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第98話 重ねられた歴史のページの一枚の意味

「手紙が2通届きました。」


 リアナの謁見から2日経った。

あの嵐のような一日が嘘のように、館には穏やかな時間が流れている。


その間は特に大きな動きはない。

アーシェスタス家の面々はメイキドルアが内戦状態のため、収束するまで動けない。

リアナもまた、アリヴィエ政府との正式な会談を控えているため、こちらから動くことはできない。


互いに思い思いの日々を過ごしていた。

とはいえ、もはやわだかまりのない関係にはなった。


アルフリーダさんもすっかり王としてではなくリヴェリナの貴族として気楽にしているリアナとは打ち解けている。

なんなら、女性陣3人でネーベルさんの研究室の治験レポートを読みこんで、自分たちのところでも安定して整腸作用のあるクラリエラを栽培するためにはというテーマで意見を交わしている。


クラリエラはリヴェリナの植物だから、リアナの近衛騎士たちを呼んで地元の気候や風土の雰囲気を聞き取りした結果から、適切な環境を予測しているらしい。

アルフリーダさんもリアナも、積極的に意見を交わしている姿が見られると聞いていた。


ちょっとだけエフィが複雑そうな表情を見せたものの、随分とリラックスした様子のリアナを見て、諦めたようだ。

つまり、もう張りつめた空気とはほぼ無縁の状態にまで回復した、平穏な毎日。


 もちろん、その場にカドヴィくんは存在しないが。

彼もまた禁錮(きんこ)状態からは解放されている身だが、僕らやリヴェリナ関係者の前には極力出ないようにしていた。


彼のことはシルバナくんに一任している。

毎日どんな様子なのかは聞いている。


朝晩は剣を振り、3食食べ、昼間はずっと本を読みこんでいるそうだ。

読むペースはシルバナくんから見ればゆっくりと苦戦しながらだそうだが、何か遅れを取り返すようにかじりつくように読んでいるらしい。


午後にはエーリスも合流して、本の読み方を習っているそうだ。

エーリスは同じ本は最低でも2度、好きな本はそらんじられるくらいに読んでもいいなどと、先生さながらに学び方を説いているらしい。


筋肉質で大柄なカドヴィくんが、小さなエーリス相手に真剣な顔で教えを受けている光景は、傍からみるとあまりに微笑ましすぎてずっと見ていたくなってしまいますねなどと、シルバナくんが目尻を下げながら報告してくれた。


