第10話:沈黙の答案(後編)
「もうすぐテスト終了時間ですね……」
千代がボウエイウォッチを確認する。
試験終了まで残り10分を切った。
「千代。すぐに教室に行って、泉を連れて来い」
試験時間が終われば泉は動ける。
今から教室に向かったところで、大して時間は変わらない。
だが、試験終了を待つという選択肢は、昴の中にはなかった。
「今、私も同じことを言おうと思っていました。昴、行ってきてください」
そして、それは千代も同じだった。
「……俺はあいつの事情なんて全然知らねーぞ」
「事情を知らないあなたの方が適任です」
昴の視線を受け止め、迷いなく言う。
昴はボウエイウォッチに視線を落とす。
躊躇う時間も理由もない。
「分かった。ここは任せる」
昴は頷くと、教室に向かって走り出した。
そうしている間にも、ヤダモンは次から次へとあふれてくる。
「すみません。若葉さん、六花さん」
「いーですよ。大量のヤダモンと戦うの、だいぶ慣れてきたし!」
ツインブレードでヤダモンを片付けながら、若葉が明るく言う。
「ハンマーの練習にもちょうどいいですっ!それーっ!」
六花も笑ってハンマーを振り回した。
「泉!!」
教室のドアを開けるなり、昴は叫んだ。
異様な光景だった。
苦悩や絶望を滲ませた生徒たちが、黙々とテストに取り組んでいる。
答案用紙を見つめたまま、誰も昴の方を見ない。泉も同じだ。
”答案を埋めるまでは動けない”
そういう技だと、昴は身をもって知っている。
だけど、動けないだけだ。
外部の音は聞こえる。
テスト中、他人の答案を埋める音も、教室の時計の針の音も、ボウエイウォッチの振動音も聞こえていたから。
「いつまでかかってんだよ。ヤダモン地獄が終わらねーだろうが!」
反応のない泉に向かって、昴が叫んだ。
その声は、泉の耳に届いていた。
『完璧じゃないと意味がない』
『100点以外許さない』
繰り返されるその言葉を——
「お前の点数なんて俺達はどうでもいいんだよ!みんなお前を待ってるんだ。さっさと来やがれ!」
昴の声がかき消した。
「……っ」
言われてみたかった言葉がある。
何点でもいいと。
点数なんて関係なく、ただ必要とされたかった。
答案用紙を埋めていく。
合っている自信はひとつもない。間違っているイメージだけが浮かび続ける。
0点の答案用紙かもしれない。
声は今も響くし、鉛筆を持つ手も震えた。
それでも……
みんなが待ってる。
鉛筆を叩きつけるように置き、泉は立ち上がった。
テスト終了のチャイムが鳴った。
チャイムと同時に姿を現したレッドスコアは、答案用紙を束ねたような赤黒い装甲をまとい、ペンを槍のように構えていた。
「……来ましたね」
千代がスナイパーを構える。
「皆さん、テストはよくできましたか?」
高笑いしながらレッドスコアが言った。
「さっきの攻撃なんだよ!?学校全体を支配する力があるってのか?」
若葉がツインブレードを握りしめた。
「フフフ!ワタシが術をかけたのは鉛筆一本ですよ!?それを握れば、幻覚や幻聴に襲われて、テストが終わるまで動けなくなる。ただそれだけのことです」
レッドスコアが両手を広げた。
「さぁ!!これまでの努力や才能が、鉛筆一本で台無しにされたキモチを教えてくれますか〜!?」
吠える声と同時に、白紙の用紙が紙吹雪のように舞い散り、防衛部に襲いかかった。
「くっ!」
若葉がツインブレードを振るい、千代が狙撃で迎撃する。しかし紙は触れるだけで攻撃を“白紙”に変え、威力を無効化してしまう。
「……全部、帳消しにされる。厄介ですね」
千代の冷静な声にも焦りが滲んだ。
「このままじゃ、全然当たらない……っ!」
