第79話 他所の庭にうちの果実が実っている
「最初に誤解を生まぬよう、断っておく。
本視察はメルフィス・レッドフォルテ伯の名において行われるものであり、ここで現在研究中の成果に対する秘匿事項及び専門知識に対する強制的な接収は一切ないものと考えてくれて構わん。
また、リヴェリナとの関係構築において本件での交渉や提案の拒否は無関係であることを、ここに宣言しよう。」
合流して早々、真面目にそう語るリアナに対して、ネーベルさんは一瞬キョトンとしてしまう。
だが、その言葉に含まれる様々な約束事項に気づき、顔を引き締め直す。
相手の立場を最大限尊重する。
ネーベルさんはこれをリアナの立場で言葉に表すこと大事さを瞬時に理解したようだ。
「……閣下の御心に感謝いたします。
ミリアルデ家で行っている研究は、現状外部に公開していない情報が多く含まれます。」
「うむ。そのうち問題ないと思われるものだけ紹介してくれればよい。
概要や興味があることは質問させてもらう。
しかし、話せぬことも多いだろう。」
「承知致しました。
とはいえ、できる限りは誠実にお答えさせていただきますね。
まずは外からご案内いたします。こちらへどうぞ。」
ネーベルさんは深く一礼し、研究棟の裏手へと続く小道を先導する。
リアナは頷き、僕と並んで歩き出した。
研究棟は周囲を高い木の塀で目隠しをしてはいるものの、そもそもミリアルデ家の庭園内に存在しているものなので、警備そのものは緩いものだ。
塀の存在も秘匿のためというよりは、庭園で働く領民に余計な視覚情報を与えないための配慮に近い。
これは他所からの干渉に領民が巻き込まれないように気遣うようなものである。
リアナもその緩い警備体制にはあまり興味を持たなかったようだが、情報を領民に対し、ある程度目隠し程度の薄いガードで済ませていることには少々面食らったようだ。
ネーベルさんへの質問も、情報漏えいの心配を質問していたが、そもそもそこまで秘匿しないといけない情報とまではいかないこと。
侵入しない限りは大した情報を得られないでしょう。
なにより領家の庭園に無許可で侵入するメリットがないですねと笑っていた。
「そんなものか?」
「領家の権限がリヴェリナほど独立してないんだよ。」
僕が補足すると、リアナは「またか」という顔をした。
「小国であるアリヴィエ海邦は、領家も中央政府によってそれなりにコントロールされている。
国の領土が狭い分、機密を抱える場合は国家全体で向き合うし、領家での研究は国の中で広く共有されている。
だからこそ、情報秘匿に対する意識が寛容なんだと思うよ。」
「むう、またリヴェリナでは難しい件か。」
「国土が大きいと、どうしても中央政府の力よりは領家の力に依存しちゃうしね。
領家だって中央が自分たちを守り切る保証がないのは分かっているし、歴代王家もその自治の力に頼っていたんだから仕方ない。」
「ええい、歴代のじい様たちが領家の勝手を許すから……」
ぶつくさと文句を言うリアナに、僕とネーベルさんは顔を見合わせて苦笑する。
勝手という意味では、リアナも王家主体でコントロールできるようにしたいというという願望をしっかり持っているのに、そこには全く思い当たっていないらしい。
まあリアナは、そこに強制力をもった王命を下さず、ちゃんと議会で相談と合意をとってから行動しようとするんだけどね。
こういうところで無理矢理いう事を聞かせたら嫌っている貴族と同じになるという抵抗があるのがリアナのいいところだ。
それでも、他所のやり方が羨ましいなと感じて、真似できないとなると不満が止まらないらしい。
研究棟の裏手に出ると、陽光を浴びた畑が広がっていた。
区画ごとに背丈も色も異なる植物が植えられている。
中でも広い範囲に淡い光を帯びたような肉付きの良い葉が整然と並ぶ一角が、そこにはあった。
「こちらが、ルミエラの栽培区画です。
アルトゥス様が持ち込まれた多肉植物ですね。
原生はリヴェリナの比較的乾燥した土壌に根付いていると伺いまして、畑より締まった土地での栽培を試しております。」
「リヴェリナの植物なのか。薬用か?」
リアナの問いに、ネーベルさんは手元のレポートをめくり、数枚を抜き出して僕に手渡す。
すると、リアナが無言で僕の袖を引き、手のひらを上に向けて渡せと催促してきた。
直接渡せばいいのにね。
立場的にできるわけないけど。
「食用にも耐えられますが、薬効は強くないと判明しております。
現在は主に葉肉の成分を精製し、基礎化粧品としての研究と臨床試験を繰り返しております。」
ペラペラとレポートをめくりながら、興味深そうに成分抽出方法や圧搾での強い刺激臭の対策など、細かな報告に目を通す。
ふと、リアナは僕の袖を、もう一度そっと引いた。
その顔にはなんだか苦いものを噛み締めたような、複雑そうな表情が浮かんでいた。
「……これはリヴェリナの植物だよな?」
ああ、やっぱり気になるのはそこ?
リアナの問いに、僕は軽く肩をすくめる。
なんとなく言いたいことはわかる。
なんでうちで研究しないで隣国に持ち込んでいるんだという抗議だ。
「見つけたのはリヴェリナだよ。
だから、領内でも同じように研究が進んでいるはずだ。」
「……当該地域の領主から報告が来ていないのだが?」
リアナの眉間に、うっすらと皺が寄る。
そこに込められているのは、舐められてるのか?という疑問。
さらに僕に対して、そもそもお前はこういう価値のあるものを何を勝手に渡しているんだという憤慨であった。
でも、それはお門違いだよ。
「僕名義の民間研究から始まってるし、向こうは食品としての可能性に注力してるはずだからね。
報告が上がらないのも、まあ……よくある話でしょ。」
「そもそもお前が私にちゃんと報告しろよ。
うちの特産品にできたかもしれないだろ。」
おや。なんだか勘違いされているみたい。
「王都にも送ったに決まってるだろ。
僕の研究棟に毎週どのくらいのサンプルが届き続けているのか、ちゃんとチェックしてる?
