第99話 リアナの照れ隠し
「ふむ。アリヴィエ政府関係者は、明日には到着のようだ。」
ぺらりと手紙をめくり、リアナはため息をひとつ着いた。
「エフィ、本国へ連絡だ。明後日にはここを発つ。準備を始めろ。」
「御意に。」
エフィは頷いて、騎士に指示を与える。
廊下の外の雰囲気が一気に騒がしくなった。
「急な話だね。」
急とは言ったものの、理由は察して余りあるんだけどね。
エフィもリアナの命令に対して表情一つ変えずに指示を始めたしね。
「私も王ということだ。
あまり長く国を空けているのは良いことではない。」
まあ、そういうことだ。
そもそも今回リアナは急に出てきたんだ。
リヴェリナの行政はそのものは王が不在でもそれなりに動いているだろうけれど、やはり王座が空いている日が続くのは良いことではない。
リアナの決裁が必要なことも積みあがっていることだろう。
「持ち帰るべき成果もある程度見繕ったし、アリヴィエ内の騒ぎについてリヴェリナは静観すると恩を売りつける姿勢を見せれば、今回の遠征の正当性も十分担保できるだろう。
本国の口煩い爺さん共にも釘をさせるいいものが手に入ったしな?」
そういってひらひらと見せびらかすのは、もちろんルミエラとクラリエラのレポートだ。
元々リヴェリナ産の植物だ。
リアナとはこういったものの有用さを見逃していたのはどういう事だ?
仕事をちゃんとしてるのか?
と詰める材料になるだろう。
「そのジイさんの1人に僕も含まれるっていいたいの?」
まあ、僕が国外に持ち出したともいえるので、自嘲も含めてそう聞いておく。
リアナは意地悪ねといわんばかりに肩をすくめた。
「そんなこというわけないでしょ。
……でもまあ、あなたに会いに来たってだけの理由以外に、あなた自身にも釘をさせたのはよかったかな。」
そう言ってリアナはにやりと笑いかけてくる。
ああもう、わかってるってば。
「今後はちゃんと独断だけで動かず、相談するって。」
「あら、私はそっちのことだけを釘指すわけではないわ。」
そういってリアナが僕のほうに身を乗り出す。
なんか嫌な予感がしてきた。
「久しぶりに会えて、どうだった?」
きました。絶対に間違えてはいけないが、答えが決まった質問が。
「元気そうでよかった。」
「最低。5点。」
ぶすっと頬を膨らまし、エフィがこれ見よがしとばかりにため息をつく。
分かっているよ!
様式美ってやつだよ!
「……嬉しかったよ。
季節が回る前にリアナの顔を見ることができたし。
手紙じゃわからないことだってあるけれど、王としての振る舞いや雰囲気の成長も見えたしね。」
「……本当に?」
「流石にそこは嘘はつかないし、嘘をつく理由はない。」
「……それを最初に言えたら、もうちょっとマシなんだけどなぁ。」
やれやれと肩をすくめながら、呆れたように呟く。
「点数は?」
「30点。私相手になるとすーぐ予防線ばかり張ろうとして。
もうちょっと女心を考えた回答をしてほしいかな。」
「じゃあ、僕としては80点くらいの答えになっているかな。」
「……減点してやろうかしら。」
「口に出した点数の基準を後から変えるのはルール違反にならない?」
「ルールを変えられるのが王様よ。」
「人、それを暴君と呼ぶのだよ。」
「時代と事態に適切なルールの改定ができることこそ、名君の証拠よ。」
ああいえばこういう。
そのひとつひとつの受け答えに感情を込めながらも、自身の理屈を織り交ぜて、ユーモラスに返事する。
減点したいと言いながら、もっと適切な言葉を求めていると言いながら、リアナは明らかにこのやり取りそのものを楽しんでいる。
そこに込められた想いや感情に、僕は応えられているのかどうか。
それはちょっとよくわからない。
というよりも、わからないようにずっと誤魔化している。
多分、そこに答えてしまうことに対して何かがあるわけじゃない。
ただ、生まれる責任の大きさというものは理解している。
その責任から逃げたいのかな。
僕としても自分の本当の気持ちはわからない。
というより、理解してしまうことはできる。
