第20話:【ニ月】バレンタインは甘くない(前編)
二月。
六花がボウエイジャーとして正式に活動をはじめて、もうすぐ半年になる。
放課後の部室で、泉は一人、ノートを開いたまま手を止めていた。
(六花の育て方……これで、本当にいいんだろうか)
実戦訓練は、若葉を昴が、六花を泉が担当している。
素直で努力家な六花は、泉の教えをよく聞き、必死に食らいついてきた。
防衛部員としては、順調に成長している。
でも——。
『アイドルとして、プラスになれるなら!』
防衛部に勧誘した日のことを思い出す。
『無個性アイドルって言われてるんですよー!』
六花は笑ってそう言った。
その声が、今も泉の耳に残っている。
『歌って踊って戦えるアイドルなんて、なかなかいないと思うよ』
そう答えたのは自分だ。
その一言に六花は目を輝かせ、『じゃあやりますっ』と即答した。
(……無責任なこと言っちゃったな)
六花の入部は、防衛部にとっては”大正解”だった。
明るさと前向きさはモンスターに対抗するための武器になる。
人当たりが良くて、誰からも愛される人柄は、外部との交渉役にもちょうど良かった。
だが、それはすべて防衛部側の都合。
現実の『∞Bloom』での六花は、ほとんど役割を得られていない。
ライブの選抜には滅多に選ばれず、全員参加のイベントだけ。
ファンからも「無個性」「可愛いだけで面白みがない」と言われ続けている。
ボウエイジャーとしての経験を積んでも、アイドルで戦闘力を発揮する機会はない。
六花の長所は笑顔と明るさ。ポジティブで頑張り屋なところだ。
でも、それはアイドルなら誰もが求められるものでもある。大人数のグループの中では、差別化できる武器にはならなかった。
加えて六花は不器用で覚えも悪い。
飲み込みが早くセンスもあるメンバーとは、同じ土俵では戦えない。
防衛部にとっては、不人気アイドルでいてくれた方が都合がいい。
表舞台で引っ張りだこになられたら、活動に支障が出るからだ。
(でも……それじゃ、六花があまりにも報われなさすぎる)
泉はノートを閉じ、深く息をついた。
(六花のアイドルとしての“個性”って、一体なんだろう?)
窓の外には冬の夕焼けが広がり、部室の中をオレンジに染めていた。
◇
「もう一度。お互いの動きをよく見て」
「はいっ!」
泉の指示に、六花は大きく声を上げた。
額に汗をにじませながらも、いつものように笑顔を崩さない。
振りかぶる動作も、足の踏み込みも、まだ粗い。
けれど彼女は何度失敗しても立ち止まらない。
「よし、次っ」
「いきますっ!」
小柄な体で全力を尽くし、何度でも挑んでくる。
(ほんと、素直で頑張り屋だよな)
泉は手本を示しながら、内心でそう呟いた。
クラスでの六花の評価を聞いてみた。
「櫻井?めっちゃ元気だよな」
「明るくて優しい子だよ」
「いい子だよねー!」
返ってくるのは、どれも同じような答え。入学当初に聞いた時から変わらない。
”元気・明るい・優しい・いい子。”
防衛部の評価と同じ。そしてアイドルとして、武器にはならないもの。
みんなに愛されているけれど、みんなを仕切る訳ではない。そこにいるだけで雰囲気を明るくする存在。
それが、六花なのかもしれない。
訓練の休憩中。
ベンチに並んで座ると、六花が美味しそうに水を飲み干した。
「六花はすごいよね。いつでも笑顔で前向きで、誰にでも優しい」
泉が何気なく言うと、六花は目を丸くした。
「えええ!?そんな〜嬉しいですっ」
ハイテンションで身を乗り出す。
「泉先輩もじゃないですかっ。いつでも笑顔で、誰にでも優しくて親切で。頭もいいし強いし、すごいですっ」
「いや、そんなことないよ」
泉が笑って首を振ると、六花はますます瞳を輝かせた。
「謙虚なところもすごいです!!泉先輩は何でもできるのに自慢したりしないし、いつも真剣に向き合ってくれるし。ちょっとした疑問とかも丁寧に教えてくれるし、頼りになるし」
あれもこれもと、六花の力説は止まらない。
「……うん、分かったから。僕のことはいいから、その辺で……」
尊敬の眼差しに見つめられ、泉はどうしていいか分からず、思わず視線を逸らす。
「……そんなふうに見えるんだ?」
「はい!すごく尊敬してます!!」
「…………」
泉が沈黙する。
「泉先輩?」
六花が不思議そうに首を傾げた。
「……ごめん、どうしていいか分からなくて……っていうか、そんな風に思われてるっていうのが意外で……」
「え!?」
泉の言葉に六花が驚いた。
優しくて親切でなんでもできる王子様——それが周囲から見た泉の一般的なイメージのはずだからだ。
「え、でもみんなそう言ってますよ!?」
「みんなはね。みんなの前では、そうしてるから」
泉が苦笑した。
「……昔からさ、周りに合わせて生きるのが得意で……ずっと優等生を演じてたんだ。そのうちそれが染み付いちゃって、自分がどこまで本物か分からなくなって……だから、褒められても素直に受け取れないんだよ」
言葉を探しながら、それでも泉は笑った。
「でも、防衛部では素の自分でいるからさ。よく昴や千代ちゃんには怒られるし、頼りなくて弱い自分も全部見せてるから。だから、防衛部にいる僕がそういう風に見られてるのは、ちょっと意外で……でも嬉しい。ありがとう」
六花は頬を緩ませて頷いた。
「六花はさ。どうしていつも前向きでいられるの?頑張っても無駄になったり、悔しさや不安に襲われること……六花にもあるだろ?」
「ありますよ!でも寝ると忘れちゃうんです。単純だから、あんまり深く考えても分からなくなっちゃうし。だから『まぁいっか!』って笑って寝ちゃうのが一番楽なんですよ〜」
あっけらかんと六花は笑った。
「……メンタル強すぎるでしょ」
泉が苦笑する。
六花はぽんと手を打った。
「あと、前に何かで聞いたんですけど——“成功は高くなり、失敗は深くなる”。高さは人に見えるけど、深さはその人と話してみないと分からないって。あたし、この言葉すごく好きなんです」
「深さ?」
「そう考えたら、無駄なことなんてないじゃないですか〜!選抜落ちたらその分頑張るだけだし、むしろ深みが増して味わい深くなるっていうか!」
その無邪気な笑顔に、泉は思わず息をのんだ。
泉が叡徳高校に入学したのは、第一志望に落ちたからだった。
努力が必ず報われることでないことも、周りに手のひらを返されることも知っている。
叡徳に来て防衛部に入れたから、結果としては良かった。
でも、失敗自体は棘となってまだ心の中にいる。
「……六花なら、アンチが来ても浄化しそうだね」
自分が失敗から得られた『成功』だけに目を向けていたことに気づく。
でも六花は、失敗そのものを肯定してる。経験自体が財産だと思ってる。
——だから、折れない。
「まずアンチが来るくらい頑張ります! ウェルカムアンチ!」
「招いてどうするの」
二人で吹き出した。
六花の長所は前向きで、努力家で、優しくて、折れないこと。そして周りを明るくする力。
アイドルとして『普通』のもの。
だけど、それはみんな、アイドルの間だけ装備するものだ。
泉は思った。
「アイドルとしての“普通”」を、素のまま体現できる六花は、——〈天性のアイドル〉なんだと。




