後はOB同士で助け合いながら、個々にボウエイジャーとして活動する人が多い。
「総会ってのは、三年の卒業祝兼E-Guarders加入の歓迎会、それから現役との顔つなぎも兼ねてる。だから毎年学生は全員、無料で招待されるんだ」
興味津々に招待状を手に取った若葉は固まった。
「ホテルのパーティ!?服とかマナーとか全然分かんないんですけど!」
「心配すんな。全員制服で行く。現役だって一目でわかる方が、向こうもやりやすいからな」
落ち着かない様子の若葉に、昴は笑って返す。
「立食なので、かしこまったマナーは必要ありませんよ」
昴と千代の言葉を聞いて、若葉は胸をなで下ろした。
「防衛部出身の先輩たちは、色んな分野で活躍してる。進路の話も相談できると思うよ」
泉が言えば、六花が「すごい!」と手を叩いた。
「来年には俺らもそっち側か」
何気なく言った昴の一言に
「え!?」
若葉が驚いた声をあげた。
「え、じゃねーよ。一年後には卒業だろ。ついでに言えば来月は新入部員決め、あと四ヶ月で俺らは引退だぞ」
「いや、それは分かってたけど……っていうか、来月新入部員決め!?もう一年経つって早すぎませんか!?」
若葉は急に焦りを感じた。
来月には自分たちが先輩になり、七月で昴たちは引退する。
とてもあと四ヶ月で追いつけるとは思えなかった。
昴のように訓練で指導したり、ヤムヤム戦を乗り越える自信も全くない。
「早いよねぇ。もう若葉たちが先輩か」
しんみりした口調で呟くのは泉だ。
「ちなみに、新入部員決めについては新二年に一任されるからね。選び方も誰にするかも、若葉と六花の二人だけで決めるんだ」
新入部員決めについては現部長、副部長に権限はない。
相談すら受け付けないというのが、代々防衛部のスタンスである。
「どんな子が来てくれるか楽しみだね!」
六花はワクワクしているが、若葉はそんな気にはなれなかった。
「そんなに難しいことじゃねーよ。自分たちに必要だと思う奴をいれるだけだ」
「そろそろ選び方を考えておくといいよ」
「俺達が先輩かぁ……。やだ。考えたくない」
来月に迫っているのに、先輩という響きはずっしりとのしかかる重い石のように感じた。
◇
卒業式の余韻がまだ残る午後。
部室の扉が開き、真新しい花飾りを胸に付けた三年生が顔を出した。皐と、麗奈だ。
「邪魔するよー」
「よっ!おっひさーっ」
二人が来た途端、部室は一気ににぎやかな雰囲気に包まれる。
「卒業おめでとうございます」
用意した花束を渡すと、皐が口元を綻ばせた。
「お、グリーンだ!さすが。分かってるねー」
毎年ボウエイジャーカラーの花束を贈呈している。
防衛部では代々部長がレッドを引き継ぐ。
皐も部長になった時にグリーンからレッドに変わったが、
『レッドって柄じゃないし、昴がやればいいのに。俺はグリーンに戻るから』
とよく冗談でこぼしていた。
入部から引退までボウエイイエローだった麗奈には、黄色の花束。
鮮やかな色合いは麗奈の性格にぴったりだった。
「卒業と言っても二人ともE-Guarders入るからさ。今後ともよろしく」
「何か困ったら言ってね〜!」
「わぁ〜!じゃあ総会でまた会えますねっ!」
六花が手を叩いて喜ぶ。
「おー、六花!新歓ぶり!元気だった〜?」
「元気ですよ〜っ!お久しぶりです、麗奈先輩っ」
笑顔でハイタッチする二人を眺めつつ、泉がそっと昴に尋ねた。
「あの二人って接点あったっけ?」
「新歓で一度顔合わせてる」
「その一回だけだよね……」
