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第80話 王の試練 その2

 ネーベルさんは気を取り直し、隣の区画を指し示す。


「こちらがクラリエラの畑です。

ルミエラと同じく、アルトゥス様が持ち込まれた品種です。


現在は、原株をいくつかに分けて増やしながら栽培しております。

種子からの増殖が安定しないため、どうしても株分け中心になっておりますが、順調に生産量は増えております。

こちらはルミエラと違って、内服による薬効があります。」


「ほう、薬効か。どんなものか。」


「ええと……」


 流石にネーベルさんの口からリアナに対して「お通じ」について語るのは(はばか)られるようで、僕に助けを求める視線が向けられる。

研究者としてさらっと言ってしまっても構わない気がするけれど、それを隣国の貴人。

ましてや女性に向かって言わせるほど僕だってデリカシーがないわけじゃない。


なので、それを伝えるのは僕の役目だ。

そっとリアナに耳打ちする。


「……ほう。

ルミエラが身体の外側の美容品だとしたら、クラリエラは身体の内側の美容品ということか。」


「! ええ、ええ!まさしく!」


 ただ、リアナもそういう事を聞いて下品だなんて思うような世間知らずのお嬢様ではない。

その証拠に、僕の耳打ちでも顔色を変えずに興味深そうにクラリエラの効能について受け止めた。


表現も、僕がちゃんと「お通じ」と伝えたのにもかかわらず、口にするときはお上品なものに言い換えられている。

その表現がとてもよかったのか、身体の内側の美容品という表現をネーベルさんが素早くメモしていた。


製品を売り出す際のセールスメッセージの参考にでもするのだろうね。

流石の抜け目のなさだ。


「味はどうだ?」


「お湯で溶いて飲むことができる程度には癖は少ないですね。

ただ、あくまで我慢ができる程度です。


苦みと青臭さはルミエラよりだいぶ強いです。

柑橘のような香りがするので、爽やかな飲み口ではありますが、できれば甘味と併せたいですね。」


「苦味と柑橘系の香りか。」


 ちらりと僕の方に視線がくるので、そっと目をそらす。

それだけでリアナは大体察したようだ。


どうせ麦酒のフレーバーとして使う気だっただろう。

言葉にしないものの、リアナにはバレバレのようだった。

僕の目逸らしの理由を察したリアナは、今はネーベルさんとの話し合いを優先することにしたようだ。


「効果はどうだ?治験も行っていると聞いたが。」


「当家の使用人の女性と、一部の料理人が使用しております。

使用を始めてから3日ほどで効果が出始めるというのが治験ちけん者の平均です。

ただ、ごく一部は効果がありすぎて腹痛を起こす者もいました。

この腹痛を起こした治験者は本当に重度の悩みを抱えてたものです。」


「その者はどうなったのだ?」


「流石に一時摂取を中止させました。

しかし腹痛後、長年の詰まりの感覚がすべてなくなり、食欲も増進しておりました。

本人の強い希望で再度摂取を始めましたが、最初のような腹痛はなく、現在も継続を望んでおります。」


「ふむ。

つまり、体質的な問題での拒否反応ではなく、効果が強すぎた結果であると。」


「はい。おそらく整腸の作用はありますが、毒性が生まれたりはしないのでしょう。

本人もこれはもう手放せないと大変満足しております。」


 リアナは腕を組み、クラリエラの畑をじっと見つめた。

そしてふいにしゃがみ込み、土の様子を確かめる。

その横顔は学問に接するときのリアナの顔だ。


ネーベルさんは、はらはらと視線を揺らしながら、僕とリアナの間を行ったり来たりしている。

いや、まあリアナだって立場は分かっているから、流石にいきなり土いじりは始めないよ。


とはいえ、気になるんだろうね。

土の粒度、湿り気、匂い――そういうものを確かめたいのが、研究者肌のリアナであり、農耕の国の王たるリヴェリアスという人物なのだ。


「……夫人よ。土を貰っていいか?」


「……後程ご用意いたします。」


 直接畑の土に手を伸ばさなかったことに、ネーベルさんはホッとする。

ね、大丈夫でしょう?

