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第86話 番人あれど正しきものに門は開く

7/6 間違えて先のエピソードを公開してしまっておりました

修正しました

「アリヴィエ政府関係者と会談が終了次第、帰国する。」


 夕食の席で、リアナはあっさりとそう告げた。

シルバナくんは僕とリアナを交互に見る。

でも、僕の表情が何も変わらないことを確認すると、ふうっと一息ついて言った。


「……そうですか。

当主である父、トルマドとも会談していただきたかったのですが。」


「内戦とあれば致し方あるまい。

こちらとしても事情は十分承知している。

アリヴィエ政府からの返事はいかがかな?」


「明後日にも外交官がお見えになる予定です。

……しかし、本当によかったのですか?」


 苦笑いを浮かべながら、シルバナくんが問いかける。

それに対して、リアナはにやりと笑った。


「外交官くらいがちょうどいい。

此度はメルフィス伯としてアリヴィエの通常の対応というものを見ておきたいからな。」


「私めが、後で何を言われるものかわかったものではありませんよ……」


 そう言ってシルバナくんは深いため息をついた。


 ――さて、ここまで聞けば察しがつくだろうか?


そう、リアナはアリヴィエ政府に対して、ヴァルエルナ領の滞在の報告。

そして、会談の機会をお願いしたんだ。

メルフィス=レッドフォルテ伯として。


うん、隣国の王の身分を隠して。

いやもう、本当にアリヴィエ政府からしたらとんでもなく面倒な事態だ。


隣国の王が身分を隠して自分たちの国に滞在しているのも面倒。

しかも、その状態で面会希望出してくるんだから。

どう対応しても地雷処理みたいなもんだ。


 おそらく、アリヴィエ政府側はとっくにリアナの訪問を察知している。

そして、リアナも本気でレッドフォルテ伯として立場を騙しきっているなんて思っていない。


つまり、アリヴィエ政府としてはリアナが来ていることなんてとっくに知っている。

その上で、身分を隠しているけれど、なんか理由があってのことだろうと目を瞑ることにした。

お互い所在を分かっているけど、分からないふりをしているんだよ。


そんな中、リアナが「会いたい」なんていってくるからさあ大変。

アリヴィエ政府としては頭を抱えるしかないよなぁ。


どういうつもりでお会いにしに行けばいいんでしょうか?

と逆に聞きたくなるくらいだよ。


 立場を分かった上で、ネーシアス代表がくる?


うん、それは正解ではあるね。

特に、対リヴェリナという面で見たら大正解。


でも、伯爵って身分なのに代表を寄越したということで、リアナからみると不正解。


じゃあ、一般の外交官を向かわせる?


うん、これも正解。

特に、リアナの心象としてはちゃんと自分を伯爵として見ているという面でよい評価をもらえるだろう。

でも、国として見たら大問題。


理解していようがいまいが、王に対してちゃんと立場がある人間を用意していないなんて、不敬と謗(そし)られる。

特に、うちの面倒な騎士団長(エフィ)は目くじら立てて怒るだろう。


最悪だね。

どっちに転んでも外交摩擦まっしぐら。


アリヴィエ政府の胃痛が、手に取るように分かる。

いっそ互いに何もなかったことにして帰ってくれた方がよかったまであるよね。


「シルバナくん、君が頭を抱える必要はないから。

リアナだって、反応を見たいだけで。」


「そういわれて、はいそうですかと言えないから国家という枠組みがあると私は考えていたんですがね。」


「ははっ、いうではないか。君は立派な領主になるよ、シルバナくん。」


 そう言ってウインクするリアナ。

だがシルバナくんは、頬を引きつらせて笑うだけだった。

何しろ、横のエフィが凄い目でシルバナくんのことを見ているからね。


ここ最近、シルバナくんはリアナの相手をすることが多い。

それは領主代理として当然なのだが、近衛騎士であるエフィはあまりいい顔をしていない。


年頃の顔のいい青年だしなぁ。

リアナの隣に立つには、いろいろと妙な誤解を生む。


いい迷惑だからやめなさいとエフィには何度も釘をさしているが、王室騎士としては余計な接点を持たせるよりかは適度な距離感を大事にさせるべきとそれなりの正論でやめない。

