第87話 王の偽りと怒り
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先に読んでいらっしゃった方は大変申し訳ありませんが、前のエピソードからお読みなおしいただけますと幸いです
「アリヴィエの客が来る前に、やることをやっておこう。」
執務室に集められた僕とシルバナくんに、リアナはそう切り出す。
「そう。本来の役割だ。」
ピッと取り出したのは僕の手紙。
忘れてはいけない。
僕がヴァルエルナに来た本当の目的。
それは、アーシェスタス家の「客人」をリヴェリナに送り届けるということだ。
発端はアーシェスタス家の次男であるカドヴィ=アーシェスタスがリヴェリナ特使である僕に対して言いがかりをつけ、明確な「殺害」の意思を発言したこと。
その場に僕がいる中で断罪するように行われたものだから、さあ大変。
アーシェスタス家そのものがアリヴィエ中央政府。
さらに言えばその特使を派遣した友好国であり、大国であるリヴェリナに対して叛意ありと示したと受け取られても仕方がない状況だった。
もちろん、カドヴィくんが発端とはいえ、彼を抑えきれなかった父であるグランバル=アーシェスタス並びにメイキドルア領そのものにとが咎がないということにはならない。
騙されていたとはいえ、率先して特使にあらぬ疑いをかけ、直接的な実行犯である従者を勝手に開放。
挙句、リヴェリナそのものが敵国であるかのような罵倒をしてしまったのだ。
そこまで言ってしまえば、国際問題になるのは免れない。
だから、アーシェスタス家は事態を収めるために、発端であるカドヴィくんをはじめ、関係者の身柄をリヴェリナへ引き渡すことで幕引きを図ろうとした。
……という、お芝居で僕はカドヴィくんや母であるアルフリーダさん。
そして「グランバル氏」を連れてここまで来たんだ。
そう、お芝居。
この辺りは以前に話したから割愛するけれど、まあ複雑というか面倒というか……。
結果としてグランバル氏が不在になったことで、アーシェスタス家転覆を図ったドゴメス=メイキドルアが反旗を翻した。
現在、アーシェスタで本物のグランバル氏が彼を迎え撃っており、トルマド殿がその援軍に向かっている。
当然、トルマド殿はアリヴィエ中央政府の正式な援軍として認められる形でね。
外から見ると、メイキドルア領の主権争いの内乱だから。
グランバル氏が中央政府に働きかけ続けていて、以前メイキドルア領の主権はアーシェスタスにありと認めさせていたから。
本当に、グランバル氏は政治はお得意だね。
父親としては落第なのに。
話が逸れてしまったね。
つまり、リアナがヴァルエルナに来たのは、リヴェリナに対して隔意がある有力者の引き渡しという目的があったんだ。
でも、さっきも言った通り、この一連の流れそのものがお芝居なんだ。
だから、リアナにもこれはお芝居だし、場合によってはリヴェリナに入国することなく引き返すことになるって伝えていた。
それなのにリアナ本人が出張ってきたので、それはもうミリアルデ家のみんながとてもびっくりしたわけなんだけど。
「なんだ?その迷惑そうな顔は。」
いや、だってねぇ?
「そもそも、リアナが来なくても良かった件で、やることをやっておこうっていうのも……。」
と、ここまで言って自分がリアナが来なくても良かったというのは失言だと気付いた。
「いや、ごめん。これは言葉の綾だ。」
こなくても良かったという表現はまずかった。
あからさまにリアナがむすっと頬を膨らませ、不機嫌が露わになる。
お前それ本気で言っているのだとした人の心を疑うという無言のプレッシャーを感じる。
その鋭さにシルバナくんは横で固まってしまった。
エフィは「あちゃー」と言わんばかりの目で僕を見ている。
これは早めに誤解を解かないと、後で絶対に根に持たれる。
早めに弁解しておかなくては。
「……来なくても良かったといったのは悪かった。
そういう意味じゃない。
本来の目的はリヴェリナへの関係者引き渡しだが、それは名目だ。
真面目に役割を果たすといわれても、特にリアナに……」
リアナにのところで、剣呑さがさらに増す。
いやあ、視線って人を殺すような鋭利さを込められるんだねぇ。
慌てて言葉を修正する。
「……リヴェリナの使者に何かをしてもらう必要はないんだ。
あくまでも体を整えることが目的であって、やることそのものはもうない。
それでもやらなければならないこととリアナが考えている理由はなんだ?」
「……15点。」
リアナの急な採点。
僕は思わずため息をつく。
「……リアナがわざわざ来てくれたことは嬉しいし、久しぶりに会えたことも嬉しい。
元気なことを確認できただけで、僕は満足だ。
アリヴィエ政府の来客があるまではのんびりしたらどうだ?」
「……30点。わざわざとかそういう枕詞もいらない。」
あのさぁ!
