第100話 あの時の彼女は
「これが術式駆動車か。噂には聞いている。
なかなかの速度を出すことができること。
何より、術具を組み合わせた連結式駆動回路を用いているため、かなり大きな力を生み出せるらしいな。
しかも、馬のような生体がいらないので、衛生的でもあると。」
「はい、閣下。
本駆動車は本体の座席シートに4名。
さらに後部にキャリアシートを連結させることで最大12名の人員を移送可能です。」
「乗り心地は?」
「……悪くはないといったところです。
というのも、現状では駆動車の懸架装置が最適化されておらず、乗り心地という面に絞って言えば、最高級の馬車にはまだまだ及びません。」
ふむ、とリアナは資料をめくりながら、外交官の女性が乗ってきた術式駆動車を興味深く観察していた。
「連結式駆動回路というのは回転を生む術具を小型化して、複数の組み合わせによって一つの術具のように運用するものと聞いているが、具体的にはどういった仕組みになっているのだ?」
「通常の回転系駆動回路単体では、【回転】と【停止】を切り替える符合ひとつだけのシンプルな構造です。
しかし連結式駆動回路では、例えば十個の駆動回路のうち 『一番・四番・五番だけ回転させる』といった複雑な稼働命令を他の制御を担当する術具側で制御し、複雑さそのものをエネルギーに変換する方向へ特化させています。
本駆動車は、その複雑さを輸送に用いらせるに足る力として出力するよう設計されており、単一の術具では到底生み出せない駆動力を得ております。」
「なんとまあ。
随分と乱暴なことをしているように聞こえるな?」
リアナの率直な感想に、外交官の女性は苦笑した。
「仰る通りです。ですが、その乱暴な理論を精密で小型化された術具で実現させております。
精密故に、ひとつの命令から常に決まった駆動エネルギーを生み出せるために実現できておりますね。」
「……で?弱点は?」
リアナの一切忖度しない質問に、外交官の女性は苦笑いする。
リアナの問いとは、単なる弱点探しではない。
これだけ画期的な乗り物で、馬車に劣る部分が乗り心地という面だけであるとしたら、もっと加速的に普及していくはずだろうという推察が含まれている。
だが、現状ではそういった動きは見られない。
こういった外交の場に出される以上はアリヴィエとしてもリヴェリナに対してアピールしたいものではあることはわかる。
現にアリヴィエ内陸部ではまだまだ馬車が中心だし、何なら首都であるルビーナ近郊やヴァルエルナまでの街道でしか見かけないんだ。
つまり、普及させたい気持ちに反してなんらかアリヴィエ内部でも普及しないだけの理由があり、それが弱点なのだろうと見切っていた。
「……精密すぎます。
これ一台を作り出すだけでもかなりの人数の術具職人を動員しないといけません。
また、精密すぎて環境に大きく左右されるんです。」
「……故障が友達か。」
リアナはそういって難しそうな顔をする。
「恐れながら、閣下。
本駆動車はそういった弱点を含めても革新的な乗り物であるということは何卒、ご理解いただきたく。」
リアナの表情に焦った同行した技師らしき男性が、深く頭を下げながら弁明をする。
「それは大いに理解している。
そもそも馬や牛、あるいは人を利用せずノエスを用いることで、動力の維持コストがまるごとなくなる可能性があるというのはでかいな。
初期生産のコストと運用コストの二つの問題が改善されれば、物流がひっくり返るぞ。」
「まさしく!
特にリヴェリナの広大な地の物流の速度が駆動車によって活発化すれば、莫大な利益を生むでしょう!」
リアナは技師の男性の言葉に目を細め、少し考える仕草をする。
「——相分かった。
リヴェリナでも駆動車に関連した技術提供と予算については陛下のお耳にも入れておく。
それも、重要事項として伝えよう。」
「まあ、ありがとうございます!」
「よいよい。——ただし、ひとつ条件がある。」
外交官の女性と技師の男性は顔をほころばせた。
が、条件と聞いて少し表情を硬くした。
ある程度の無茶を言われる可能性は覚悟していたようだね。
少しハラハラしている。
「駆動車の出所は不問——いや、追及せぬ。
代わりに、リヴェリナ本国より術具職人を派遣する。
彼らに駆動車を1台完成させることができるようになるまで指導してくれ。」
リアナの条件を聞いた瞬間、外交官の女性と技師の男性の顔色が悪くなった。
いやあ、なかなか意地が悪い。
リアナはこの駆動車がどこからもたらされたのかをちゃんと把握していたようだ。
前にも言ったかもしれないけれど、この駆動車の出所は多分ノルカザン帝国なんだよね。
そう、リヴェリナとアリヴィエに敵対している。
そんな敵国が大事にしているであろう技術の結晶体である駆動車。
これをアリヴィエが所持してるっていうことは、普通にリヴェリナからするとどういうことだ?って話になる。
