第77話 朝の風景に王の興味を添えて
「ふむ。アリヴィエではグラナが主食と聞いていたが、なかなかどうして。
麦のパンと違ってかなり香りが強いな。」
「癖が強いものですが、お口に合いますでしょうか?」
「うむ、悪くない。
この口に広がる香ばしさは食欲をそそる。
アルトゥス、グラナはリヴェリナで育つか?」
「難しいと思う。
リヴェリナの土は肥沃すぎて、グラナが育つには栄養が過多だ。
育てるなら、専用の土を一から作らないと。」
「そうか。ならば輸入が現実的か。」
リアナは淡々と結論を出すが、その頭の中では為政者のそろばんが弾かれているのだろう。
「名産地はアリヴィエ西部山沿いの、乾燥地帯でございます。
より薫り高いグラナが収穫されます。
ヴァルエルナのグラナは、小粒で舌触りがつるりとしていますね。」
「なるほど。
この香ばしさを重視するならより乾燥した地で育つグラナが適しているという事か。
当国の麦の事情とそのあたりは変わらぬな。
北の麦は香りが豊潤で食べ応えのあるパンになるが、南の麦は小粒で粉がなめらかだ。
しっとりした舌触りのパンになる。」
「北の国の麦はあまりこちらに流れてこないのは何か理由があるのでしょうか?」
「私もそのあたりを何とかしたいのだがな。アルトゥス、どうしてだめなんだ?」
「傷みやすいんだよ。
粉にしても、麦の状態にしても、湿気ですぐにダメになっちゃうんだ。
北の麦は乾燥に強い分、湿度の高い南の地を経由することで悪い病気を貰いやすい。
後々問題になっても困るから、輸出は禁じたのさ。」
「なるほど。
ちなみに乾燥に強いのでしたら、アリヴィエでの栽培はいかがでしょう?」
「実は今、森で試験栽培を始めてもらっているのがその北部の麦でね。
ただ、現状だとそのまま使うのは問題ありそうという報告が来ているんだ。
どうやら、森の湿度でやられているらしいんだ。
でも、荒野側で育てたら、結果が変わるのではないかという予測も立ててくれているよ。」
「気候の問題はクリアできそうなのですか?」
「森の近くなら問題ないと思う。
トゥガナトから吹き降ろす風は、リヴェリナ北部の気候に近いものにしてくれる。
ただ、これはリヴェリナで育つ麦の中で選ぶなら北部の麦が適しているだろうという予測に過ぎない。
アリヴィエ全土で育つ麦という意味では、アリヴィエの気候に合わせた麦を研究する必要がありそうだと思うよ。」
僕はグラナ・ブロートを口に運びながら、そう答えた。
ミリアルデ家の朝は、眉間にしわを寄せて互いの国の名産について意見を交わす、どこか空気が引き締まる雰囲気の中で始まることになった。
アリヴィエらしい麦の研究という部分に何かを感じたシルバナくんは、横の執事にぼそぼそと耳打ちをしている。
リアナもリアナで横に峙つ騎士に何かを命じている。
食卓なのに、漂うのは政治の匂い。
こういう有意義な緊張は嫌いじゃない。
とはいえ、食事の時間であるということを意識してほしいよ。
ほら、料理長がハラハラと緊張感を漂わせながらでリアナの様子を伺っているじゃないか。
美味しいし、気に入ったのなら、なおさらそういう人に伝わるような態度をしないと。
「そういう話もいいけれどね。
今はみんなが楽しく食事する時間だよ。
エーリスのようにただ美味しそうに食べてくれるほうが、眉間に波を作るよりは、人の心を穏やかにさせてくれるものさ。」
「ひゃっ。せ、せんせい……。
淑女のしょくじをじっとみてはなりません。
はずかしいですわ……」
そう言って顔を赤らめながら口元を隠すエーリス。
そのお皿の上の料理は綺麗になくなっていた。
ちなみに席次はなんとリアナの隣である。
リアナが、気軽に食べ方を教えてくれるものがいて欲しいとのことで、直々のご指名が入ったのだ。
ネーベルさんは若干難色を示したものの、エーリスが指名されたことにはりきっていたこと。
何より、リアナに対して物怖じしておらず、自然体であったことが決め手となった。
エフィが朝食にいないでよかったよ。
あいつがいたら、まーた貴族の娘を王の隣に座らせるなど不敬!とか余計なことを言ってエーリスを怖がらせかねない。
ちなみにエフィは初日なので寝ずの番を担当していたから、現在お休み中だ。
「メルフィス殿、こういったときは純粋に食事を用意してくれた料理長に感謝を伝えてもいいのではないかな?」
僕がリアナにそういって目配せをする。
リアナは、多少バツの悪そうな表情を浮かべつつも、言葉を繋げる。
「……む。それもそうだな。
とはいえ、私が直接言葉をかけるのも恐縮してしまうだろう。
シルバナくん。変わりに伝えてくれないか?
