第12話:クリスマスベル(後編)
「わぁ〜!ベルちゃん、可愛くできたね!」
「うんっ!もっとキラキラつけようよ!」
六花とベルボッチは折り紙で輪飾りを作り、部室の壁をにぎやかに彩っていく。
ツリーの代わりに本棚に電飾をかけて、机を囲んでパーティが始まった。
「トランプもしよっ!」
「じゃんけんで負けた人からね!」
子供の姿になったメンバーが、わいわいとテーブルに集まる。
千代もカードを配ったが、気づけば六花がほとんどの相手をしてくれていた。
(六花さんのおかげでなんとかなってる)
遊び相手は六花が中心になり、ベルボッチがわがままを言えば千代が対応した。
さすがにすべてを六花に任せるのは、申し訳なかったからだ。
「クッキーをあげますから、泣かないでください。みんなで食べましょう?」
「わーい!」
ベルボッチを宥めるたび、千代は心の奥でため息をついた。
クッキーをみんなの席に配り、昴のテーブルの前には赤ちゃんせんべいを置く。
昴はあからさまに不満そうな顔で、千代を睨みつけた。
「年齢相応のものを用意しました。一応、体は乳児でしょう」
チッと舌打ちする乳児がいるかどうかは別として。
「おーあっ」
とコーラに手を伸ばすので、仕方なく紙コップに注いでやる。ストローですすった昴が、顔をしかめて吐き出した。
「……ほら、苦いでしょう?」
こぼしたコーラをタオルで拭きながら千代が言う。
昴は差し出されたりんごジュースの紙パックを素直に受け取ると、長いため息をついた。
やがてトランプで盛り上がりはじめた。
泉がババを引くと、六花とベルボッチが「やったー!」と跳ねる。
若葉は「まけたらバツゲームな!」と宣言しておいて、ベルボッチに何度も負かされていた。
そんな賑やかな時間が続き——。
チャイムが鳴った。
校舎に下校時間を告げるアナウンスが流れる。
「……やっと、終わった」
千代は心底疲れ切った顔で立ち上がった。
「帰る時間ですよ」
しかしベルボッチは駄々をこねる。
「やだやだ、まだ遊ぶ!!」
「でももう遅くなっちゃうよ」
六花も必死に説得するが、ベルボッチは聞かない。
「言うこと聞かないなら……学校をめちゃくちゃにしちゃうよ!?」
「ベルちゃんっ!」
六花が止める。
「ぼくをひとりぼっちにしていいの?かわいそうでしょ?だから遊んでよ!」
その瞬間。
「……いい加減にしなさい」
千代が立ち上がった。
疲労は限界。慣れないパーティで振り回され続け、心は既に飽和していた。
千代の願いは一刻も早く、一人の時間を得ること。
焦がれてやまない一人の時間が——〝かわいそう”?
