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第84話 それぞれの不退転

「……提案があります。」


 呼吸も荒く、滝のような汗がしたたり落ちる。

それでもサリティさんの瞳から光は失われない。


その輝く瞳には何一つ絶望を色がなく、ただどうすればこの堅牢な城を落とせるのか。

どんな手が残っているのか。

諦めるという選択肢が、彼女の中には存在しない。


その姿に、ルッテもまた心打たれていた。

だからこそ、あの一撃がこのまま時間と疲労で輝きを失うことが許せなかった。

ルッテは、静かに木剣を手放す。


「……聞こう。」


 息を整えながら、サリティさんは一度構えを納める。

ルッテは両手で盾を構えると、大きく息を吸い、励起の出力を一段引き上げる。


そして、自身の盾に【硬質化(カル・セリオン)】を強く刻み込む。

訓練用の盾とはいえ、ルッテのアイズの色であるエメラルドグリーンの光りが放たれるその姿は、どこか神秘的な威厳すらあった。

両手で構えていることからも、おそらくは重ね掛けでの二重強化だろう。


「……今、私ができる強化の術式の最大です。

これを打ち破ればサリティ殿の勝ち。

防ぎ切れば私の勝ち。

これで雌雄(しゆう)を決しませんか?」


 ルッテの瞳もまた、静かに燃えていた。

受け切る覚悟を決めた者の目だ。


だからこそ、生半可な一撃は求めない。

今、この時点で出来る全力を受け止める。

そして、その上で防ぎきる。


王室近衛騎士としての誇り。

不可侵を守る城塞たる騎士としての矜持(きょうじ)。

それを賭けた、一撃と死守の激突。

これを提案したのだ。


 ただ、サリティさんはこれに対して渋い顔をした。

サリティさんとしては、一連の攻略までの流れこそが戦いだった。


どう崩すか。

どう揺らすか。

どう突破するか。


その試行錯誤こそが彼女にとって心躍る戦いだった。

そして今の彼女には、放出の術式を込めた蹴りならば、あの城塞を揺るがすことが可能であるという手ごたえがある。

本来なら、その流れの中で力を籠め、自然に生まれた瞬間で放ちたかった。


 でも、それもまた自分の我儘だと理解もしていた。

多分、そんな流れはこのままでは生まれない。

その確信があるからこそ、ルッテがそう提案してきたのもなんとなく察しているようだった。


「……提案がある。」


 だから、妥協を受け入れる。

ただし――志は、曲げない。


「互いに一番を見せるのはいい。

でも、それがぶつかり合って決着っていうのは嫌だ。

だから――」


 曲げたくない。

誇りは、生き方は。


お膳立てされた必殺技をただサンドバッグにぶつけるようなその勝利条件は嫌だと彼女は言った。

右の拳をまっすぐルッテに向ける。


「ぶつかって、出し切って、立ててたやつが勝者だ。

防ぎ切れても、ちゃんと私をぶっ飛ばしてみせろ。

もちろん、私は出し切った上でぶっ飛ばすつもりで戦う!」


 彼女の提案とは、ぶつかって終わりではなく、その後も足掻いて相手に一撃をいれて。


 見下ろしていたほうが勝者になる。

それが、彼女の精一杯の妥協だった。


 サリティさんは宣言と共に、ニッと笑って左の掌に右の拳を叩きつけた。

パンっと打ち鳴らす乾いた音が、この場に響く。


「……フッ、ハハ、アハハ!」


 その響きは、ルッテの心に強く響いたようだった。


「本当に、面白い方ですね!

足掻ける牙が、戦場に立てる力があるなら。

それを最後まで出し切ってこそというわけですか!」


 ルッテは胸を張り、名乗りを上げる。


「よいでしょう!気に入りました!


この、ルッテ=アトラクタ!


リヴェリナ上級騎士の名に懸けて、貴方のその飽くなき闘争心に敬意を示します!