大変美味であったと。」
「はい、もちろんです。
当家の日々の食卓を取り仕切る自慢の料理人です。
お口に合うものをご用意できたことを、光栄に思います。」
リアナの感想を聞いた料理長が壁の向こう側でずるずると脱力する気配を感じた。
よっぽど緊張していたらしいね。
ま、それもしかたないだろう。
昨夜のディナーと違い、今朝の料理は掛け値なしにミリアルデ家のいつもの食卓だ。
これもリアナが、ヴァルエルナのいつもの食卓を知りたいと希望したためである。
それを聞いた料理長は大慌てだ。
もてなし料理こそ、それなりに自信をもって勝負にいくメニューを選べた。
だが、朝のメニューではそうはいかない。
豪華にすれば意にそぐわないものをお出しするという不敬。
言葉通り過ぎて、質素ではないかと指摘された場合、ミリアルデ家の品格を問われる。
いつもの食卓と言われても、出すには勇気が必要だった。
今朝の食事も、かなり悩んだ様子が見て取れる凝り方をしつつ、派手になりすぎないようなメニューが用意されていた。
基本的にミリアルデ家の日々の食事はアリヴィエの食材を中心にした魚や肉料理、そしてグラナを使った主食からバリエーションを選ぶ。
僕はグラナ・ブロート、シルバナくんはグラナ・パルテという固焼きのパンのようなものを選んでいる。
リアナはそれぞれを少しずつ用意したものだ。
ただ、アリヴィエでは主食はどちらもスープに浸して食べるのが主流のため、どちらも結局グラナ・ブロートのような崩れ方になるんだけどね。
だとすると何が違うのかって話になるんだけど、慣れている人はグラナ・パルテは主菜のソースに浸して食べることを好むためだ。
今日の主菜は|リュフマ・ヴェルダ《山鳥と燻製野菜の香り葉包み》。
海沿いに生える木は大きな葉をつけるのだが、これが熱を通すと香りが立つ。
その葉で具材を包んで蒸した料理がこれだ。
味付けに蕎麦麹で作る発酵食品グラナ・ガルムを利用していて、これが蒸したときのスープに溶け込んでいる。
こういったものをちょっと固めのパンで吸って食べるんだね。
リアナもエーリスから食べ方をレクチャーされながら、時折目を丸くしてよく食べていた。
ちなみにリアナも食事しているところを見てるとちょっと不機嫌になる。
エーリスのように恥ずかしいとかではないらしい。
なんだか爺さんが孫の食事を慈しむような生暖かい視線がとても嫌だかららしい。
ただの事実なんだから気にしないでいいのに。
「なるほど、主食のグラナはかなり歯切れがよいのだな。
麦のパンでも固く締まったパンを好む地域があるのだが、そちらでもやはり基本的にはスープに浸して食べる。
こちらでもそれは変わらないな。
だが、グラナ・パルテは崩れても少し粉っぽさと粒が残り、その分香りが強くでるのか。」
「流石でございます、メルフィス様。
ヴァルエルナでは基本的にグラナは少し粗挽きにして、粒を残すのを好みます。
こうすることで噛んだときに香りが開きますので。
ただ、粒が舌に残りやすいので、リヴェリナのパンに慣れてらっしゃる閣下には合わないと料理長は心配しておりました。
……ですが、私はあえて粗挽きを指示させていただきました。」
「なるほど。
日頃慣れていないものを出してもいいと思うくらいには、食に冒険できるほうだと昨夜の食事で感じたのかな?」
「ふふ。
昨夜の食事もリヴェリナの料理よりも、見慣れぬアリヴィエの料理を好んで口にしていらっしゃってましたから。
その上で、朝食にいつものメニューと仰られましたのであれば、意図は明白でございます。」
「そうか。
コレのように不躾に食事の風景をジロジロみてはないだろうな?」
そういって人のことを指さしながら顔を顰めてコレ呼ばわりするリアナ。
「騎士もいるのに、そんなジロジロ見られるわけないでしょう、メルフィス伯。
というか、指を指さないでください。」
「もちろん、あくまでどんなものを好んでとらせていたのかを騎士の皆様に給仕した者たちから聞いた話を取りまとめたにすぎません。」
「アル、見ろ。
これが紳士というものだ。
お前も少しは見習ったらどうだ?」
「メルフィス伯以外の女性に対しては、紳士にしておりますので。」
「……ほう。女の話をしたか。
よし、後で話がある。」
めんどくさいなぁ、もう。
というか、公共の場で愛称で呼ぶんじゃないよ。
ほら、エーリスが目をキラキラさせてリアナを見ているじゃないか。
「アルトゥスせんせい……せんせい……アル……せんせい……。
……アルせんせい!?」
キャーと両手で顔を覆いながら顔を赤らめて震えている。
ネーベルさんはその様子をみて何か言いたそうだが、流石にこの場で窘める勇気はなさそうだ。
穏やかな微笑みを浮かべてはいるものの、口端が軽く引きつっている。
この後のエーリスが落ち込んでいたら、慰めてあげないとね。
「鳥はどうやってとっているのだ?かなり新鮮に感じるが。」
「山鳥は森で畜産しております。
食卓のプレイスマットもこちらの山鳥の羽毛を編んだもので作っております。」
「畜産か。
山鳥の畜産は採算としてはどの程度期待しているのだ?」
「フェザー工芸品が比較的海の向こうで人気を博しておりまして、高級品として流通しております。
数字を直接お見せすることはできませんが、昨年度からリヴェリナのお客様も増えておりまして……」
「食事中はそういう話やめようってさっきいったよね!?」
眼を離すとすぐにお金の話するの本当によくないからやめようね!
こうしていつもと同じような風景のはずなのに、見慣れぬものに興味を持ち続けるリアナのおかげで、妙に長く、妙に濃い朝食は続いていくのであった。