それでも、答えないようにしているのは、リアナとしても本気でそれを求めているわけじゃないからなんだと思う。
彼女が求めているのは、正解の言葉ではなく、今このやり取りの楽しさなんだろう。
そう思う。
いや、思いたいだけなのかな。
「答えて欲しいわけじゃない。」
リアナの言葉に、胸の奥がぎくりと跳ねた。
「でも、ごまかし続けるのはそのうちやめようかなとは思ってるわ。」
「……そのうちって?」
「いずれ王座に相応しい血筋のものが大人になるわ。」
「——陛下。」
さすがにエフィがその言葉は見過ごせないといわんばかりに口を挟む。
その声には、抑えきれない焦りが滲んでいた。
「ごめんなさい、エフィ。」
が、リアナはそれを謝罪することで止める。
エフィもまた、何かを堪えるかのように頭だけを下げた。
「そのために投げ出さないわ。大丈夫、そこは信じて。」
ぽんとエフィの肩を叩きながら、リアナはそういった。
エフィは、その手を少しだけ悲しそうに見る。
「私はいつかの話をする。でも、今じゃないし、近い将来ではないわ。」
リアナはくるりと今度は僕に振り返りながら、言葉を繋げていく。
「それでもね。いつかはきっとくるし、その時にやりたいこともある。」
それは、自分に言い聞かせているようにも、僕とエフィに聞いて欲しいと願っているようにも見える。
「そのために最善を尽くすし、今を見捨てもしないわ。
これはただの願い。
今からいうのはただそんな夢を追っている一人の女が無邪気に願う夢でしかないと適当に聞いてちょうだい。」
夢と言いながら、夢のままにするつもりがない。
リアナの瞳は確かに捉えていた。
未来への道の先を。
いつかはそうなれるように、必ず形を作っていくと宣言するように。
「ただのリアナになるのが私の夢よ。」
その表情はどこか愁いを感じる。
それでいて、口元は微笑んでいた。
途方もなく遠いのに、それでも見えていることに希望を失っていない。
「だから、その旅路を応援してね。アル。」
旅人だからこそ、と付け加えながらリアナはそういった。
「わかった。何をして欲しい?」
だから、僕は素直にそう応える。
その願いに責任をもつことはやぶさかではない。
「——久しぶりに会えて、どう思った?」
同じ問いが、意味を変えずに差し出された。
繰り返される問いの意味。
それは、本当の言葉を返してほしいからこそ、もう一度落ちてくるものだ。
「嬉しかったよ。
リアナ、変わらぬ君がそこにいて、本当によかった。
あの時、僕が感じたのは呆れと、安心と、愛しさだ。
なんだか、おかえりって言いたくなった。」
それはちゃんと受け取らないといけないよね。
今度は茶化さずに、ごまかさずに、本当に思ったことだけを差し出す。
リアナは、その答えに満足そうに頷いた。
「私も、そういうものを感じたいから、ちゃんと欠かさず帰ってきて。
私があなたの隣に居場所を感じるように、あなたも私の隣が帰ってくる場所だと信じたいから。」
そういって、リアナはポンと僕の胸に飛び込んできた。
僕はちらりとエフィを見る。
彼女は、また呆れた顔で僕を見ている。なんでこういう時にこっちを気にするんだと非難するように。
……確かにその通りだな。
だから、僕はそっとリアナを抱擁する。
覚悟はまあ、そのうち。
いまは、リアナの旅路を応援しよう。
王道という、ちょっと変わった道だけど。
少なくとも、彼女が歩きやすいように。
その道の石ころくらいは、僕がどけてやろうと思う。
***
「……ねえ、アル。」
ひと段落ついたはずだった。少し顔を赤らめたリアナは、居住まいを正してから、手紙を読み返していたときだった。
上機嫌だった彼女の表情が、じわじわと不機嫌に変わっていく。
やばい。
リアナが、ねえ、と声をかけるときは大体よくないことがあるときだ。
「……どっちのテンションで聞いてるの?」
「素のほう。」
考えられる限りもっとも面倒なテンションで聞いているということがわかってしまった。
僕は内心めんどくさくなりながらもリアナの次の言葉を待つ。
「あなた、この手紙書いた女性とどんな関係なの?」
「まって。
どこでそう読み取ったの?
おかしくない?
