第85話 王は未来で待っていたい
「現状じゃ、3流以下の術式だな。」
リアナの辛辣な評価に、そこそこ自信のあったエーリスがショックを受ける。
あれだけ前のめりにサリティさんとルッテとの模擬戦を観戦していたというのに。
感覚派として天才的な閃きからエーリスが導いた【放出】という新しい術式の可能性。
これに対して、彼女が下した判断は容赦のないものだった。
「せっかく収束して生み出したアイズを放出に使うことにリスクがありすぎる。
蹴った脚が動かなくなり、戦いの最中なのにコンディションが明確に悪化。
生み出したアイズをただ垂れ流すようにぶつける粗雑さ。
何より、あの威力を出すだけなら、もっと純粋に励起による【収束】を高めて質量でぶち破ったほうがよほど戦略は安定する。」
「つまり?」
僕が先を促すと、リアナは指を一本たてて言い切った。
「今のままじゃ、ただの一発芸。」
「しんらつですわ!?」
エーリスはあんまりな評価に膝をついた。
だが、リアナはここで言葉を区切らない。
「慌てるな、エーリス嬢。
大事な前提が抜けている。
私は現状ではと言ったんだ。」
そういってエーリスの肩をぽんと叩く。
「3流以下といったのは、今の運用ではあまりにも乱暴すぎるからだ。
集めて、そのまま吐きだすだけ。
練り上げるも、小出しにできるわけでもない。
これではあまりにも非効率だ。
バケツで汲んだ水をぶちまけるような運用といえば伝わるかな?
……この先、このバケツに汲んだ水をどう生かすのかは、これからの研究の発展にかかっているともいえる。」
ニッと不敵な笑みを浮かべながら、リアナは続ける。
エーリスも、がっかりした顔を引っ込めて続きを待つ。
「これまでのエルドラ術式は、体内で生み出したアイズの力を自身の強化することを主眼に据えた運用しかできなかった。」
リアナは指先で空中に円を描く。
「しかし、放出という考え方。
これは、アイズを体外に放つという、まったく新しい可能性への一歩だ。」
「まあっ……!」
エーリスはリアナの力説に目を輝かせた。
「その可能性の広がりは、本当に多岐に渡るだろう。
扱い次第でどんなものにも応用できる可能性を秘めている。
この未知の可能性を探るのは急務になるであろう。
だが……」
期待で前のめりになるエーリスに、しかしリアナはあえて釘を刺す。
少し強めの口調で、その奥には確かな期待をこめて。
「その未来を広げるためにも、だ。
エーリス嬢。
君は一度放出の術式より順回転での【収束】の励起をもっと鍛えるべきだと私は確信している。」
「え?で、でも……」
まさかの従来の方法でのエルドラ術式をあえて鍛えるべきだとリアナはいった。
新しい発見に胸を躍らせていたエーリスの顔に、不満が浮かぶ。
リアナはその表情を正面から受け止め、静かに続けた。
「大事なことなんだ、エーリス嬢。
結局のところ、放出の術式とは十分に鍛え上げられた収束の励起のアイズが前提となるものだ。
その地力が未熟なまま放出の術式を扱えば、身体がもたないだろう。
放出に関して研究を進めるにしても、基礎がなければ形にならない。
そうでなければ、自身の理論を形にするために、いつまでもサリティのような優秀な術者に頼ってしまうことになるだろう。」
エーリスの視線が、戸惑いを含んで僕とリアナの間を行き来する。
まあ、新しいものを見つけた直後に「まずは基礎」と言われれば、納得しづらいのも当然だ。
でも、僕もリアナと同じ意見だ。
自分で見つけたものだからこそ、自分が一番詳しい人間であるべきだ。
僕はエーリスに静かに首肯する。
リアナのいう事の正しさは、きっと今すぐには伝わってはいないかもしれない。
それでも、今は新しいことより、誰よりもひたむきに基本に向き合うほうがきっと将来役に立つ。
先人として、それは間違いないアドバイスだ。
リアナは一度息を吸い、エーリスの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「エーリス嬢。
君は間違いなくエルドラ術式の天才だ。
だからこそ、誰よりも地味で堅実に積み上げろ。」
その言葉は、天才が天才にだけ向ける言葉だった。
「至る才能があるものは、積み上げなければならない。
結果を残さなければならない。
天才の地道な積み上げは、誰にも届かない高みへと繋がる。
その高さは、天才にしか至れない。
高く見上げる場所に手が届く土台造りをまずは重視したまえ。」
