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第92話 王の問診

「繰り返す。虚偽なく答えよ。」


 リアナの声は、これまでと同じ言葉を使いながらも、まったく違う重さを帯びていた。


影には資格の所在を問うた。

母には背負いすぎた覚悟を解きほぐした。


どちらかといえば、これまでは彼らの気持ちと役割を理解し、導くようであった。

だが、それはリアナにとって2人は異物であったからこそだ。


1人は主への忠義のために。

1人はただ子を想うがために。


そんな役割を持った者たちだったからこそ、リアナは導いた。

彼らは事情が違えど、自身の意志でこの場にいる。


リアナは王として対峙しつつも、彼らには思うところはないと伝えた。


 だが、この若者だけは違う。

この場で最も重要なのは、彼ただ一人だと見定めていた。


リアナは右手を掲げ、横に薙ぐ。

その一動作で、騎士たちが一斉に動いた。


唯一の入り口である扉を押さえ、双璧の騎士がカドヴィくんを中心に円を狭める。

虚偽なく答えよという王の言葉と、騎士の動き。

それらが全てを物語る。


逃げ道はない。

退路もない。


虚偽なく答えよ。

申し開け。


さもなくば、命はない。


王の間に残されたのは、ただ一人、王と「対峙」する資格を問われた若者。


 アルフリーダさんの祈るような瞳が潤(うる)む。

それでも、飛び出さない。


リアナは言った。

親のために飛び出さなかった子に恥じぬようにあれと。

子離れすべきものとしてただ見守れと。


その言葉が、アルフリーダさんの足を縫い止めていた。

彼女の祈りとは、どうか無事でありますようにという神への祈りではない。


息子の生殺与奪を握る、リアナという一人の王に対する祈りだった。


どうか、どうか息子を。


その想いは、慈悲を請う姿なのか、矛盾した願いなのか。

ただ、アルフリーダさんは祈る以上はしなかった。


「あ、アリヴィエの御上(おかみ)にありて、豊穣司る大地を治めるリヴェリアス陛下におかれましては、本日拝謁(はいえつ)を許されることを――」


 片膝をついたまま、誰かに教わったのであろう王に捧げる定型句を読み上げるカドヴィくん。

だが、その瞬間。


「心無き世辞はいらぬ。形式をなぞる真似も不要だ。」


 リアナはピシャリと一蹴した。

その声には、甚だ不愉快であることを隠さぬ圧があった。


「貴様の言葉には心がない。

世辞は読み上げるものでも、なぞるものでもない。」


「……っ!」


 カドヴィくんの肩がびくりと震える。リアナは続ける。


「世辞一つとっても捧げるべき意味への理解があって初めて意味のある器になる。

世辞や礼式とは、相手との関係をどうしていきたいのかという方向を、口にしたものが道筋を定めるものだ。」


 これは王の理ではなく、人としての礼の本質だった。

そうすると相手が喜ぶとか、相手をたてるだとか。


世辞と礼式は何故そこにあるのかは、話を切り出したものの心を映し出すものだとリアナは語る。


「故に、なぞるだけの上辺はこちらを軽んじるという態度にもとられる。心せよ。」


 リアナの声は冷たいが、その奥には確かな教育の意志があった。


「あ、ありがとうございます……。」


 思わぬ助言に面食らったカドヴィくんは、思わず感謝だけを口にしてしまう。


「それよ。」


 そこに、リアナは食らいついた。


「さては貴様。

言葉遣いはおろか、王への拝謁に対する心構えも分かっておらぬな?」


「……っ!」


 カドヴィくんの喉がひゅっと鳴る。

その反応に、王の間にいる全員が理解した。


カドヴィ=アーシェスタスは、無知のままで王を、リヴェリナという国を侮ったのだ。


それはこれまで学び、研鑽することで王座に至ったリアナにとって最も許しがたい侮りだった。


「面を上げよ。」


 リアナは畳みかけるように命じた。

カドヴィくんは、肩を震わせながらも、ゆっくりと顔をあげた。


そこにあるのは、想いや伝えたい言葉をどうすればこの場に表現できるのか悩み、苦しむ若者の顔だ。

形式、マナー、選ぶべき言葉遣い。


全てを「学ぶ」ことができたはずの立場なのに。

「学ぶ」ことを弱さと断じた彼が、無知のままこの場にあることを思い知っていた。


後悔は先に立たない。

こうして対峙して、自らを語るための言葉をどう吐きだせばいいのかわからない。


「学び」も「鍛錬」も、いざというときのためにある。

それを後悔する者の顔だった。


「……許す。」


 だからなのだろうか。


「言葉を飾るな。お前の言葉で話せ。」


 リアナは、深い溜息をつきながら、カドヴィくんの「無知」を許した。

その言葉に、カドヴィくんの表情が驚愕に染まる。


許された?

そんなはずがない。


だが確かに、王はそう言った。


「勘違いするなよ。」


 故にリアナはひとつ釘をさすのも忘れない。


「これは、余の慈悲だ。

そうでもなければ真実が何も得られぬ。

だから、貴様の無知という無礼について目を瞑るという、いわば「施し」だ。」


 カドヴィくんの心が羞恥に軋む。

許されたのではない。

真実を聞き出すために、見逃されただけだ。


「言葉遣いだの、礼儀作法だの。

これまでそういった貴人として当たり前に身に着けるべきものを学んできていなかったお前に心底あきれ果てているのは事実。」


 リアナの視線は鋭い。

その切れ味は、知を求めず、機会を捨ててきた者への軽蔑だった。


学ばなければ王ではない。

そして、誰よりも学ばなければ人の上には立てない。

それがリアナの信念。


「だが――」


 リアナは小さく息を吐き、ほんのわずかだけ声を和らげた。


「できないことを上辺で取り繕って語られるよりは、ただありのまま喋ってもらったほうが、見えてくるものがある。」


 そして、小声で付け加える。


「本来、そこまで含めて交渉であり、腹の探り合いなのだがな。」


 その言葉は、お前はまだ交渉の土俵にすら立てていないという宣告でもあった。

求めていたのは、罪の所在やそこに至るまで経緯や敵愾心(てきがいしん)の有無。


そういったものをつまびらかにしつつも、自身の潔白であったり情の正しさであったりを語るべくして語り、嘘を真に塗り替える器用さで望んだ言葉を引き出す。

それらを巧みに織り交ぜ、王の前で「語り」、「論じ」、「渡り合う」。


それが「問答」。

それが「弁論」。

それが「交渉」。


相手の言葉を捕らえ、間隙を突き、論理を崩し、自分の正しさを押し通す。

それができて初めて、対等に言葉を交わせる。


 この謁見の場において、カドヴィくんにはその最低限の知すらないと判断された。


形式と礼儀。

言葉の意味、世辞の本質。

何ひとつ身についていない。


故にリアナは、「問答」を捨てることにした。


飾るな。

繕うな。

嘘をつくな。

論じるな。


だた、お前という人間の歴史を語れ。


さながらそれは「問診」。

あるがままのみを語ることで、お前はこねくり回すなと匙を投げられたようなものだった。


「それができぬとなれば、余が直々に暴くしかなかろう。」


 リアナは両膝に肘をつき、手を組みながら心底面倒くさそうにして言った。


「どうやら、適切に言葉にできぬことに苦しさを感じる程度には後悔が見えるものでな?」


 絡まる糸を解して一本にする。

言葉と論理を紡ぐために、糸の端を見つけて辿る。


リアナは、まずこの若者に、己の心と向き合い、自身の言葉にするための教育から始めた。

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