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第83話 正道の視界 反対の挑戦

 眼前に迫るサリティさんの左脛(ひだりすね)。

まともに喰らえば、ただでは済まない一撃。


ルッテは弾き飛ばされた勢いを殺さず身を翻す(ひるがえす)。

それまで使っていなかった木剣が、上段から鋭い袈裟斬りの軌跡(きせき)を描いた。


 バキィン!


 これまた金属が打ち合うような高い音が鳴り響く。

しなりが加わったサリティさんの蹴りと、ルッテの剣の鍔(つば)迫り合い。


押し合う時間はほんの一瞬。

互いに勢いを利用して距離を取る。


ルッテの髪がはらりと頬を撫でて落ちる。

サリティさんの蹴りの風圧で、髪がわずかに切れたようだ。


一方、サリティさんも軽く左足を振って気にしている。

おそらくは、鉄の柱にでも蹴りこんだような反動を感じたのだろう。


「いいですね!重く、殺しても構わないという覚悟を感じます!」


「……チッ!平気で受け止めて、よく言う!」


 互いに賞賛の声が飛び交う。

この瞬間を、僕は知っている。

サリティさんの模擬戦における攻撃とは、すなわち信頼だ。


これまでの攻防で、おそらくルッテの顔に驚愕が浮かんだのは、なんらかの予想外の一撃があの右脚の一撃に仕込まれていたのであろう。


サリティさんは自身の持つ大切なカードのうち、切り札たる一枚を切った。

その上で、あの追撃に一切の躊躇(ためら)いがなかったのは、間違いなく止められるであろうことをそれまでの攻防で確信していたということだ。


この、相手の実力を見定める能力の高さはサリティさんの野性的な感に加えて、自分自身の能力を、過大にも過小にも評価していないということだ。

だから、ただでは済まない一撃も遠慮なく打ち込む。

極めて高度な自己把握を行えているということだ。


 さらに、そこに明確な殺意――いや、覚悟を込めている。

これが常人にはなかなか難しい。


特に、初対面の相手がどれだけの実力を秘めていて、そこに対して自分の感じたものに身を委ねられるほどの観察眼とは、一朝一夕では身に付かないものだ。


殺すつもりで技は放つ。

でも、殺さない自信がある。

手加減無用でも、止められると見切っているから。


これが、サリティさんの戦士としての天性だ。


 ……同時に、残酷な真実についてもサリティさんはこれまでの攻防で気づいたであろう。


それは、ルッテと自分の戦い方の相性の悪さ。


手ごたえを感じてはいる。

しかし、サリティさんは無理に戦い方を加速させ、呼吸があがっている。

対して、ルッテの息は一切乱れていない。

むしろ、様子見で防戦での観察から、予想外の一撃も防ぎ切った。


これが決め手にならなかった以上、ルッテの警戒心もギアも一段あがる。

攻めて抉じ(こじ)開けるスタイルのサリティさんにとって、ペースが乱れないというのは最悪の相性だ。


「ははっ。おい、見ろアルトゥス。

あのルッテがワクワクしているぞ。

どんなからくりでアレを抉じ開けたんだろうな!?」


 ルッテの防御を弾き飛ばしたときも目を見開いたリアナが、ルッテを指さして楽しそうに笑う。


おそらくは、自身の理論で構築した【硬質化(カル・セリオン)】の術式が打ち破られ、一瞬とはいえ隙を抉じ開けられたこと。

その一点だけでも、リアナは相当サリティさんのことを評価しているのであろう。

次はどんなことをしてくれるのだろうかとワクワクしている。


「ちょっと見逃していたからなぁ。何をやったんだろうね?」


「回転の方向ですわ!」


 僕がはぐらかそうとしたところ、鼻息をふんすとならしてエーリスがネタばらしする。

ありゃ、せっかく考えてもらおうかなって思ったんだけど。


でもまあ、この様子だと、あの技はエーリスとの共同開発の結果の一撃だったのだろう。

そうなると、この可愛い弟子が胸を張るのも仕方ないかな。


「回転の方向とな?」


「はい!サリと私は、術師は励起の時に自然と慣れた方向で回転させていることに気づきましたの!

ですので、意識して回転させる方向を変えるとどうなるのか?

という実験をしておりました!」


 励起の際の慣れた回転方向という言葉に、リアナの表情が引き締まる。

顎(あご)に指を添え、思考を巡らせ始めた。

エーリスは続ける。


「回転のじく……えっと、回転させるまんなかをいしきしながら、いつも右回転させているところをはんたい方向へまわしますの!

