第21話:バレンタインは甘くない(後編)
今日は2月14日、バレンタインデー。
そして叡徳高校では、毎年この日にモンスターが発生する。
「我が名はバリムッシャ。チョコを寄越せぇ——!!」
腹に大きな口を持つモンスターが、教室に現れた。
机をひっくり返し、カバンを漁り、むしり取ったチョコを片っ端から腹の口へと放り込んでいく。
生徒達は悲鳴をあげて逃げ惑うが、廊下からはヤダモンがぞろぞろと溢れてきた。
「生徒の安全が最優先だ。泉と六花で生徒の避難、千代と若葉はヤダモンを片付けろ。俺がこいつの相手をする」
昴がソードを構える。
そんな昴を横目で見やり、千代が静かに口を開く。
「昴、分かってますね?学校の備品……」
「壊さねーよ。多分な!」
いつもなら外に誘導して戦うが、今回のヤムヤムは教室内のチョコに執着している。まともに戦えば備品は被害必至だ。
下手に動けない。
昴は舌打ちし、ソードを構えたままバリムッシャを見据えた。
やがて避難を終えた泉と六花が戻ると、
「なぜだなぜだ!?」
バリムッシャは教室の真ん中で膝をつき、泣きながらチョコをかき集めていた。
「……何したの?」
泉が怪訝そうに問う。
「何もしてねーよ。勝手に食って、勝手に泣きだしたんだよ」
昴が肩をすくめた。
六花がそっとバリムッシャの前にしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
「食べても食べても満たされぬ……!味が感じられぬ!虚しさだけが募るのだ!」
バリムッシャがあふれ出る涙を拭った。
「他人の本命チョコを横取りしたって、満たされるはずないでしょ」
泉が冷静に告げる。
「そんなことはない!」
バリムッシャは叫び、さらにチョコを腹へ押し込むが、うめき声がさらに教室に響くだけだった。
「勝手に自分のストレスで弱体化してるな。今なら外に連れ出せる」
昴と泉が頷きあった時——
「ちょっとだけ、時間をください!」
六花が突然立ち上がると、教室を飛び出した。
戻ってきた六花は、両手に可愛くラッピングされた箱を抱えていた。
「はいっ!」
「これは……」
バリムッシャが驚いて顔をあげた。
「ほんとは防衛部のみんなのために作ったんだけど、あなたにあげる」
「なぜこれを我に…?」
「食べて欲しいから!」
にっこり笑う六花に、バリムッシャは震える手でそれを受け取った。
包みを開くと中身は自作のチョコレートケーキだった。
グラサージュは少し歪んでいるが、精一杯作った跡が見える。
「あんまり上手じゃないけど、心を込めて作ったよ」
「我のために、手作りチョコを……」
バリムッシャの目から涙がこぼれ落ち、体が光に包まれ始めた。
眩い光に包まれながら、バリムッシャはそれを夢中で腹におさめ、
「グフゥッ!!!」
と叫ぶと消えていった。
「……おい六花、何を盛った?」
昴の探るような視線が、六花へと向けられる。
「えぇ!?レシピ通りですよ!ちょっと焼き時間足して、スパイスを足して、あとデコレーション足りない分は別のアレを……」
「それだろ!」
「え、今のって浄化じゃなかったんですか?」
驚く六花に、泉が困ったように笑った。
「うーん……、浄化は浄化だと思うけど。最後の表情は気になるところだよね……」
浄化にしてはどう見ても苦悶の表情だった気が。
最後の叫びも苦しみに満ちていた気が。
「味見はしたの?」
六花はふるふると首を振った。
「味を見てないから、分かんねーけどな。手料理に慣れてないやつは自己流でアレンジしない方がいい。アレンジするなら味見してから持ってこい」
追及の手を緩めない昴を、泉がそっと制した。
「……あんまり言わなくてもいいんじゃない?せっかく一生懸命作ったんだから」
「もしブルームや業界の奴相手にやったら、誤解されるのは六花だろ」
昴は小さくため息をつく。
「ありがとうございますっ!レシピ通りに作って味見して、明日みんなの分リベンジしますね!」
笑顔で答える六花に、
「ほんっとにお前って折れねぇよな」
昴は呆れと感心が混ざり合った笑みを浮かべた。
千代と若葉が戻ってくる。
「ヤムヤムが六花のチョコ食べて浄化!?六花のチョコ食べたかったー!」
