第14話:ヒーローの真実(後編)
昴が立ち去った後、後を追おうとした六花を泉が止めた。
「……今は、そっとしておいた方がいい」
「先輩たちは、このこと……噂が事実だって、知ってたんですか?」
千代は静かに首を振った。
「私たちも噂を聞いたことがあるだけです」
そして、昴が去ったドアの方へと視線を向けた。
「昴とは中学が違いますし、本人が中学時代の話を一切しなかったので。……入学前のことは何も知りません」
「周りは本当に好き勝手噂するからさ。気にしたことなかったんだ。僕も、憶測でよくいろいろ言われるから」
泉が肩をすくめる。
王子様と呼ばれ目立つ泉もまた、事実とは違う憶測が飛びやすい。
「仮にこれがすべて事実だとしても——」
泉が散らばった号外の一枚を拾い上げる。
「昴は理由もなくこんなことはしない。本人が話してくれるのを待とう」
「……そうですね」
六花が心配そうな表情で頷く。
「……でも、俺」
若葉は号外に視線を落とした。
「このままじゃ、悔しいです」
その手が、紙の端をぎゅっと握りしめた。
◇
翌日。
昴が学校に入ると、教室は異様な空気に包まれていた。
「……号外、全部ほんとなんだって」
「そんな人がボウエイジャーでいいの?」
「俺、前から噂聞いたことあったけど……マジだったんだな」
ヒソヒソと声が飛び交う。
昴は何も言わず、無表情で自分の席に腰を下ろす。
その姿に周りは声をひそめる。
真実を知りたくても、誰も話しかけられる雰囲気ではなかった。
昼休み。
昴は教室を抜け出して中庭のベンチに腰掛けていた。
冷たい風が頬を刺す。手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込んだ矢先に、声がかかった。
「インタビューお願いしまーす!」
「あ?」
振り返った昴が睨むと、そこに立っていたのは若葉だった。
「……若葉?何してんだよ」
「俺と六花、今号外出された人にインタビューしてるんです。俺らも“号外”作ろうと思ってて」
「号外?」
昴は呆れたように目を細める。
「付き合ってるってバラされた人には、周りからの祝福メッセージを集めたんです。過去の写真晒されたミスコンの人には、美容とダイエットの秘訣インタビューでしょ。そんで……」
指折り数えていた若葉が、顔をあげてにっと笑った。
「教頭は六花がかけあって、似合うカツラ総選挙やることになりました!」
「……すげぇな」
思わず口の端が緩む。
「このままじゃ悔しいじゃないっすか。噂が止められないなら、もっと幸せな噂で消してやろうって。ゴーガイの被害者全員、俺たちでヒーローにするって決めたんです」
昴は沈黙したまま、若葉を見つめた。
「泉先輩と千代先輩は『待つ』っつってたけど……あと昴先輩だけなんですよ。先輩だけ誤解されたままなんて、嫌です」
「……他の奴らとは内容が違いすぎんだろ。あれが事実なのに、まだ誤解だと信じてんのか?」
若葉は一歩踏み込む。
「信じてますよ。防衛部全員」
昴の目が揺れる。
「話してくださいよ。……あんたが俺に“逃げるな”って教えたんだろ!?」
その言葉に、昴は初めて視線を逸らした。
◇
放課後、屋上。
若葉と六花はフェンスの向こうへ紙の束を投げ放った。
「いっけぇーーー!!」
宙に舞った号外を、生徒達が拾う。
「またアレ降ってきてる!」
「今度は誰だ!?」
紙面に踊る見出しは——
『続・号外!教頭カツラ総選挙!』
「え、昇降口で張り出すって!?」
「マジ!?ノリいいな教頭!」
「投票したい〜!」
「こっちはあの写真のミスコンの子の特集!『美とダイエットの秘訣』だって!」
「私も欲しい!変われる秘訣知りたい!」