本当に気難しいんだから!
僕はエフィにどうにかしてくれよという視線を向けるものの、なんでそうリアナには不器用になるんだと小声で抗議されてしまった。
だってさぁ!
シルバナくんもいるんですよ!?こっちはぁ!
そんな僕の心の叫びをよそに、リアナはぷいっとそっぽを向いたまま、頬をふくらませて言った。
「ちゃんと会いに来てくれて嬉しいということを言葉にしてくれたから、許す。」
ぶすっと頬を膨らませながらだが、寛大なお許しが出た。
というか、この場にシルバナくんがいるので、話を進めるために一旦許すって意味だなこれ。
後でご機嫌取りは避けられそうにないな。
「言いたいことはわかっている。
ここで私が出張って、客人と話す意味がない。
アルはそういいたいんだろ?」
まあ、そういうことだ。
少なくとも、レッドフォルテ伯としてきているリアナに、彼らと面会する意味はない。
「……中央から離れて、耄碌したかジジイ。」
その瞬間、部屋の空気がすっと冷えた。
声の温度が変わった。
口調に尊大さが加わる。
先ほどまでのリアナの表情が、そこにはなかった。
あるのは、ラセルエア=リアナ=リヴェリアス。
リヴェリナ王国第三十五代君主の眼光。
リヴェリナの厳粛なる王の威厳をもったリアナ女王の顔だ。
その温度の違いに、シルバナくんが息を呑み、一歩後ずさる。
それでも踏みとどまったのは、彼の意地だろう。
呼吸は浅くなりながらも、必死に耐えている。
エフィはリアナの変化を見て、静かにリアナの背後にそっと立った。
王と騎士。
2人の冷たい視線が僕にだけ突き刺さる。
これだ。
これが現リヴェリナ国だ。
僕の前に立つのはリヴェリナの王に変わった。
さっきまでのリアナだと思って接してはならない。
「アルトゥス。客人は何といった?」
「……」
「直答を許す。
アルトゥス=ヴァイツェ特務長。
我を侮る者が口に出した言葉を告げよ。」
……わかっている。
この世界における、言葉の重みを。
その先に待つものを。
そう――「舐められたらぶっ飛ばす」。
侮りには、必ず報いを受けさせるべし。
侮りと嘲りは、受けたほうはその身をもって相手に報いを与えねばならない。
聞こえぬとこで叫ぶ分にはまだいい。
だが、聞こえてしまったときは、黙っているほうが罪だ。
聞こえて何も言わないのは、それに甘んじることだ。
だからこそ、リアナはいうのだ。
――耄碌したか、と。
「……私をリヴェリナの犬と蔑み、メイキドルアの侵略を企ててると申しておりました。」
その言葉に、リアナは鷹揚に頷いた。
シルバナくんが、その言葉に目を伏せる。
「アルトゥス。
客人は我らの大事な客将を『犬』と蔑んだ。
これは事実であり、芝居ではない。」
リアナ……いや、リヴェリアスはそこを強調した。
つまり一連の流れが芝居であれなんであれ、カドヴィくんが吐き出した侮辱は、彼自身の本心であり、聞かなかったことにはできないということか。
「……畏れながら、王よ。」
「許さぬ。」
リアナはピシャリと僕の反論を遮る。
「アルトゥス。
私は客人に会い、その言葉の真意を問いただす。」
それは決めた……いや、決まったことであると反論を許さないものであった。
「余は目にした。
耳にした。
なれば、侮りの真意を問いただす権利がある。
違うか?」
「……だが。」
ガアン!