そして、完全なる勝利を我が王に捧げましょう!」


 あのルッテが名乗りを上げ、リアナに勝利を捧げると宣言したことに、周りの騎士たちからどよめきが起こる。


僕も正直驚いた。

あの子があんなに嬉しそうに戦う姿は見たことがない。

どこか冷ややかに戦場を俯瞰(ふかん)する彼女の印象が深いが故に、サリティさんのお日様のような闘争心にここまで影響されるだなんて思いもしなかった。


「ふはっ、おいおいアルトゥス。

ルッテがあんなに饒舌(じょうぜつ)なのは久しぶりに見るな。

私に勝利を捧げるとさ。

それくらい良いものだとあの子(ルッテ)が認めたようだぞ。」


 リアナが肩を揺らして笑う。

2人の戦いの余韻(よいん)に、どこか誇らしげな響きが混じっている。


ルッテという騎士を深く信頼しているからこそ、彼女が認めたという事実。

そして、その勝利を自分に捧げると宣言させた、サリティ=メーアガルドという戦士に興味を持ったということなんだろう。


「どう?いい子でしょ、サリティさん。」


「興味深いのは確かだ。

うちの騎士団にほしいなぁ。

なあ、スカウトしていいか?」


「ダメです。

アリヴィエにとっても、メイキドルアにとっても優秀な人材だから、国際問題になるよ。」


 僕が即答すると、リアナは「ちっ」と舌を鳴らす。


「ま、声をかけるくらいはいいんじゃない?

本人がどう思うかは自由だし。」


「そうだな。まあ、あまり期待はできないが、声くらいはな。」


 リアナはそういって、腕を組んだ。

確かにサリティさんは騎士って柄ではないからな。

でも、戦士としての魅力と人柄は誰が見ても分かる。


「サリ!修行の成果をせんせいにしめすのですよ!」


 エーリスの声が響き、サリティさんが苦笑する。


でも、その笑顔は一瞬だけ。

すぐに顔を引き締め、励起の回転速度を一気に上げた。


順回転の励起から生まれるエネルギーが、サリティさんの身体を巡り、疲れや雑念を洗い流していく。

アイズは、潤滑油のようなものだ。

身体の様々なものを強化し、普段より自分を強くする。

回転により生まれたエネルギーは、その普段の自分をより高めていく。


 でも、その分弱点だってある。

短期間では、すぐに怪我を直したり疲れを癒したりするわけじゃない。


そんな便利な力じゃない。

あくまで、ここ一番の振り絞る力を出しやすくするだけ。

だから、練り上げて純度を高めて――かさを増して抗うんだ。


それで、十分だ。


彼女の温度を視ればわかる。

高揚、興奮、昂り。


気持ちが溢れて、心臓が早鐘をついているのだろう。


通じないかもしれない。

防がれるかもしれない。


その気持ちがないとは言えない。

でも、それ以上にさ。


「「――やってみなきゃ、わからない」」


 僕がぽつりと漏らした言葉と、サリティさんの胸の奥にある想いが、きっと重なった瞬間だった。


 サリティさんが跳躍する。

右脚にアイズが流れ込み、赤い光が脈動する。


おそらくは、順回転で生み出したエネルギーをエーリスと一緒に編み出した、「回転軸」を移動させる励起の応用で移動させているのだろう。


励起を起こす位置を身体の部位に意識して移動させることで、小さな歯車のような別の回転軸を生み出す。

そして、それを反対方向に回すことで、「放出」のエネルギーの術式にする。


収束から放出へ。

従来のエルドラ術式ではあり得ない【反転】の挙動。


「ヴォルタ(廻せ)――ヴォルタ(廻せ)――

 ピウラ(無垢に)――ニフラ(無我に)――


 フラクト(砕け)――フラクト(砕け)――

 インミクス(我が敵)――アラ・メイキ(我儘に)――」


 詠唱――!