それリアナ宛だろ?」
うん、まさかの始まりに頭を抱えた。
あまりにも唐突で訳が分からない切り出し。
流石に意味がわからなすぎて意図を確認するために質問を重ねる。
ただ、その言い分がなぜかリアナの機嫌をより一層損ねるものだったらしく、ぷすーっと頬を膨らましている。
なんでリアナが不機嫌になるのさ。
「あなたね。心当たりがなければ、何のこと?って困惑するものよ。
そうやって質問を重ねるのは心当たりがあると自白するようなものよ。」
罠のかけ方が最悪すぎる。
なんだって藪を見つけたから嬉々として蛇を探しに行って、蛇がいたじゃないって怒るような真似するかなこの子は!?
「心当たりはあってもいいだろう!?
関わりのある人については全部手紙にも書いてたんだし!」
「それとこれとは別よ。焦るのがムカつくわ。」
そういわれても、こっちは特使として訪問したんだから、相手に異性の1人や2人くらい混ざってる可能性なんていくらでもあるだろう。
ちなみに、手紙を書いた女性というワードにまっさきに思い当たる人がいるのも事実だ。
「いや、だからってなんでそんな……。
ああ、それよりも!
どうして手紙を書いたのが僕と交友関係のある女性だって気づいたのさ?」
面倒になりそうなので、話と意識を逸らせるほうがよさそうだと感じた。
すると、リアナは少し誇らしげにしながら推理を披露する。
「まず、流麗な字の使いかたであること。
季節の挨拶や慣用句の用い方が詩を詠むように用いられていたこと。
あと、手紙につける香水の選び方がリヴェリナの香りを意識したものをベースにリモーナの実の香りを混ぜた調香の気配があることよ。
これ普段から香水に親しんだものが出せる香りね。
さらに、封筒を開けたときや次の一枚をめくるときにふわりと香るように計算された適量を選べるのは、男性にはできない気配りよ。
そして、そういった手紙を誰が読むのかを意識させようとしたとき、特使であるあなたとの関係をそっと忍ばせるような保険のかけ方もしているわ。
ここ読んで。
「アルトゥス様にはアリヴィエ関係者一同大変お世話になっておりまして」
ってあるでしょ?
これは関係者は多く、自分もその中の一人であると示しつつも特筆して関係していることをひけらかさないようにしているのよ。
よい関係を築けていることを、ことさら押し付けないように気を使っている証拠だわ。
男性の外交官はそういった関りを推すことで相手との距離を詰めるけれど、女性はここで一歩引くことで関係の良好さをアピールするの。
しかも、これ既婚者ね。
アルが男性であることを理解しつつ、そこに対して付け込む様な真似はしてませんよって予防線も張っているわ。
奥ゆかしい方ね。
総じてとても距離感を守る女性よ。
あなた、そういう女性に対して安心してアプローチするでしょ?
本気にされない上に、可愛い方だと話すの楽しいものね。
どう?間違っている?」
「ほんと、的確過ぎてなんかもう気持ち悪いくらい当たってそうな推理ありがとうね!」
「アル。あなたってわかりやすいのよ。」
リアナは腕を組み、やや呆れたように僕の分析を続ける。
「気に入る女性は基本的にあとくされがないように恋愛感情が薄かったり、既にパートナーがいる人ばっかり。
それでいて、一方的に可愛がったりおしゃべりできる相手だから胸襟開いて信頼関係を大事にしたがる。
恋愛にならないように気をつけてはいるんだろうけど、そういう小癪な考え方で女性の心を弄ぶのは悪い癖だと思うわ。反省なさい。」
「……別にいいじゃん。」
「責任をとらない程度に距離感あるからいいじゃんっていう考え方、女の敵よ。」
「……もう!リアナめんどくさい!」
僕の降参の叫びに、リアナは満足したように笑い声をあげた。
「ふふ、ちゃんと紹介してね。
あなたが気に入る女の人は、賢い人が多いから。
楽しくおしゃべりできそうなんだもの。」
まったくなんて趣味が悪いんだろう。
リアナは本気で怒っているわけじゃない。
不機嫌を装って、僕の悪癖を茶化しながら、自分もその輪に入ろうとしているんだ。
そういう変な信頼のされ方をしているのは、本当によろしくない。
僕は、これからいろいろ絡まれるであろう心当たりのある女性——
ミルシャさんに心の中でそっと謝るのであった。