そこにこれも入ってるし、レポートも上げてる。
そこから成果をピックアップするのは王都の仕事ってリアナが言ってただろうが。」
その言葉に、リアナの動きがピタッととまる。
「それに、現地での栽培は続いているかもしれないぞ。
成果が出る前に、民間だから予算の関係で打ち切ったかもしれないけど。」
僕が若干心外だと抗議すると、リアナは言葉を詰まらせた。
やがて、全部をチェックなんかできるわけないだろと、もごもご口で言い訳した後、「はぁ……」と深いため息をついた。
その横で、ネーベルさんが申し訳なさそうに口を開く。
「リヴェリナほどの大国となると、毎週のように報告が大量に上がるでしょうし、チェックしきれないのは仕方ない面がございますね。
当地での研究に回せる予算が領主にない場合も多いでしょうし。
些末な研究は、どうしても後回しになりがちかと。」
「……分かっている。分かってはいるが……。」
リアナはこめかみを押さえ、国が大きいことの不便さに頭を抱えていた。
この辺りはリアナだけの問題じゃない。
リヴェリナでは役人と研究者との距離が遠いんだ。
そりゃそうだ。それぞれの専門分野が違うし、関わり合うところが少ない。
なんなら、役人から予算を勝ち取らなきゃいけないから、研究者とはむしろ対立しているようなもんだ。
さらに、リアナの改革によってその役人たちも手一杯という面も大きい。
僕の研究だから優先的に見るわけにもいかないしね。
対して、前にも言ったけどアリヴィエの改革は早い。
海の向こうからの情報や新しい技術を積極的に取り入れる。
この早さの理由は、国土の狭さだけではない。
アリヴィエ海邦の政府とは、大きな政府なのだ。
海邦議長であるネーシアス代表――ネーシアス=セルバトール海邦議連代表は、以前こんなことを漏らしていた。
『アリヴィエは領家の集まりで誰かが王権をもってない。
だからこそ政府の大きさが肥大化している』
そんな悩みを吐露していた。
その点、リヴェリナは王からのトップダウンだから、意思決定は早そうで、リアナには期待していたようだった。
だが、実際は違う。
リヴェリナは領家一つ一つがそれなりに大きいし、自治力も強い。
故に王家には国のかじ取りよりは安定した環境のための責任機構としての存在を望んでいる。
そのため、まあ王様の命令が届きにくいこと届きにくいこと。
王権行使して無理矢理いうこと聞かせようとしたら、相当な反発をうけるだろうね。
皮肉なことに、アリヴィエから見れば
「王がいるから制御しやすい国」
に見え、リヴェリナから見れば
「政府が大きいから制御しやすい国」に見える。
お互いに良い所しか見ないという面では共通しているんだから、相談すりゃいいのに。
……ああ、もしかしてリアナが昔ネーシアス代表のことを狸呼びしてたのって、そういうことか?
多分だけど、以前の会見ではリヴェリナではうまく指示が末端に行きつかないから約束しにくいって話をして、ネーシアス代表はトップダウンで命じりゃ一発なのに、なんで即答しないんだって思ってたってことか。
で、ネーシアス代表はのらりくらりとリアナの言葉を躱したから、煮え切らない態度な上にどっちともとれそうな回答ばかりされたリアナは、いい所を選んでいそうな彼を狸呼ばわりしたと。
なるほどね。
意外なところで繋がったな。
「いい所だけ見ているから、相手の気持ちが分からないんだよ。
どっちもそれぞれのいい部分だけみて羨ましいと妬むのはやめなさい。
ある意味正反対みたいな国なんだから、参考にしても真似をするのはよくない。
口に入れて、咀嚼して、吐きだして。
食べられるところだけ食べるの。」
「例えが汚い。もっと美しい言葉で。」
「実る果実が欲しいなら、足元をよく観察しなさい。
持ち帰って芽吹かなかったと癇癪をおこすんじゃありません。
何事も足元から始まります。」
「子ども扱いしないでよ……。」
僕の例えが説教くさく聞こえたのだろう。
今度はリアナは頬をふくらませ、視線をそらす。
ああもう、面倒だなぁ。
どう言い換えればいいんだろう。
「あの……アルトゥス様?」
僕が言葉を探していると、頬を若干引きつらせながらネーベルさんが困ったような笑顔を浮かべている。
どうしたんだろう?
「その、大変申し上げにくいのですが、こちらはメルフィス伯であって。
その、私がいる前で高貴な血のお方のお名前を口にされるのは……その……」
「「あっ」」
僕とリアナは、同時に声を上げた。
やばい、部外者に普段のリアナとのやり取りを聞かせてしまったようなものだ。
しかも、最初に宣言していた通り、メルフィス伯として向き合ってくれとお願いしていたのに。
リアナは咳払いをして、そっと視線を逸らした。
「……すまない。聞かなかったことにしてくれ。」
「もちろんでございます。私も、耳が悪いものでして。」
ネーベルさんは、本当に聞かなかったことにする覚悟の顔で微笑んだ。
そりゃそうだよね。
そんな余計な心労抱えたくないもの。
その勘弁してくださいという表情に、僕とリアナは申し訳ないことをしてしまったと反省することになった。