六花がハンマーを振り回すが、紙に覆われ重さを失い、床を叩く音すら消えてしまう。
こちらからの攻撃は無効。
レッドスコアからの一撃一撃は重く、かすっただけで爆風が起きた。
ソードで受け止めきれず、若葉の体が弾き飛ばされる。
強い——。
学校中のストレスを浴び続けて成長したレッドスコアは、今までの敵の比ではなかった。
思わず冷や汗が若葉の背中を伝う。ツインブレードを構え直し、再びレッドスコアに突っ込む。
その時。
「若葉!!焦るなっつってんだろ!」
後ろから怒号が響いた。
「部長!」
その声を聞いた瞬間、若葉の肩から力が抜けた。
(部長が戻ってきた)
それだけで、不思議なくらい呼吸が楽になる。
「敵にストレス供給してんじゃねーよ。メニュー倍にしてやろうか!?」
昴の言葉に思わず姿勢を正した。
レッドスコアより部長の方が怖い。
そう思うと、さっきまで背中を伝っていた冷や汗も、レッドスコアへの恐怖も遠のいていく。
そして、六花に向けて飛来した無数の答案用紙の紙束を、鮮やかな盾さばきで弾き飛ばす影があった。
「泉先輩!」
六花の声が弾む。
「お待たせ」
ブルーのスーツに身を包んだ泉が立っていた。
◇
校舎全体が重苦しい空気に包まれていた。
テスト中の焦りと絶望。
そして心を削る声と幻覚の記憶。
採点への不安、努力が無駄に終わったことの失望。
それらはテストが終わり鉛筆を手放した今もなお生徒を苦しめた。
それらの全てがヤムヤムの力となり、レッドスコアの力は増幅していく。
「やべぇ……全然効いてねえ!」
若葉が息を切らしながら距離を取る。
攻撃が全く通じない、そんな経験は初めてだった。
「生徒を落ち着かせる暇もありません。このままだと、ますます手がつけられなくなります」
千代が苦い声で叫ぶ。
「個々で攻撃しても、無駄みたいだね」
泉がソードを構え直し、レッドスコアを睨み据えた。
「なら、連携技しかねぇな。五閃斬でいく。全員ソードに変えろ」
昴の声が、鋭く場を貫いた。
「五閃斬?」
「ボウエイジャーの必殺技の一つだよ。五人連続で斬り掛かり、全員で斬撃を繋ぐんだ」
「発動すれば高ダメージが与えられますが、タイミングや太刀筋にズレがあれば発動しません。難易度の高い技です。練習なしで成功させるのは……」
泉と千代の説明する声は固かった。
「一閃は六花。ヤムヤムの胸元、エンブレムを垂直に斬り込め。何も考えずに思いっきり行け」
「はい!」
「二閃は千代、三閃は俺が行く。若葉は四閃だ。千代と俺をよく見て、動きとタイミングを覚えろ。真横に切り払え」
「っ了解!」
「最後は泉だ。いけるな?」
「もちろん」
息を飲み、泉は頷いた。
「隙は俺が作る。全員呼吸を合わせろ!」
昴のソードが閃き、ヤムヤムの注意を引きつける。白刃がぶつかる火花を、昴が力づくで跳ね返す。
「六花!!」
「はいっ!」
六花が一閃を叩き込む。
すかさず千代が二閃を重ね、昴が三閃を繋ぐ。若葉が四閃目——
刹那、ヤムヤムの反撃が炸裂し、五閃斬は途切れた。
「もう一度だ」
再び挑む。だがニ度目も、三度目も、失敗。
たとえ五閃を斬り込んでも攻撃の軌道とタイミングが揃わず、発動しない。
あるいはヤムヤムの猛攻に阻まれる。
五度目の攻撃が失敗に終わり、絶望的な空気がボウエイジャー達に流れ始めた。
「はぁ…はぁ……っ」
仲間達の息は荒く、汗が雫となって落ちる。
泉の拳は震えていた。
(僕がレッドスコアが成長する前に、駆けつけてさえいれば…)
「……諦めんな。失敗して当然なんだよ」
荒い呼吸の中、昴が言い切った。
「そもそも一度や二度で成功する技じゃねーよ。まぁあと、20回くらいやれば1回くらいまぐれで成功するだろ」
