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第75話 難儀な孫娘たち

「不敬ではないですか!?」


「伯爵対応として実にまっとうだ。

何より、望んだ対応に合わせるためにはどうすればよいだろうかという気遣いが見て取れる。

この柔軟性はうちの頭の固い連中にも見習ってもらいたいくらいだな。」


 真っ二つに割れる評価。

ぷりぷりと頬を膨らますエフィリス団長殿に対して、リアナはにやにやとした笑みを浮かべながら絶賛している。


話題はもちろん、ミリアルデ家の使用人たちのリアナに対する伯爵対応についてだ。

僕が部屋に戻ってきて以降、使用人たちの態度が変わったとエフィが苦言を呈してきたのだ。

それに対して印象を聞いた答えがそのふたつの答えだった。


 僕の立場?

そもそも伯爵対応で十分ですといったのはエフィだ。

王室近衛騎士団長ともあろう方が、自分が吐いた言葉を飲みこむ様な不作法はしないでいただきたいものだね。


というわけで、全面的にリアナの肩をもちます。


「あれは、建前というものです!」


「国外で何を立てているんだ。

自分の家の庭に立て付けるのならいざ知らず、人様の庭にお邪魔してるということを忘れるなよ。

こちらが伯爵として対応しろとお願いしているんだ。

その上、その裏のお気持ちまで推し測れとは、私を腫物にしたいのか?」


 リアナの呆れた声に、エフィはぐぬぬと歯を食いしばる。

言い分としてはリアナがまっとう。

だが、近衛としてはミリアルデの使用人たちの態度に一言物申したい。

そんな歯がゆい気持ちを感じる。


 でもなぁ……。

正直なところ、かなりリアナたちの立場を考えて対応していると思うぞ。


エフィの寝室もリアナの隣に用意し、リアナの寝室の前には護衛寝ずの番の際にも休憩できるように椅子とテーブルを置き、水差しを用意する。

緊急時には駆けつけやすいよう地図を配り、騎士団員たちが待機できる大部屋も用意した。


その上で、使用人たちが住むスペースを解放し、いつでも食事がとれるように取り計らってくれている。

団員達も、使用人や街の人たちから必要以上に距離を取られないし、食事も美味しいし、不満はないようですと言ってたのはエフィだ。


つまり、リアナ以外の対応については絶賛していたといってもいい。

なのに、リアナに関する部分にだけこれだ。


「……そりゃ、私としましてもミリアルデ家の対応そのものに不満はありませんよ。

ですが、その。

陛下と分かっている以上、それなりの対応というものがあるではないですか。

ヴァルエルナで日常的に飲まれているお茶をお持ちしたり、マッサージと称してお身体に触れるような真似をされるのは少々行き過ぎではないかと……」


「ちなみに、どっちもリアナが要求したことだからね。」


「旅で疲れてたし、マッサージは最高であったぞ。

茶も、悪くない。

いつも楽しむリヴェリナ麦の茶とは違い、酸味と甘みが深いのが珍しかった。

帰りにいくらか持たせてもらおう。

アル、金子きんすと名誉、どちらをミリアルデは好む?」


金子きんす。あと、農作物の種。」


「うむ、分かった。

金子は置いていこう。

農作物の種は持ち合わせておらんな。

王都に戻ったら茶の葉の苗木でも送ろうか。」


「種はアルトゥス様の欲しいものでしょうが!」


 バン!と机を叩きながらガァーッと組みつかんばかりにエフィが顔を真っ赤にさせて抗議する。


本当に何が不満なんだよ。

こっちとしては急にリアナを連れてきてしまったことに対して負い目があるし、そもそも止められなかったエフィにだって責任があるんだ。

止められるか止められないかという問題はあるから、同情はするけれど。

だからといって味方にはなれない。


というか、先に世話になっている僕がミリアルデ家に無茶をお願いしていることを本当に理解しているのか?