旧知の中かと疑うくらい、すでに打ち解け、盛り上がっていた。
「千代も混ざって来れば?」
昴の言葉に、千代は静かに首を振った。
「せっかくだし、俺も一年と話そうかな」
皐がにこやかな視線を一年に向ける。
「……変なこと吹き込まないでくださいよ」
昴が嫌そうな顔をするが、「分かってるよ」と涼しい顔で若葉と六花に話しかけた。
「なぁ、昴たちって頼りになるだろ?」
——だからいきなり何を言い出すんだ、あの人は。
「はいっ!!昴先輩は厳しいけど強くて頼りになるし、とにかく全てがすごいんですよー!」
六花が満面の笑顔で答える。
「泉先輩は優しくて、教え方がわかりやすくて、頭もよくて、たくさん褒めてくれるし……」
若葉も真面目な顔で頷く。
「千代先輩は強くてかっこいいのに可愛くて!みんな憧れますっ!」
「頼りになりすぎて、先輩達抜けたらどうなるんだろうってめちゃくちゃ不安です!!」
一気にまくし立てられ、ニ年組は固まった。
「お前らなぁ……」
昴が呆れたように笑い、
「…うん、分かったから」
泉も苦笑する。
「…ありがとうございます」
千代は「可愛い」の一言に耐えきれず、顔を背けて頬を赤らめた。
対照的に、三年コンビは満面の笑みだ。
「先輩たちって、一年のときはどうだったんですか?」
若葉が尋ねる。
「そうだね。今とあんまり変わらないと思うよ。昴は一年の時からほぼ部長ポジションだったし」
皐が軽く答えた。
「えっ?」
若葉が目を丸くした。
「俺の代わりに三人で練習メニューも作戦も考えてくれるし、戦闘も昴が引っ張ってくれるし」
「……それは皐先輩が俺にやれとか三人でやれっつーからでしょうが?」
昴が即座に突っ込む。
「適材適所だよ。俺そういうの苦手だから」
皐はさらりと受け流した。
「その一言で全部済ませてましたよね?」
「まーいいじゃん」
麗奈が昴の肩をポンと叩いた。
「皐はこんなんだし、うちは正面からぶっ飛ばせばいーじゃんって考えだし!昴達は一年なのにいろいろ考えてて、えらいなぁって思ってたよ」
あっけらかんと答える麗奈に昴はもう何も言わなかった。その横顔に浮かんでいるのは諦念だ。
「六花。せっかくだし、先輩達に聞いてみたいことない?」
泉が話を変えた。
「あ、皐先輩ってメガホンだけで倒しちゃうって聞きました!本当ですか!?」
「違う違う。みんなに戦闘任せて、俺は後ろの方で応援してただけ。浄化したことはあるけど……麗奈が殴り倒してる数の方が多いんじゃないかな?」
「殴り倒す……?」
六花がきょとんとする。麗奈は小柄で可憐なお姉さんにしか見えないからだ。
「麗奈先輩の個人武器がボウエイグローブだったんです。ボクシンググローブみたいな形状です」
横から千代が説明した。
「……それで、文字通り殴って倒してました」
「なんかさ〜、ソードってまどろっこしいじゃん?グローブでぶん殴る方が、うちの性分に合ってるんよねー!」
麗奈は豪快に笑った。
「まぁそれも、うち一人じゃ倒してないし!うちは単に奇襲担当ってだけ」
「奇襲で敵の戦意喪失させてましたけどね」
千代がさらりと補足する。
昴も泉も否定しない。つまり事実だ。
「こういう先輩もアリなんだ……」
若葉が衝撃を受けた顔をする。
片や一年に丸投げして、戦闘で後方から応援する。
もう片や作戦にはノータッチでとりあえず正面から突っ込むのみ。
うん、それなら自分にも、できる気がしてくる。
「ありあり。君らも自分達らしくやればいいんじゃない?俺や昴たちにはない武器があるんだからさ。それを大事にすればいいよ」