つまり、リアナは
「リヴェリナとしてアリヴィエと帝国が経済的な接点を持つことそのものを黙認する。
その代わり、誠意として駆動車の生産ノウハウを頂戴ね。
もちろんいいよね?」
って言ってるわけだ。
外交的に見れば、アリヴィエの弱みを見逃す代わりに、技術の核心を要求しているというちょっとした脅しになっている。
アリヴィエ側としては将来的に普及させるためにそういった生産に関する情報はのちのち友好国であるリヴェリナとは共有していくつもりだったろうけれど、その過程において技術顧問料を名目とした様々な利益を目論んではいたはずだ。
なので、リアナとしては先んじてこれらのうち駆動車の生産に関する部分については押さえておきたいわけだ。
でも、アリヴィエとしちゃ、生産に関するところはいろんな意味ですぐに公開したくない部分だろう。
当たり前だけど、相当な最新技術や独自技術が詰まった存在だからなぁ。
段階的に研究費名目で請求すれば、リヴェリナとしちゃお金を出さないわけにはいかないだろう。
だって、中途半端なところで止められたら、駆動車が完成しないもの。
リアナが欲しいのは、「リヴェリナ国内で生産できる駆動車」。
そして、その成果のためならリヴェリナは協力するよ。
その上で、外交的な問題にしたくないならその目標までのルートでは共同開発の名目で追加の研究費とか請求させないようにしたいんだよね。
で、その部分にアリヴィエ側に「はい」と答えさせるために帝国との関係は不問にするという恩まで着せてきたんだ。
こうなると、アリヴィエとしてはここである程度答えを出すしかない。
さて、そんなことを仕掛けられたアリヴィエ側としては、この場で「はい、わかりました」とは——
「……はい、わかりました。
リヴェリナから派遣されてきた技師たちで駆動車を設計できるところまで指導することはお約束致します。」
「ミルシャ様!?」
……わあ、いっちゃった。
即答に対して技師の男性の方が焦っちゃっているよ。
外交官の女性は表情を引き締めてリアナの条件を飲むと宣言した。
「ほう?よいのかね?
中央政府の確認をとらずにこの場でそんな約束をしてしまって。」
「……こちらをご覧ください。」
リアナの本気を探るような視線に対しても、彼女は一切ひるまない。
胸元から一枚の封筒を抜き出すと、エフィに対して片膝をつき、恭しく差し出した。
その所作は流麗で、格式が高い。
リヴェリナの騎士が上官に対して行う礼式そのものだった。
エフィは短く感嘆を漏らす。
ちょっと前まではどうにも礼節の教育が疎かな子を見てきたせいでアリヴィエに多少幻滅していた彼女が、ミルシャの胆力とリヴェリナの礼式の正確さに心底感心している。
エフィは一瞬思案した後、その場で封書を解いた。
他国の礼式にここまで配慮できる相手に対して、危険を探るような儀礼開封は失礼だと判断したのだろう。
それは信用に値する材料になるし、何よりエフィの騎士としてのプライドでもある。
リアナも横で、少し優しい顔でエフィを見ていた。
「……問題なく。閣下。」
「うむ。」
手紙をさらっと検めるだけで大したチェックもなくエフィは手紙を手渡した。
リアナは優しい顔から少し意地悪そうな表情でエフィの顔を覗いていた。
エフィはそれに対して若干嫌そうに目を細めるが、無言を貫いている。
後でいろいろ揶揄われそうだ。
「……『本会談において、アリヴィエ側使節団の代表にアリヴィエ代表の全権を委任する』か。」
リアナが読み上げると、外交官の女性は強くうなずき、技師の男性はぎょっとした。
どうやら、彼には知らされていなかったらしい。
リアナの正体こそ聞かされていたが、外交官の女性にはそこまでの権限が委譲されているとは伏せられていたのだろう。
「本会談において、アリヴィエ国現代表であるネーシアス=セルバトール及び海邦議会の各代表の信認を得て、外交特派員主任である私が責任をもって今回の駆動車に関わる契約の成立をお約束致します。」
「……そなた、名は?」
リアナの問いに、彼女は少しだけ表情を和らげた。
背筋をピンとたて、足をパンと鳴らしてまっすぐ立つ。
「申し遅れました。本日、閣下との会談においてご歓談、及び交渉について全権委任されております。
アリヴィエ海邦代表代理を務めます、ミルシャ=ハイムマンと申します。」
相手がリアナであっても、堂々たる態度は崩さない。
かといって不敬でもない。
身にまとった礼節が、リアナという存在に対して。
ひいてはこの場全てのリヴェリナ関係者に対して敬意を示していた。
何より代表という言葉に負けない、毅然としつつもどこか親しみを感じる笑み。
その姿は、僕が初めてアリヴィエ海邦に訪れたときに出迎えてくれた外交官のお嬢さん——ミルシャさんとは、どこか別人のように凛々しく、頼もしかった。
久しぶりに再会した彼女は、前よりもずっと立派に感じられた。