 僕はいいことだなと思った。

エーリスとしても随分急ぎ足でいろんなことを学ぼうと焦り始めた矢先に、後ろに教えられる存在ができたことになる。

そういう存在がでてきたことで、焦って次々学ぶ前に基本に立ち返る時間ができたのだから。


この、教導するという経験は思いのほか教える方に益があるものだ。

他者にこうするべきですよと教えることで、自分がそうできていなかったことに気づくことや、言語化することで理解が深まったりするものだ。


エーリスはミリアルデ家最年少だから、後ろから学ぶものが追いかけてくるということに対して経験がなかった。

彼女にとっても良い学びの時間が得られてよいかもしれないね。


「とはいえ、エーリスに対して好意のひとつでも抱きそうものなら、二度とミリアルデ家の敷居を跨がせませんが。」


「年齢差考えなさいって。」


「40過ぎの侯爵に14の伯爵の娘を嫁がせるようなことがざらにある貴族ですよ?」


「時代錯誤だって。」


 少しシルバナくんの過保護が過ぎるのは否めないけれど。

エーリスもカドヴィくんに対しては何にも感じることはないらしく、ただ勉強しないといけないと僕が言っていたから協力してあげているだけという意識だ。


カドヴィくんにいたってはそもそもそれどころじゃないという雰囲気だって自分で言っていたのに。


 というわけで、そんないつものように報告を聞いていた時、最後に切り出されたのが、冒頭の言葉だった。


「中身は?」


「これからです。

というか、多分1通は私が開けてはいけませんから。」


「ふうん?見ても?」


「どうぞ。そのつもりでしたから。」


 僕は許可をもらったので封筒を手に取った。

宛名の筆跡は片方は達筆で、もう一方は流麗(りゅうれい)な書き筋だ。


前述の達筆の手紙のほうは少し土の汚れがある。

対して後者はかなり紙質がよく、色合いも綺麗で軽く香水の香りもする。


なるほどね。


「今開けられるのはこっちってことだ。

で、こっちをリアナ……じゃなくてレッドフォルテ伯に渡せばいいね?」


 僕はそう言って綺麗な方の封筒は懐へしまって、汚れがあるほうの封筒をシルバナくんに返した。

シルバナくんはこくりと頷き、封筒を受け取る。


「ルチャ、手紙をあけてくれ。」


「かしこまりました。旦那様。」


 ルチャと呼ばれた初老の男性は手紙を恭しく受け取ると、「失礼いたします」と一礼し、少し離れた場所へ移動した。

そして、レターナイフを火で軽くあぶって封を切る。


その後、紙面を検めないよう細心の注意を払いながら、指先で紙の厚みを確かめ、鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、光に透かして異物がないかを確認する。