と嘆く若葉には、黙っておいた。
翌日。
「1日遅れのバレンタインですっ」
チョコレートケーキを、六花は満面の笑顔で差し出した。
「今度はちゃんと味見しましたから!あれこれいれずに、レシピ通りに作りました!」
昴も泉も心配そうにケーキを見つめる。
その横で事情を知らない若葉は大喜びし、千代も「はじめてバレンタインをいただきました」と口元を綻ばせた。
切り分けられたケーキを、泉は口に運ぶと
「……美味しい」
驚いたようにそう呟いた。
「ほんとですか?」
「うん、甘さと苦味のバランスがちょうどいい。美味しいよ」
泉が言うと、六花は飛び上がって喜んだ。
「うん、すげーうまい!」
「えへへ〜!ありがとうっ」
盛り上がる中、泉が六花にそっと尋ねた。
「……帰ってから特訓したの?」
六花が目を丸くする。そして、恥ずかしそうに笑った。
「はい。なかなかうまく焼けなくて」
そしてすぐにいつもの笑顔に戻る。
「成功して良かったです!みんなに美味しいって言ってもらえて、すごく嬉しいですっ」
「六花らしいな」
泉が優しく笑った。
「……最近、ずっとね。君のアイドルとしての武器を、ずっと考えてたんだ」
「え?」
「防衛部に誘った時に言っただろ?『アイドルとしてプラスになるなら』って。でも防衛部に入っても、君のアイドルの評価は変わらなかった。何かプラスになるものを、ちゃんと見つけたかったんだ」
「泉先輩……」
六花の個性は、明るさや前向きさ、努力家や優しいところ。
アイドルのみんなに求められるもので、それだけでは埋もれてしまうものだ。
「新しい特技を身につけるんじゃなくて、不器用さを武器にするのはどうかな」
「不器用さ、ですか?」
六花は、決して器用なタイプではない。
訓練でも、初めから上手に出来ることはほとんどない。
だけど、最後には必ず出来るようになる。
上手くいかないことも、諦めずに毎日積み重ねて乗り越える。
「六花の武器は、努力をこつこつ積み重ねる地道さだと思う」
そして、不器用さは器用な人には真似できない。
「挑戦して、失敗しても諦めずに積み重ねる。それって六花にしかできない強みだと思うんだ。例えばさ……『30日で〇〇に挑戦』って企画をSNSで発信するとか。毎日少しずつ成長を見せていくのはどう?」
「いいんじゃねぇか?」
昴がうなずく。
「努力はお前の特技だしな。ただ料理はやめとけよ。食材が無駄になる系は炎上すんぞ」
「書道は好感度につながりそうですね。ファンにお題をもらって挑戦するのも面白そうです」
千代が提案する。
「せっかくボウエイジャーなんだし武道もありじゃね?殺陣とかバク転とか。仕事の幅も広がりそう!」
若葉も加わる。
泉は微笑んで六花を見た。
「六花の明るさや前向きさが、決して表面的じゃないことが伝わると思うんだ。苦手に挑戦して、乗り越える姿は、きっと誰かの励みになる」
「ありがとうございます!わ〜面白そうっ!書道もバク転も全部やりたいですっ」
「ただ、両立は大変だよ」
泉が少しだけ真面目な顔になった。
「だから最初は勉強とか部活とか、身近なことから挑戦するといい。やりながら調整すればいいんじゃないかな」
「アイドル業で忙しくなったら、その分は若葉が穴埋めするんだな」
昴が当然のように告げる。
「俺ですか!?」
若葉が一瞬驚いた声をあげるが、すぐに真顔になった。
「……いや、まぁ、六花の夢は応援したいから、いいですけど。六花の方がすげー頑張ってる訳だし、俺もそのくらいは……」
逃げ癖のある若葉がそんなことを言いだす。
お互いにいい刺激になるようにという人選は間違っていなかったようだ。
泉がそっと笑った。
「頑張れ、六花」
「はいっ!たくさん考えてくれて、ありがとうございます。泉先輩はやっぱり優しいですっ」
六花の言葉に、泉はもう『そんなことない』とは言わなかった。
今まで教室での自分はどこまでが本当か分からなくて、防衛部で見せている弱い部分が素の自分だと思っていた。
だけどあの時六花に「優しくて親切」と言われた時。
”優等生”な自分の中にも、ちゃんと”自分”がいたんだと思えた。
「ありがとう」
嬉しそうな六花に優しく笑い返す。
明るい笑い声が部室に弾けた。