僕からいってもやめない辺りに、ちゃんと自分が正しいという自信も滲《にじ》んでいる。


僕だってエフィの言い分が分からないわけじゃないんだよ。

僕は少しシルバナくんをはじめとしたミリアルデ家への理解と事情を。

僕とリアナで距離感の近さがあるからこそ、少し甘く見ている面は大きい。


そこで、エフィの視点が説得力を生む。

彼女は王と貴族という関係を、常に正しい距離で守ろうとする。

それは騎士としての矜持であり、幼い頃からリアナを守ってきた者としての精神の表れでもある。


だから、第三者としてのエフィがリヴェリナ女王と隣国の貴族の距離を正しく保とうとするのは当然だ。


……当然なんだけどさ。

それでも本気でそういうつもりがないシルバナくんが、ただただかわいそうになってくる仕打ちをうけていることには変わらないんだよね。

リアナが帰ったら、労わってあげないとね。



***

 

 

 夕食が終わり、各自が自由に過ごす時間。

リアナはひとり、静かに立ち上がって窓辺へ向かった。


エフィも帯同しようとするが、片手で制された。

エフィは無言で頭をさげると、周りの騎士に手早く命令して少し距離をとった。


僕もリアナの様子を伺っていたが、リアナからの視線がない。

とすれば、本当に、少しだけ一人になりたいのだろう。

リアナはグラスを片手に、ぼんやりと星を眺めていた。


「メルフィス様、お替りはいかがですか?」


 そんなリアナに、ネーベルさんが麦酒が入ったグラスを片手にそっと近づいた。


「……ああ、すまない。いただこうか。」


 リアナが片手を挙げると、騎士のひとりが近づいて、リアナの空のグラスを受け取って下がる。

ネーベルさんに対しても丁寧に礼を返している。


その様子を見て、僕は気づいた。

騎士たちの様子が平時と変わらないということは、リアナはネーベルさんに何か話をしたくて、食事中にでもそれとなく合図でも送っていたのであろう。


少しだけ二人で話したい。

でも、密室で話すべきような重要なことではない。


だから、気負わずないこの場で、立ち話で。

リアナなりに、ネーベルさんにプレッシャーを感じさせないようにする気配りだった。


とすれば、僕が聞き耳をたてても構わないだろう。

リアナが誰にも聞かせたくない話をしたいなら、こんなところで話すわけないしね。


「こちらの麦酒、大変美味しゅうございました。

リヴェリナの麦酒は本当に多岐に渡りますね。

アルトゥス様がお出ししてくださる麦酒は、どれも味わいも香りも違いました。」


「ああ。うちの国で作る麦酒はすべて領ごと、場合によっては醸造所ごとに中間素材や保管方法、どれかをひとつ以上変えて独自性を磨いているからな。」


「レシピが違うのですか?」


「レシピは基本的に同じだ。

発酵期間や中間素材の投入時期、発酵の期間や発酵の環境の調整などでそれぞれの理想の味を今も目指している。」


「……なるほど。では、今日のこちらも……」


「同じ産地の麦酒であっても、味わいが変わっているかもしれないな。」


 リアナはグラスを軽く揺らしながら続ける。


「ちなみに、王都のビールは二つの種類がある。

アルトゥスが初めて我が国で醸造した時の製法と材料で作るリヴェリナクラシック。

その伝統をより洗練された味に進化させる目的であるリヴェリナモダンという麦酒だ。」


「まあ。伝統を護る味と、伝統を洗練させていく味ですね。」


「ああ、覚えておくといい。

いずれここでも麦酒を醸造することがあれば、最初の一杯という味はヴァルエルナの伝統という歴史に加わる。」


 リアナは窓の外を見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。


「そして、その時の味の衝撃が、伝統という未完成の味が、ふと恋しくなる瞬間が必ずくる。

だからこそ、進化だけに目を向けるな。

守り、保全することも、必要な歩みであると。」


「……ありがたいお言葉です。

必ずその言葉を後世へと繋げましょう。」