交際を暴露されたカップルの元に届いた号外には、祝福の寄せ書き。
「えっ……ちょっと……嬉しいんだけど!」
笑顔が広がる中、生徒達はある記事に目を止めた。
『ボウエイレッドの真実』
——二年前。
上級モンスター〈ハイジーン〉が人々に乗り移り、19名が暴力事件を起こした。
当時はモンスターの仕業と知られず、逮捕・退学・解雇などの処分を受けた。
後にモンスター討伐とともに真相が判明し、救済措置が取られたが、偏見は今も残る。
その中に、赤塚昴の名もあった。
暴行事件により停学、進学予定だった名門・鳳星学園への入学は取り消し。
しかし事件を調査していた現役ボウエイジャーである叡徳高校理事長の勧めで特別に試験を受け、叡徳高校に入学した。
救済措置後、鳳星学園から編入許可書が届いたがこれを辞退。
『二度とモンスターに誰かの人生を奪わせない』
——そのために、ボウエイジャーとして戦い続けている。
「……だから防衛部入ったんだ」
号外にはハイジーンが倒された時の新聞記事と、ボウエイ協会ホームページに掲載されている19名の名簿も添付されていた。
「裏口入学って言われてたけど……鳳星学園って、うちよりずっとレベル高いじゃん」
「やっぱり嘘だったんだな……赤塚って怖そうだけど良い奴だし」
生徒達の声が変わっていく。
「ちょっとちょっとぉ!!」
怒鳴り声とともに、ゴーガイが現れた。
「何してくれてんだ!生徒達のストレスが消えてるじゃねーか!」
「まぁいい。新しい号外を刷ってき——」
「させるかよ」
鋭い声と共に、昴が現れた。
ソードを構え、真っ直ぐにゴーガイへ斬り掛かる。
「若葉!六花!」
「はい!」
二人が協力して、ゴーガイの新たな号外をソードで斬り刻む。号外は小さな紙吹雪となって風に舞った。
「何をする!!」
「よそ見してんじゃねぇよ」
昴のソードに叩きつけられ、ゴーガイが吹っ飛んだ。
「くっ……前回より強くなってる……!?」
「お前が弱くなっただけじゃねーかぁ?」
昴は悪い笑みを浮かべ、容赦なく斬り込む。
「安心しろ。簡単には楽にさせねぇからな」
「ひっ……」
モンスターは他人のストレスを糧に強くなる。
だが逆に、自らの恐怖と焦燥は毒となる。
昴の迫力と、生徒達の明るい空気に押され、ゴーガイは完全に追い詰められていた。
「……私たちの出番はなさそうですね」
千代が呟く。
「昴に任せよっか」
泉もその場に腰を下ろした。完全に傍観の構えだ。
「昴先輩が復活してよかったぁ!」
六花が目を輝かせ、若葉は青ざめた。
「……怒らせるとマジでこえーんだな、部長……」
最後の一撃。
昴のソードが振り下ろされ、ゴーガイは断末魔の叫びをあげて爆発した。
爆炎の中、昴はソードを肩に担ぎ、真っ直ぐに立っていた。
その顔はどこか晴れやかで、吹っ切れたように澄み切っていた。
「……なんか、安心したら急に腹減ってきた」
ほっとしたような表情で、若葉が呟く。
「あたしも〜!」
六花が笑った。
今日一日、防衛部は号外作りに奔走していた。
若葉と六花はインタビュー。
泉は紙面レイアウトをまとめ、教頭のイベントを演劇部に掛け合い、千代はネットニュースやボウエイ協会のサイト、古新聞を調べていた。
昼休みも走り回っていたので、全員昼食を食べ損ねている。
「……帰り、どっか寄るか。奢る」
昴がぼそりと呟いた。
「マジっすか!?」
「やった〜!」
「僕らもいいの?」
「ご馳走様です」
「急いで荷物取ってきますね!」
駆けていく後輩達を見送りながら、昴は小さく笑った。
昇降口には、楽しそうに「教頭カツラ総選挙」のポスターを見上げる生徒達の輪ができている。
叡徳高校に、少し遅い新年の笑顔が戻っていた。