僕の躊躇いに、エフィが剣の柄で床を叩くことで応えた。
乾いた音が執務室に響き、空気が震える。
エフィの視線は、今にも僕に斬りかかってきそうなほどの威圧的な空気を感じる。
そこに込められたのは、覚悟だ。
王の言葉を阻むなら、僕に剣を向けても構わないという覚悟。
騎士としての絶対の忠義。
僕とエフィの実力差は明白だ。
勝つことはできる。
でも、そういうことじゃない。
そういうことじゃないんだ。
王が意志を示した。
だから、騎士はその意志を現実にするために剣を抜く。
それに反論するならば、自分が王の言葉を真とするために己を剣とする。
ここで僕が実力行使してでもリアナを止めるということは……リヴェリナと手を切るということだ。
王の言葉は、国の意思なんだ。
リアナがレッドフォルテ伯の仮面を外して僕と向き合ったということ。
それほどまでに、彼女はこの一連の流れそのものに不快感を抱いているということの証左だ。
迂闊だった。
アリヴィエでの行動は比較的自由にさせてくれていたから、僕の裁量に全て任せてくれていると思っていた。
いや、全体的な流れそのものは任せてくれているし、今でもそうしてくれている。
でも、「リヴェリナ」という大きな看板に傷がつかない範囲で、という前提の上に成り立っていた。
彼女は、リヴェリナ特使の肩書をもつ者を利用して内政を有利に進めようとしたことに対してこう感じた。
「リヴェリナは、友に寛容だ。
だが、その寛容は筋を通してこそだ。」
冷たい響きは、鍛えた剣のように固く、鋭い。
研ぎ澄ませた断言は切っ先を鈍く光らせる。
「アルトゥス=ヴァイツェはリヴェリナの大事な民だ。
アルトゥスが頷いても、我が国の民を余の断りなく利用するとは……
随分なことに感じるな?」
「……」
何も、言えなかった。
ただ、己の不明を恥じるだけだ。
どうやら、僕はこの数十年ですっかり自分の立場を過大に評価しすぎていた。
対して、リアナはどうだ。
己の立場を理解し、通すべき道理を心得ている。
僕が良くても、僕がどれだけ自由に動けても。
リヴェリナの庇護下にある僕の上にはリアナ女王がいるのだ。
ならば、通すべきは僕の判断ではなく、リアナの許しだ。
「だから、余は客人と合う。これは決定事項だ。」
その言葉は、王の宣告だった。
覆らない。
覆せない。
王として、筋を通さなかった彼らと向き合う必要がある。
リアナが怒っているのは、カドヴィくんの侮辱だけではない。
リヴェリナの民を、王の断りなく利用した。
その一点こそが、王として許せなかったのだ。
リアナは王を偽りここに来たと思っていたが、見誤っていたか。
リアナは、僕を欺いてまで問いただしに来たということなのか。
「リヴェリナを侮るな」
そのメッセージを伝えたいがために。
「……王よ、それでも。」
でも。
「それでも、聞いて欲しい。」
僕は、それでも約束した。
あの狸に、任せろと言った。
エフィの瞳に剣呑が宿る。
ここから間違えたら、エフィは抜く。
騎士として。
「……直答を許す。」
リアナは片手をあげてエフィを制す。
エフィは眉をわずかに寄せたが、無言で下がる。
「彼らと謁見は構わない。
だが、私は。
私の意思でそうした。
それだけは分かってほしい。」
だから、言う。
これは、僕の意思で、僕の過ちで起こしたことだと。
リヴェリナという国を侮ったのは彼ら以上に僕自身に責がある。
助命ではない。
もし裁かれるとしたら、僕もまた裁かれるべきだと。
「……」
リアナが沈黙する。
何ができるのかは分からない。
でも、安請け合いだった僕に何も咎がないとは絶対に言えない。
だから、彼らをもし裁くのなら、王の言葉、王の意志を自分のものとして利用してしまった僕もまた、同じ罪として並ぶべきだろう。
リアナの視線と、僕の視線がぶつかり合う。
時間と空気が凍るようだ。
十にも満たぬ時間のはずなのに、悠久の時を過ごした僕のはずなのに。
今は、時間が遅い。
「……馬鹿。」
その時間が、その一言で砕ける。
リアナは大きく息を吐き、肩の力を抜いた。
「あなたを護る為に、彼らに忠告をしたいのに。」
王の仮面が溶け、その下から現れたのは。
辛そうな、ただのリアナの顔。
リアナは立ち上がり、迷いなく僕に駆け寄ってきて、そっと抱きしめた。
「あなたを裁くことになるなら、そんなもの望むわけないじゃない。」
本当につらそうな声だった。
「……すまない、リアナ。」
「本当に、すまないと思っているのなら。
最初から……もっとちゃんと私を頼りなさい。」
胸が痛む。
そうだね、僕が勝手に頼らなかっただけだ。
小さなころのリアナの幻影が、ずっとそこにあるから。
僕は守る立場だから。
自分でできることは自分で何とかしようとしちゃって。
結果的に変な覚悟を決めさせちゃったのか。
「彼らとは会うわ。
でも、私は警告するだけ。」
リアナは僕の胸に額を預けたまま、静かに言葉を続けた。
「私の大事な国民を侮るな。
リヴェリナはそんな甘い国じゃないって。」
「……ああ。」
「貴方が教えたのよ。」
「そうだったな。」
恥ずかしいものだ。
教え子に、諭されるとはね。
ああ、いつまでたっても――
僕は未熟者だなぁ。