 練り上げる力を増幅させ、エネルギーの通り道や使い方を言葉にして宣言することで、意志あるエネルギーであるアイズに確かな「目的」を与える。

言霊を乗せることで、エルドラ術式の精度はさらに高まる。


ルッテもまた、強く盾を構えた。

口が動いているから、多分ルッテも詠唱を重ねているだろう。


 空へ舞い上がるサリティさんは、ふわりと自由落下の軌跡を描き。

その放物線の頂点に達した瞬間、世界が一瞬だけ静止したかのような無音の時が訪れる。


そして――

空中からサリティさんが矢のように鋭く撃ち下ろされた。

右脚のアイズが、赤い光を帯びて煌めく。


「我流――|螺旋蹴破《Spira Fracto》!」


 それが、サリティさんの【術式(エルドラ)】だった。

「収束」したアイズを「放出」させるだけの、術式というには乱暴な拙いエルドラ術式。


それでいい。

これは始まりなのだから。


それを足に乗せて発動させた。

それだけで、大きな一歩なのだから。


 盾に右脚が叩き込まれる。


 パキン。


 何かが砕ける音。


 ルッテの顔が歪む。


 ミシリ。


 何かが軋む音。


 サリティさんの額から汗が滲む。


 バチン。


 何かが弾ける様な音。


 互いの視線がぶつかり合う。


 衝撃の余波が、僕らの間を駆け抜けていく。

 リアナも、エーリスも。そして、僕も。


 誰一人として目を逸らさない。


 メキリと盾が砕けるのを見た。

 グニャリと蹴りの軌道が逸らされているのを見た。


 互いが信じる武器は、同時になくなった。


 でも、サリティさんは言っていた。




 『ぶつかって、出し切って、立ててたやつが勝者だ。』




 土煙を切り裂いて、サリティさんが飛び出す。


 ルッテが迎え撃つ。


「オルァ!」


「ハアア!」


 騎士も、戦士も、誇りも。


 互いを隔てる何もかもをかなぐり捨てて。


 ただ勝利にだけ手を伸ばすように。

 伸びた拳が、堅く握りしめられる。





 そして――

 その伸ばした拳が、サリティさんの顎を貫いた。





 出し尽くすように吐きだしてしまったサリティさんからこそ。


 紡ぐように重ね合わせたルッテだからこそ。


 必然は形になって届いてしまう。


 でも、きっとそれでよかったんだろう。


 ゆっくりと倒れこむサリティさんの表情を見ればわかる。


 ああ、届かなかったなぁ。


 そんな、ほんのちょっとだけ名残惜しそうな表情に苦笑してしまうものの。





 リヴェリナの城壁に挑む挑戦はこうして静かに終わりを告げた。




 ルッテもまた、肩で息をしながら振り抜いた自分の右手を眺めている。


 そして、無言で拳を天に掲げた。


 それは、リヴェリナに捧げるように。

リアナに誇示するように。

騎士たちに模範を示すように。


 騎士ルッテ=アトラクタが、万感の想いを込めて掲げた勝利の宣言だった。


 その姿に、騎士たちは少しだけあっけにとられるが――次の瞬間、割れんばかりの歓声を上げた。



***



「ん。負けました。」


 出し切った。

やり切った。

そんな想いが込められた敗北宣言。


サリティさんは歓声の中、地面に大の字になる。

今できる全部をやり切って、それでも届かなかったルッテの城塞の先。


でも、それでもよかった。

二度挑み、二度目は確かに城門(ルッテの盾)を破壊する一撃を放てた。


きっと、もっと頑張れば勝てるようになる。

そんな確信すら宿した、満足の敗北だった。


そんなずるい満足をして負けることができたサリティさんを、上から少しだけ羨ましそうに見下ろす影が差した。

勝利したはずのルッテは、どこか困ったような笑みを浮かべていた。


「……ずるいですね。

負けたのに、私よりずっと満足して。

どこか誇らしげで。

私は、自慢の盾が壊れて、ちょっと腑に落ちません。」


 ルッテが手を差し伸べると、サリティさんはニヤっと笑ってその手を取った。

そして、立ち上がりながら、まっすぐに言う。


「完全攻略するために。

いつかまた、再戦を頼む。」


「その上ただでは立ち上がらないなんて、本当にずるい人です。」


 2人の戦士は、そういって笑い合っていた。


 その2人の様子を、周りの騎士たちはどこか羨望のまなざしで見つめていた。


 挑戦者。防衛者。


 敗者。勝者。


 戦士。騎士。


 全ての境界線は、この瞬間ではすべてが曖昧で。


 どちらの色も尊重するように。


 ひとつの綺麗な模様を描いていた。

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