「あなたは間違っています」
淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で告げる。
「他人に振り回されることなく、自分のために自分の時間を過ごす。それのどこがかわいそうだと?」
「え?」
「クリスマスだからと、企業に踊らされ、人混みに押され、高価な料理を食べる。それが、本当に幸せですか?」
ベルボッチが狼狽える。
そんなベルボッチを真っ直ぐに見据えたまま、再び千代は口を開いた。
「……私は違います。みんながそうしている間に、ゆったりとお風呂に入り、好きな音楽をかけながら、静かに本を読む。誰にも邪魔されることなく、自分のために、自分の好きなものを味わう。それこそが私の幸せです」
静かな気迫に、部室がしんと静まり返る。
「ぼっちとは、自分を大切にすることです」
千代の声に迷いはなかった。
「自分の心の声を聞き、自分の体を労わるために必要な時間。そして自分の労力を自分のためだけに使える時間なのです。それを最高の贅沢と呼ばずして、何と呼ぶのですか」
「ぼっちが最高の贅沢……そんなこと、考えたことなかった」
「そうです。ぼっちは至福。ぼっちこそ至高。あなたはベルボッチの名に誇りを持つべきです。クリスマスのぼっちは——勝者です」
ベルボッチはハッとして、目に涙を浮かべた。
「……ぼく、間違ってた。ぼくは、ぼくをもっと大切にするべきなんだね」
千代は静かに頷いた。
その瞬間、ベルボッチの体が光に包まれる。
「おねえちゃん……ありがとう。メリークリスマス!」
きらめく粒子となって消えた。
◇
「あー、やっと戻れたぜ!」
昴が立ち上がり、大きく腕を伸ばす。
「やっぱり自分の体が一番だね〜」
泉も続いて背筋をぐーっと伸ばし、深呼吸する。
千代はその二人の背中を見つめた。
その瞬間。胸の奥の重石がすっと溶けて、肩の力が抜ける。
呼吸が楽になる感覚で、ふと気づく。
……自分が、安心していることに。
我が道を行く二人の背中を、いつも呆れながら見てきた。
二人の後ろに立つと落ち着くなんて、考えたこともなかった。
思いがけない感覚に、千代は自分でも驚いた。
「……いやぁ〜」
振り返った昴が突然吹き出す。
「千代があんなに喋るとこ、初めて見たわ!ぼっち讃美してヤムヤム浄化って、伝説級だろ」
「よっぽど辛かったんだね……。一人の時間を奪ってばっかりでごめんね?」
泉は困ったように微笑んだ。
「……っ」
千代は思わず顔を覆った。
さっきの自分の言動がまざまざと蘇ってくる。
「すみません。疲れすぎて、途中から自分でも何を言ってるのか……忘れてください」
耳まで赤くなっていく。
「今日はもう……最悪です……」
「なぁ、パーティ仕切り直さねぇか?」
昴が掲げたのは、赤ちゃんせんべい。
「俺もコレじゃ終われねーし」
「賛成。やっぱりクリスマスといえば、チキンとケーキだよね」
泉が頷く。
「俺、買い出し行きます!」
若葉が手を挙げる。
「あたしも手伝うよっ」
「六花はアイドルの仕事はいいの?クリスマスライブとかあるんでしょ?」
泉が尋ねると、
「大丈夫ですよ〜!クリスマスライブの選抜落ちてるんでっ!」
いつもと変わらない笑顔で答える。
「それ、大丈夫じゃねーだろ」
昴が呆れたように突っ込んだ。
「でも!お正月ライブは出ますよー!」
六花は元気いっぱい手をあげた。
和気あいあいとした、いつもの空気が部室に流れる。
「千代ちゃんはどうする?」
「無理にとは言わねぇけど」
二人が同時に千代を見た。
「……参加します」
予想外の言葉に若葉が目を丸くする。
「えっ、いいんですか?無理なら無理って言ってくださいね。あ、もちろんいてくれたら嬉しいですけど!」
慌てて付け足す若葉に、千代は小さく笑った。
「一人はもちろん好きですが……防衛部は、私の一部みたいなものですから」
一人でいる方が楽だった。
けれど防衛部で当たり前の日々を過ごしているうちに、一人でいるのと同じくらい、楽に呼吸ができる場所になっていた。
「……っ」
泉が目を潤ませ、顔を伏せる。
六花が「千代先輩〜っ!」と思い切り飛びつきそうになるのを、若葉が「勢いつけすぎっ」と止める。
昴は何も言わなかった。ただ小さく笑って、千代の頭を軽く小突いた。
「せっかくだし、みんなで買い出し行こっか?」
泉が提案すると、
「さんせ〜いっ!」
若葉と六花が両手をあげた。
「じゃあ行くか」
昴が先頭に立って歩き出す。
「つーか、全員ぼっちかよ。誰か一人くらい予定ねーのか?」
「僕はたとえ恋人ができても仲間を優先するけどね」
「だから泉先輩も独り身なんじゃ……!?」
「あははっ!あたしはみんなでパーティできて嬉しいですよ〜っ」
わいわいと歩き出す仲間たちの背を眺めながら、千代もゆっくりと歩き出す。
その足取りは軽かった。