そうすると、からだの内側で、励起されたエネルギーもいつもとなんだか違うはだざわりがするんですの?」


 ちょっと言葉が尻上がりで疑問形なのは、エーリスがそうしたときの感覚での話だからだろう。

おそらくは慣れた方向に回転させるときは感じていなかった、どこか引っかかるような感覚。


水の流れが逆転したときに起こるような渦の乱れ。

エネルギーの流れが一瞬だけ噛み合わない感覚。


そういったものを、エーリスは肌触りが違うという表現で表した。


「この回転のはだざわりがちがうまま術を発動させると、パッとアイズの力が広がるんですの!」


「パッと広がる……。

収束して流す時のエネルギーを利用するのがエルドラ術式……。

エネルギーをまとめるのが純粋で慣れている感覚。

それが広がる……?」


 リアナはぶつぶつと呟きながら、エーリスが語る感覚の言語と、自分の知るエルドラ理論を重ね合わせていく。

そして思考が一点に収束した。


「――放出のエネルギーということか!」


 リアナは理論を自分のものにしている。

だからこそ、至るべくして至る。


まさにそこだ。

回転の順方向とは、すなわち体内中心部に向かってのエネルギーの収束。

エルドラ術式の基礎は、アイズのエネルギーを体内中心へ収束させそのまとまりを利用することで強化・治癒《ちゆ》などの身体制御を行うという体系だ。


それの逆方向とは、エネルギーが外側へ向かう力だ。

順方向では体内へ収まるような力の集まり方だから、力を込めるような自然な感覚が自身に残る。


だが、反対方向に回すことで、生まれたはずのエネルギーが即座に拡散していくようで貯まらない感覚。

これが違和感の正体だ。

その上で術式を発動すれば、強化術とは違う、新しい別の術式に生まれ変わる。


「つまり、さっきの蹴りが術式で強化されたはずの盾を突破したのは……!」


「術の放出のエネルギーがぶつかって、術式が強制的に割られて、物理的な衝撃がルッテまで届いたってこと。」


 キッとリアナが僕を睨む。

なんでさ!?


「何を呑気に解説しているんだ!

お前、昔からアイズのこの特性を知ってたってことだろ!?

なんで教えないんだ!」


「ううん。――最近知った。」


「はあ!?」


「エーリスが気づいたんだよ。

回転方向を変えることで、アイズが放出のエネルギーに変わるなんて、考えたこともなかった。

何度でも言うけれど、僕はそういった放出によるエネルギーを利用した術式に関してはエルドラ術式で再現する必要がなかったからね。

それをするなら、既に体系がまとまっているノエス(外側の力)を利用したヴェルドラ術式で解釈したほうが早い。」


「いや……しかし……!

……ええい、なんということだ!

私ですら思い至らなかった!

いや、正確に言えば回転方向を変えることは考えたことはある!


しかし、回転方向を変えると術が思い通り発動しないんだぞ!?

それに、安定も何もない!

ただ、失われていくような感覚!


その感覚を、広がりと表現しただと!?

何故それを真面目に術として昇華させようと思い至る!?

それも、こんな小さなお嬢さんにだ!」


「ぴゃあ……!?

も、もももも、もうしわけありません、メルフィスさま~!」


 がくがくとエーリスを揺らすリアナ。

急なご乱心に、目が回っている。

ちょっとちょっと、可哀そうだからやめてあげて。


「リアナ、やめなさい。

当たり散らすのはみっともないよ。」


「ええい、これで冷静でいられるものか!

こちらが思いもよらなかったエルドラの新しい方向性が見つかったのだぞ!?

エーリス嬢、後で話がある!

これが終わったら言語化と再現の試験に付き合いたまえ!」


「は、はいっ!わかりましたっ!」


「……エーリス、付き合わなくていいから。

それは僕が対応するから。

終わったら、お勉強に戻りましょうね。」


「よーし、言ったなアルトゥス!

絶対だぞ!絶対にちゃんと教えるんだぞ!」


 口調が乱れて、リアナが素に戻りつつある。

まあ、独力であのエルドラによる物質強化を編み出すほどの研究者気質のリアナにとっては、収束させたエネルギーを利用するというエルドラ術式の前提がひっくり返されたような大発見だもんな。


見方によってはリヴェリナの術師が使う強化術を突破する弱点になる。

それほどの衝撃なんだ。


 リアナの描くエルドラ術式は、一つ一つのアイズの力をレンガを積むように綺麗に積み上げることで発動させる。

ルッテはその綺麗に積み上げるという作業がとても上手なのだ。

だからこそ、物理的な衝撃はほぼシャットアウトできる盾を生み出すことができる。


「……故に、放出するエネルギーをぶつけることは想定外なんだよねぇ。」


 でもまあ。

その攻略法があっても……。


「それでも、サリティさんに勝ち目はないと断言できてしまう。

それが、リヴェリナの騎士たる所以なんだ。」


 その証拠に、あの一撃の後のサリティさんの攻撃は先ほど以上に完璧に防がれてしまっている。

何より、サリティさんはあの一撃のあとから、呼吸が乱れていた。


そりゃそうだ。

全身強化の順回転の励起を維持したまま、攻撃の瞬間だけ回転の方向を無理にぐいっと変えて、その上で術式を発動させる。


まとまったエネルギーが放出されることで、素の身体強化に使用していた回転のエネルギーだって一緒に漏れ出る。

そんな色んな無理を重ねてようやく撃ちだすことができる渾身(こんしん)の蹴り。


それが、さっきのサリティさんの必殺技ってことだ。

おそらくは、この戦いの中で放つことが可能な回数としては――


「あと一発ってとこかな。

リアナ、目を離さないほうがいい。おそらくは――」


 僕は目を細め、口端を持ち上げる。


「次の一撃で決着がつくし、さっきよりとんでもないものを拝めるかもよ?」


 僕の言葉に、リアナは再度顔を引き締め、2人の戦いを見届ける。

いや、もはやサリティさんが何をやってくれるのか、そればかり気になってるともいえるだろう。


 隙の少ないけん制を繰り返すサリティさんの額からは汗が噴き出している。

いくら表面を殴っても強く張り直されたルッテの【硬質化(カル・セリオン)】の盾は微動だにしない。


 それでも、サリティさんは笑っていた。


とても楽しそうだった。

敵わないこと、届かないことが分かって彼女は笑うんだ。


その笑みは、敗北を悟った自暴自棄の笑いではない。

挑戦者の笑みだ。


敵わないのなら、全部ぶつけよう。

付け入る隙間もないルッテの城塞の戦い方。

それを、再度抉じ開けてやるという意志。


 サリティさんの攻略と挑戦は、次の一撃で決まるだろう。

一撃を最高の瞬間にぶつけてやる。

そんな気持ちが伝わるような、美しい精神が宿った横顔が、そこにはあった。

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