リアナの語る理とは、王のでも、姉弟子の優しさからくるものでもない。
高みに立った者だけが知る真理だった。
自身を認める言葉に、エーリスの瞳が揺れる。
家族からも伝えられたことがない、エーリスという個人を認める言葉。
その一つ一つが、彼女の心に、記憶に刻まれていく。
「エルドラだけじゃない。
ヴェルドラ術式の理論を学ぶのもいい。
ヴェルドラ刻印回路や、術具の中には大気中のノエスというエネルギーを利用して運動エネルギーを生み出すような道具もある。
これの応用が利くかもしれない。」
「ヴェルドラ術式……。
せんせいがつかうもうひとつの術式……。」
「ヴェルドラ術師になれというのではない。
理論を、原理を、思惑を学べ、エーリス嬢。
学びは必ず君の道を照らす。
役に立たないものなんか、ない。」
リアナは優しく、しかし諭すように。
その声音には、優秀な妹弟子がもっともっと大きく育つことを願う祈りのような温度があった。
「きっと君は、良い術師になれる。
だから、たくさん学んでほしい。」
言葉は十分刻まれたであろう。
エーリスの背筋がピンと伸びた。
隣国の王が、自らの可能性を信じていると伝えていることの重み。
その重さの意味を、エーリスはきっとわかるはずだ。
リアナはそのまま真剣な顔で続ける。
「エルドラの放出の術式については、私が本国に戻ったときに研究を進めよう。
この研究は、君が大きくなった時に、君に託したい。」
「ま、まあ!私が術式研究者になるんですの!?」
思わぬ未来の選択肢に、エーリスの目がまるくなる。
「ああ。とはいえ、まだまだ将来に夢見る年頃だ。
やりたいことが他にも見つかったら、その時は言ってくれ。
私が引き続き研究を進める。
だが、できればエーリス嬢と共に可能性を探っていきたいものだ。」
リアナのまっすぐな誘いが、エーリスの心をくすぐる。
エーリスは自分の掌を見た。
「わたしが、エルドラのかのうせいを……」
少しだけの震え。
でも、エーリスがぐっとその掌を握りしめた。
思わぬものを託された不安。
でも、想いを託されたという誇らしさのほうが強くエーリスの胸に届いたようだ。
エーリスの鼓動の高まりと胸の奥でひっそりと熱くなる気持ちで満たされていく。
温度が、そして頬に差す朱が。エーリスに「将来の夢」という形を意識させている。
「……わかりましたの!
いつか、リヴェリナにおうかがいいたしますの!」
「ああ、楽しみにしているよ。」
リアナがそういうと、エーリスは誇らしげに顔をひきしめて一礼する。
顔を上げたエーリスは、少しだけお姉さんになった顔をしていた。
失礼しますと淑女の礼をすると、屋敷に駆け出して行った。
きっと、ネーベルさんにもっと勉強しないといけなくなったと言って、ネーベルさんをほんの少し困らせるのだろう。
後でネーベルさんに説明してあげないとな。
これは王命ではなく、未来の選択肢だと。
あくまで選ぶ権利はエーリスにあり、本当にどうすればいいのかは家族で話して決めればいいと安心させてあげないとね。
このままでは将来を確定させてしまい、隣国のお嬢様を引き抜くような真似になってしまうことは確かだしね。
「リアナ、流石に無茶苦茶だよ。
ここはリヴェリナじゃないんだから。」
「メルフィス伯として、留学などを薦めただけだ。
何の問題もあるまい。」
「流石に乱暴かな。」
「なんだ?本当にまずいならアリヴィエに出資して、こちらで研究所を作ってもらえればいい。
何より、お前も止めなかったじゃないか。」
そりゃね。
僕だってエーリスの才気に期待する先生なんだから。
エーリスが本当に迷っているようだったら止めたかもしれないけれど、あんなにワクワクとしていたこと。
そして、リアナの言葉に心打たれていた様子を見ちゃうとね。
未来の可能性として受け取る分にはそれでいいかなと。
「ま、5~6年も先の話だ。
それまでにやりたいことが見つかったのだとしたら、それでいいさ。
私としては、放出というエルドラの可能性が広がったという事実だけでしばらく楽しめそうだからな。
エーリス嬢も一緒に研究してくれたら、お前もリヴェリナにずっといてくれそうだし。」
「なんだ。結局、僕へ楔を打ち込むためでもあったの?」
「楔はいくつあってもいいだろう?」
心外だなぁ。
さっきちゃんと約束したつもりだったのに。
こう見えて、約束は固く守るほうなんだよ、僕は。