皐が明るく言った。
「武器、ですか?六花はともかく、俺は……」
若葉が口ごもると、麗奈がすかさず笑った。
「なーに言ってんの。あの号外はあんたらにしかできないって。サイコーだった!カッコよかったよ!」
背中を叩かれて思わずよろめく。
「あ、ごめんっ」
「大丈夫っす!」
背中はじんじんと痛むが、思わず頬が緩んだ。
「じゃ、もらうもんはもらったし、うちらは帰るわ〜」
あまりに急な切り上げに、部屋中が「えっ」と驚いた。
去年はもう少し思い出話に花を咲かせるとか、しんみりしていたはずだ。
卒業生からの一言や、現部長から卒業生へのメッセージとか、感動的な時間があったと記憶している。
「卒業生からのメッセージ的なのはないんですかね?」
昴が半ば呆れて尋ねた。
言いそうな答えは分かっているけれど。
「「ない」」
予想通り、声を揃えて二人はきっぱりと答えた。
「みんないい顔してる。今更俺から言うことなんて何もないよ。じゃあね」
皐は軽く手を振り、
「みんな仲良く楽しくやんな〜!またね!」
麗奈も元気に両手を上げる。
そして、嵐のように去っていった。
部室を出た皐と麗奈の足取りは軽い。
「みんな、いい顔してたね〜。千代を照れさせるとは、なかなかやるねぇ。可愛いかったわー」
麗奈が満面の笑顔を浮かべる。
「そうだね。三人とも、入部面接の時の悲壮感からは想像できない顔してたな」
「あの時はお通夜かって感じだったよねー!」
麗奈がうんうんと頷いた。
「……昴がさぁ」
皐が眼鏡の奥の目を細めて笑う。
「全っ然気負ってないんだもん。泉も千代も、自然体でいい顔してた。……だめ、思い出しただけで泣ける」
「あれ以上あそこにいたらやばかったよねー。一年はキラキラしてるし、二年はみんな雰囲気優しくなってるし。あーもうみんな可愛いな!」
笑っている麗奈も涙目だ。
こんな姿を後輩達には見せる訳にはいかない。
しんみりした空気は自分たちには似合わない。
「卒業おめでとう、麗奈」
前を向いたまま、皐が言う。麗奈は一瞬だけ目を伏せて
「さんきゅー!皐もおめでと!」
前を見つめて笑った。
二人が出て行った後の部室には、まだ嵐の後の余韻だけが残っていた。
「……相変わらずだな、あの二人」
昴が苦笑する。
「久しぶりに聞いたよ。先輩の『俺苦手だから』」
「それで全てを片付けてましたよね…」
三人が頷き合う。
若葉は逆に感心したように言った。
「……ってことは、俺らも優秀な後輩が入ったら丸投げしていいってこと?」
「やめとけ」
昴がすかさず切って捨てた。
「あれはあの人だから許されてんだよ。一見自由人だけど、あの人の丸投げは全部計算だ。……普通の人間にはできねーよ」
そこが、腹立つんだけどな。と苦く笑って付け足した。
「一年の頃の僕らは、無茶振りばかりする無責任な先輩だと思ってたけどね。反発もしたし、昴は殴りこみにも行ったんだよね?」
泉が笑い混じりに呟く。千代も吹き出した。
「……懐かしい」
「皐先輩ってどんな部長だったんですか?」
「一言で言えば、放任主義だったな」
その一言から、自然と昔話へと移っていった。
練習メニューは一年に決めさせる。
訓練中に「好きにやりな」と言って姿を消すのは日常茶飯事。
「武器の使い方を教えて欲しい」と言えば、ボウエイ協会の無料講習会に申し込んで終わり。
ヤムヤム戦では「昴、あとよろしく!」と言うなり、モンスターの死角まで下がって座って見物していた。
あの時は何のための”部長”なのか、分からなかった。