へえ、昔ながらの代理開封だ。

しっかりしているね。


僕が感心しながらその様子を見ていると、シルバナくんが肩をすくめた。


「ルチャは長年我が家に仕えていますが、形式とマナーの学びはリヴェリナで修めています。

このお作法についてはもう不要だと私は思うんですけれどね。」


「すべては万が一のためです、旦那様。」


 ルチャさんは淡々と告げる。


「術式が刻まれるような仕掛けはありませんでした。

仕込み針もございません。」


「そういうのはもう恥とする文化だろう?」


 シルバナくんが呆れたように言う。

が、ルチャさんは首を振る。


「そこを逆手にとるものは、そういった思い込みを突くものです。」


「アルトゥス様はどう思います?」


「彼の言う通りだね。」


「そういうと思いました。」


 シルバナくんは苦笑しながら、検(あらた)められた手紙を受け取った。


僕は、こういった手紙の罠が横行した時代を知っている。

そして、それが恥とされる文化へ変わっていく過程も見てきた。


だからこそ思う。

これを恥とする文化は、平和の証でもある。


だが、恥を逆手に取る者が現れた瞬間に崩れる脆さもある。

いつかまた、不文律(ふぶんりつ)を破る合理的な野心を抱く国が現れないとも限らない。


もちろん、そんなことで誰かが死ぬ世界には戻ってほしくない。

だからこそ、この形式は残るべきだと思う。


同時に、これもまた人柱をたてての安全確認だから、そういうことすら必要のない対策が生まれた未来というのも見てみたくはあるけどね。


 シルバナくんは若干緊張気味で手紙を読み始めたものの、段々と表情の堅さが取れていく。

顔を上げたときには、すっかり穏やかな顔になっていた。


「……ドゴメスを捕らえたそうです。

これで、メイキドルアの内乱は終わるでしょう。」


 それでも、少しだけ悲しそうな声を出してしまうのは若さゆえか。

戦争というものの向き合い方が未熟なせいか。


どうするのが正解だと思えばいいのかわからないといったような声だった。


「ドゴメスに思うことがあるの?」


「……歴史を学ぶと、全く思うところがないとはいいきれません。」


 隣領とはいえ、帝国が侵攻してきた記録のあるメイキドルアの動乱は、アリヴィエにとっても重要な出来事だ。

シルバナくんとしてもそういった経緯を知っているからこそ、メイキドルアの名をもつドゴメスが反旗を翻し、そして鎮圧されたということには感じ入ることがあったようだ。


「……ただ。」


 そういいながら、シルバナくんは手紙のある部分だけを何度も指を往復させながら苦笑いする。


「父が何事もなく帰ってくることに、勝るものはありませんね。

……薄情ですが、僕にとっては援軍に向かった父が元気に帰ってくること以上に、彼に想いを深くすることはできません。」


 あまりに正直な言葉に、僕は思わず笑ってしまった。


「ん、いいと思うよ。

アリヴィエの歴史だの、事件だの。

当事者以外はそんなものでいいんだ。」


「父が援軍に言った以上、ミリアルデ家も当事者のひとりですよ。」


「シルバナくんはここにいるだろう?」


「それはそうですが。」


「家の名前を背負っている以上という気持ちも分かるけれど、父から託される前に重荷を背負いに行って自分の行動できる範囲を狭める必要はない。」


 僕はゆっくりと言葉を選んだ。


「今はただ、家族の無事を喜んでいい。

それで十分じゃないかな。」


 シルバナくんは、少しだけ照れたように笑った。


「金言として受け取っておきます。」


「金は溜め込むものじゃないよ。」


「では、せめて心の玄関にでも飾っておきましょう。

もし責任の重さに負けそうになったら、見直して気を楽にしたいと思います。」


「もう、強情だね。

まあ、いいさ。君がそう選ぶならね。」


 ミリアルデ家の跡取りとしては、アリヴィエの歴史においての「敗者」たるドゴメスの存在は、避けて通れない教訓だ。

彼が何故反旗をという部分を突き詰めたときに「過去」の人間の善意が浮かび上がってしまう。


良かれと思って与えた情けが、過去にとっては救いだったかもしれない。


だが、その情けがいつかという未来に繋がり……

今日であるこの瞬間まで続く内乱を生んでしまった。


その構図を理解してしまうからこそ、シルバナくんは胸の奥に複雑な感情を抱えていた。


 (遺児からメイキドルアの名を奪っておけばよいものを……)


 グスマン議員の声を思い出す。


 (過ぎたことをいうな、グスマン)


 それに対するグランバル氏の返答がこれだ。

過去そうだったということは学びになるが、責める理由にはならない。


シルバナくんは、いつかの未来でミリアルデがそういった選択を迫られることを、どこか覚悟したいのかもしれない。


彼は優しいからね。

どちらかといえば、過去のアーシェスタスの人々と同じように、許すという優しさを選ぶほうが自分との折り合いも付けやすいだろう。


 ただ、それはいつかの未来にどうなるかわからないものを託すことでもある。

託されたものが、過ぎたことをと言って許してくれるかもしれない。


でも、そんなことが起きないように根を断つのもまた優しさなのかもしれない。


ここの正解はわからない。

予防とは、備えることになるから、何もなければその時の為政者の判断がやりすぎだと批判されるかもしれないからだ。


正しさを証明するのが、実際に事が起こるまでわからないのに、備えたことで何も起きないようになったら人々はそれを忘れて酷い人だと指を指し始める。


ままならないね。


「父の話によると、別にアルフリーダ様宛にグランバル様から連絡をしているそうです。

なので、父はアーシェスタスから派遣されるご家族をお迎えする一団と共に、帰還することになりますね。」


 シルバナくんは手紙を丁寧に折り、ルチャさんへ渡す。

その際、小声で何かを伝えた。


おそらく、ネーベルさんへの私信が混ざっていたのだろう。

トルマド殿も、息子が読むと分かっている手紙に夫婦の睦言を混ぜないようにすべきだと思うのだが……。


まあ、あの人らしいと言えばらしさがあるね。


「父にも困ったものです。

夫婦の私情が入った手紙も、公的な連絡も、僕が読んで構わないなんて言うんですよ。」


「隠し事はなく、やましいこともないってことだろうね。」


「仲が良くてよいことだとは思います。

……いつか、僕もそんな伴侶を迎えられればいいのですが。」


「あれ?そういえばシルバナくんは婚約者とかはいないの?」


「……一応、名目としてはいますよ。」


 まあ、年頃の領家の跡取りだもんな。

縁談がないわけがない。


「学士の資格を取るまで、ミリアルデ家の敷居は跨げないということで、もう少し待ってくださいと言われております。」


「……ネーベルさんがいるから?」


「見劣りするなどと陰口をたたかれるわけには参りませんと。」


 本当に、結婚話ひとつとっても大変だね。

領家の跡取りとの婚約者っていうのは。


ミリアルデ家は、ヴァルエルナ領域というリヴェリナとの関係が深い、重要な位置にある領家だ。


ネーベルさんは、そんな家に嫁いできた才女で、自身の研究棟や商売を広げたりしている。

シルバナくんは、跡取りとしての器を着実に示しているし、経営に対する才気の片鱗も現れている。


そんな家に嫁ぐとなれば、先代配偶者であるネーベルさんと比較されることは必至だ。

見劣りするなどと言われることは、婚約者にとって最大の屈辱となるし、何よりシルバナくんの格にも影響してしまう。


「好きだけじゃダメなんだねぇ。」


「ままならないものです。」


「……好きだということを否定はしないんだね。」


「……僕のために学士の資格を取りますので、待っていてくださいなんていう子ですよ?」


 そういって頬を赤らめるシルバナくん。

どうやらまんざらでもないし、一応名目なんて言っていたけれど、本当はそうなればいいなと彼自身が思っているのだろう。


「若いっていいねぇ。」


「それは老人のセリフですよ、アルトゥス様。」


 僕は十分老人だと思うんだけどなぁ。

見た目だけが若いと、こういう時に困っちゃうよね。

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