僕が視線を向けると、なんだか意地悪なことをされたことをとがめるような視線を向けられる。


なんでさ。


「現状、課題はあるのか?機密事項は伏せて構わない。」


 ネーベルさんは姿勢を正し、慎重に言葉を選んだ。


「やはり、畑の環境再現がアルトゥス様のレポートを元にした予測での再現になってしまっている点ですね。

現状育っているので問題ありませんが、詳細な環境の情報を収集できないため、今後問題が起こらないとも限りません。」


 これは僕が課題として挙げていた点だ。

植物が育つ環境の変化とは、結局のところ植物がその土地にどう馴染むかに左右される。


基本的には最低限の環境再現をすれば、強い植物は世代を重ねるうちに、土壌や水に慣れていく。

ルミエラもクラリエラも、多肉植物としては十分に強い部類だ。

が、どうしても勝てなくなる要素というものがある。

それが風土病のような、その土地固有の敵の存在だ。


 その中でも僕が最も危険視しているのが、抗体の喪失である。

リヴェリナの湿地帯のうち、少しだけ乾いたところに群生していたこれらの植物は、リヴェリナの風土に合わせた抗体を体内で生成していた可能性が高い。


湿地帯は生き物が多い。

菌、虫、微生物。様々な生き物が存在している。


こういった環境ではそれらに負けない強い抗体を生み出す個体が生まれ、それが広がっていくものだ。

だが、畑にはそういったストレス環境がない。

すると、どうなるか。


世代を重ねるうちに、抗体が不要なものとして失われていく可能性があるんだ。

こうなると、原生の個体とは違った性質に変わってしまうなんてことがあり得る。


その結果、病気に弱くなって、その土地に昔からある病に負けるようになり、全滅する未来があり得る。

僕はそれを強く危惧していた。


 こういった現象を可能な限り避けるためにも、原産地の土や、現地で育った株の交配用サンプルを早期に確保することは必須だ。

もちろん、杞憂きゆうで終わる可能性もなくはない。


ただ、クラリエラは内服と継続が重要な薬効を秘めている。

治験者の中に、ずっと使い続けたいと語る者がいる程度には絶やしたくない製品になる可能性がある。


そういったことを考えると、一気に全滅して輸入するしかない。

そんな事態になることは、僕もネーベルさんも望んでいない。


「……相分かった。

クラリエラは、かなり重要な製品になる可能性があるな。」


 リアナは静かに息を吸い、王としての判断を口にした。


「では、製品化に向けて両国で互いに人材を送り合うのはどうだ?

こちらからは、研究に携わっていた民間人を派遣する。

代わりに、リヴェリナでも製造を認めてほしい。」


 その提案は政治的にも、研究的にも、極めて正しい。

ネーベルさんは驚いたように目を瞬かせ、すぐに深く頭を下げた。


「……閣下。そのようなご提案をいただけるとは。

もちろん、当家としても大変ありがたいお話です。

原産地の知識を持つ方が来てくだされば、栽培の安定性は格段に向上するでしょう。」


 リアナは頷き、続ける。


「ここでの研究はリヴェリナより格段に進んでいることは疑いない。

だが、夫人の危惧の通り、原産地の環境を知らずに進めるのは危ういだろう。

有用な植物である以上、互いに補い合うべきだ。


とはいえ――」


 ここからが大事なことだと、人差し指をたてて注目を集める。

ネーベルさんはその仕草を見て、ペンをとった。


「研究成果の基本的な権利はアリヴィエ側。

ひいてはミリアルデ家にあることは必ず明記してくれ。


万人に用いる公共性の高い医療品に近いものだ。

製品のレシピなどは、リヴェリナは買い取る契約にしよう。

場合によってはアリヴィエ海邦の中央政府を通す大きな案件にもなるだろう。」


 ネーベルさんはその言葉にごくりと喉を鳴らした。

つまりは、クラリエラの研究がリヴェリナとの新しい共同研究に昇華する可能性があるということを、リヴェリナの王が示したということだ。


「とてもありがたい話ですが、直ぐには頷くことができません。

私はミリアルデ家夫人でしかありませんから……」


「もちろんだ。この場で決まるような事案ではない。

とはいえ、クラリエラの効能は魅力的だ。

場合によっては私の周辺だけでも摂取を開始させたい。


……いや、これは持ち帰って正式に考える必要があるな。

だが、(リアナ)の名前を直接は使えない。

すぐには動けん。」


 リアナはまた頭を抱えた。

現在の立場はメルフィス伯爵。

隣国との約束として、正式に計画を形にするためにはリアナの名前が必要だ。


とはいえ、クラリエラの効能を知ってしまえば早期に運用させていきたい。

でも、権利を侵害するわけにはいかないから、リヴェリナ国内で内服薬を先行して作るわけにもいかない。


僕は苦笑しながら肩をすくめる。


「国が大きいって、面倒だよね。」


「……本当に面倒だ。」


 リアナはそう言って、力なく笑った。

けれどその笑みは、諦めの色を帯びてはいない。


一度、心を落ち着かせるための呼吸。

次の行動へ向かうために、余計な力を抜くための笑み。

その瞳の奥には、まだまだやるべきことがあるという王としての火が、確かに灯っていた。


 リアナは他者に試練を与えるだけの王ではない。

自分自身にも、同じだけの重さを課す。


王の試練。

それは、いつだって唐突に。


そして、誰よりも先に王自身へ訪れるものなのだから。

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