「に、20回!?そんな無茶な!!」
「じゃあ5回だ。たった5回ならやれるよな?」
たった5回。
それは失敗した回数と同じだった。
絶望的な気持ちにさせられた数が、なんでもないことのように思えてくる。
「若葉、六花」
「はい!」
「この一ヶ月、お前らには連携を叩き込んできた。五閃斬は初でも、連携の基礎は身についてる。お前らならできる」
昴の声は落ち着いていた。若葉と六花の瞳に光が戻る。
「何度失敗してもいい。あいつを練習台にした訓練だと思え。一度でも決まれば俺達の勝ちだ」
その言葉が、泉の胸に深く突き刺さった。
何度だって失敗してもいい。
……失敗を積み重ねた先に、勝利はある。
再び挑む六度目の挑戦。
だが四閃目の若葉が狙われた。
攻撃が当たる瞬間、昴が庇って吹き飛ばされた。
「昴!!!」
「部長!!」
地面に転がる昴を見て、レッドスコアは勝ち誇ったように笑う。
「やれやれ。同じパターンばかりな上に、肝心のボウエイレッドがこれでは……。ボウエイジャーは弱いですねぇ。エンブレムを狙う。それしか知らないのですから!」
仲間達が駆け寄る中、昴は笑う。
「……やっと、侮ってくれたな」
そして、集まった仲間に小声で何かを囁いた。
よろめきながら立ち上がり、昴は再びソードを構えた。
「何度やっても同じこと!学習しない愚か者たちですね!!」
昴の正面からの攻撃に、レッドスコアが切り結ぶ。
足元が覚束ず、今にも倒れそうな昴に勝ち誇った笑みを向ける。
「そんな情けない有り様でワタシの隙が作れるとでも?満足に戦うことすらできないではないですか!!」
その背後を——六花の斬撃が襲った。
「後ろから!?」
レッドスコアが驚愕して振り返る。
これまでの戦いで、敵は『ボウエイレッドが隙を作って、正面からエンブレムを狙う』と刷り込まれていた。
ボウエイレッドはもう使い物にならない。ボウエイジャーは背後から攻めてはこない。
その慢心が隙を生んだ。
千代が滑り込み、冷静な足さばきから正確な一撃を刻む。
その間に昴が身を翻し、痛烈な三閃目を叩き込んだ。
「いっけぇぇー!」
若葉がソードを振り抜いた。四つの斬撃が重なり爆光が弾けた。
レッドスコアの体が悲鳴を上げるように軋む。
その隙を逃さず——
「決めろ、泉!!」
昴が声を張り上げる。
泉が静かに息を吸い込み、青いソードを高々と振りかざした。
「——五閃斬!!」
蒼い閃光が一直線に走り、五つの斬撃が重なり合う。
次の瞬間、巨大な十字の光となってレッドスコアを貫いた。
「ぎゃああああああっ!!!」
悲鳴とともにレッドスコアは爆散した。
……はぁ、はぁ……!
全員がその場に座り込み、肩で息をしていた。
「強かったですね」
「あぁ」
千代の言葉に、昴も素直に頷く。
足を投げ出して荒い呼吸を整える昴の姿を見るのは、若葉達には初めてのことだった。
昴は余裕な態度だったが、本当はギリギリの戦いだったんじゃないか。そんな思いが胸をよぎる。
「……謝るなよ?」
昴が泉を見上げて言った。
「待つと決めたのは俺だ。その判断が間違いだとも思ってない。五閃斬も習得できたしな」
剣を下ろした泉は、小さく頷く。
「……技を決められたのは、みんなのおかげだ。繋いでくれてありがとう」
仲間の視線が自然と集まり、笑顔が広がる。
こうして、強敵レッドスコアとの戦いは幕を下ろした。
モンスターに妨害された試験はやり直しとなり、後日全員が再試験を受けることとなった。
泉の結果は、98点。
最後に迷って書き換えた選択問題で落とした。
(まぁ、いっか)
泉は笑って、答案用紙を机にしまう。
声はもう、聞こえてこなかった。