 そういって、ネーベルさんは深く礼をする。

その礼の立ち振る舞いから、エーリスの姿が思い浮かんだ。


エーリスよりも自然で、静かで、何より優雅な礼だった。

そんなネーベルさんの礼を見て、リアナの顔が少しだけ曇った。


「ミリアルデ家にはいろいろと無理を頼んでしまったな。大義であった。」


 リアナは頭を下げない。

王の頭を垂らす意味を知っているから。


簡単に下げてはならぬものがあるから。

だからこそ、ただ真っ直ぐに賞賛だけを贈る。


少しだけ辛そうなリアナの横顔を見て、ネーベルさんの顔に恐縮の色が滲む。

やや居心地が悪そうに居住まいを何度も直してしまう。


「何より、私はそちの娘を一方的にリヴェリナに誘ってしまった。

本来なら、先に相談すべきであったな。」


 が、その言葉を聞いた瞬間、ネーベルさんの動きがぴたりと止まった。


短い沈黙。


そして、ゆっくりと口を結び――すぐに柔らかな微笑みを浮かべて、リアナをまっすぐに見つめた。

その表情には、ミリアルデ家の片翼としての誇りと、母としての少しだけ寂しげな感情が同時に宿っていた。


「いえ……エーリスを認めてくださり、メルフィス様には感謝の念が絶えません。

ミリアルデの者として……そして何より、母として、とても嬉しゅうございます。」


 その言葉は、静かで、深くて、何より嘘がなかった。


「もちろん、驚きました。

アルトゥス様より、あの子に才能があるとは聞いておりましたが、まさかそれほどまでとは思いもしませんでした。

ですが、娘は今それを受け止めています。

そして、私にもっと学ばなければならなくなったと、嬉しそうに語っております。」


 エーリスが真剣な顔でそう語ったときのことを思い出したのだろう。

ネーベルさんの表情が、ふと優しくなる。


「本来、貴族の娘の未来に、あまり選択の自由はありません。

ですが、エーリスにはそういう未来以外を。

私のように、受け入れてくれるパートナーが見つかってくれればと望んでいました。

ですが、それよりももっと自由な未来も示していただいたんです。

ですから……」


 そういって、ネーベルさんはもう一度深く頭を下げた。

ミリアルデ家としてではなく、ただ一人の娘の母の表情のまま。


「時が来れば、あの子をよろしくお願い申し上げます。

あの子が、自らが生きたい道を望むなら――

照らされた道もひとつの未来の可能性として、応援したいと思います。」


 具体的に何のことかはいわない。

隣国に娘を託すことをはっきり言うわけにはいかない。


それでも、ネーベルさんはリアナに託す。

エーリスが望むならと。

リアナは静かに微笑み、ネーベルさんの手をとる。


「……メルフィス様……」


「任せてほしい。

何より、私はあの子を縛る気はない。

あの子が望めば、いつでも帰れるように必ず《《手配》》する。

何度も言うが、これは命令ではない。


私の願いだ。


だからこそ、必ず守る。」


 母と娘。

リヴェリナとアリヴィエ。


家族を分かつ国境という境界線を、エーリスのためにどう緩和していくのか。

その手段についてリアナは戦わなくてはいけない。


ただ認めさせるだけならば王族による特権がある。

でも、リアナはそれを選ばないだろう。


王の勅命《ちょくめい》という特別扱いは、誰かの反発。

そして、抜け道の悪用や譲歩を迫る隙にもなるから。


リアナにとって、手配するとは道を敷くということだ。

そのために努力する。


 リアナが約束を遂げるための方法。


それは、壁を穿つような乱暴なものではない。


手順を守れば通れる、しかし、不正には決して利用されない。

正しい形の《《狭き門》》を作ること。

王の力ではなく、治世によって未来を開くということ。


 エーリスが国境を越えるその日。

その門はきっと、彼女のために正しい形で開かれているだろう。

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