客人として世話になっている手前、これ以上彼らに負担を強いたくはない。

そんなにミリアルデ家の使用人たちにリアナと関わってほしくないなら、それ相応の態度と対応というものがあるだろうに。

それこそ、こちらでお世話はこちらでやるから部屋だけ借りるという事だってできたはずだ。


何が言いたいかというと、エフィだって彼らのおもてなしに甘えている状況なのに、彼らのことを拒絶しない理由としてリアナの言い分を盾にしていることがかんさわる。

主君への不満を苦言という形で表せないのなら、せめて黙って主君のやることやいう事に対して従順にしておけばいい。


 僕は若干イラついた表情を浮かべてしまう。

対するエフィも負けじと僕を睨み返した。


「エフィ、いい加減にしろ。」


 リアナは、いつもの柔らかさをすっと引っ込め、リヴェリアスとしての響きを帯びた声を出した。


「そもそも、無茶を言って居座っているのはこちら側だ。

彼らには彼らのやり方がある。

そして余は、その日常を見たい。

かつてリヴェリナの庇護に入ることもできた歴史を持つヴァルエルナの、生き方の選び方の一端というものを。」


 エフィの肩がびくりと揺れる。


「リヴェリナの王として敬ってほしいというお前の気持ちは理解する。

だが、あえてその状況に身を置きたいという、こちらの我儘わがままも分かってくれ。


ずっと無茶を言ってすまない。

だが、この上アルの気分まで損ねるというのなら――このままリヴェリナに帰るぞ。

お前はそれが望みなのか?」


 詰問するような強い口調。

エフィの背筋がピンと伸び、顔色が変わった。

恥をかかせた上に、相手に失礼があったと誤解される帰還をさせるつもりか?

そう叱責しっせきされたのだと、ようやく気づいたのだ。


「……申し訳ありません、陛下。」


「メルフィスだ。何度も言わせるな、エフィ。」


 リアナはため息をつき、少しだけ眉を寄せる。


「こっちに来るまでは、我儘わがままを言って雑に扱われても、文句言わないでくださいねとお前が言い続けていたんだぞ。

その手前が、基本的なことを忘れるな。」


「……はい、申し訳ございません。

アルトゥス様も、申し訳ございません。」


「いいよ。エフィのことは分かっているつもりだから。」


 本当に難儀なんぎな子なんだから。

自分が少し雑に接するときがあるくせに、他人にはそうやって完璧を求めるのはエフィの本当によくないところだ。


最近は明確に騎士団長という立場に応じた振る舞いというものを覚えたおかげで鳴りを潜めてきたが、こうして周りに目のない空間になると、途端にリアナ至上主義になるところがあるからなぁ。

どうにも自分以外には彼女を王として正しく評価されたいという思いが暴走しがちというか、面倒になるところがある。


まあ、忠誠心が強いのは良いことなんだけどね。

普段から対面するこっちとしては面倒だけど。


「これとずっと一緒にいて、毎日毎日リアナ陛下リアナ陛下と王の姿の理想やら、ここ凄く良かったですとか毎日いわれているんだぞ。

アル、耐えられるか?」


「まあ、エフィだし。」


「過剰だといっているんだ。

私としては友人としての振る舞いをいい加減に覚えてもらいたいものだ。

覚えるというか、思い出すというか。」


「なっ、酷くありませんか!?」


「酷くない。

アルに術式を教わってたころを思い出して欲しい。

あの頃は、私よりアルに対して執着してた頃だったから、お前とも接しやすかった。」


「そんな昔のころの話を持ち出さないでください!」


「というか、お前いつまで私の部屋に居座る気だ?

アルと2人で話したいんだから、そろそろ出ていってほしいんだが。」


「本当に酷いです!アルトゥス様と2人っきりとか、認めません!」


「いいからででけ。」


 これ見よがしに眉間にしわを寄せ、しっしっと追い払うリアナ。

そのあからさまな邪険じゃけんにエフィが膝をつく。


ええい、チラチラと僕の顔を見るんじゃないよ。

何より、そんな傷ついているところ申し訳ないけれど、そもそもエフィが面倒くさくなったリアナを僕に任せようとしていたよね?

実際に任せるチャンスがきたらフォローしてもらいたそうにするのは駄目だろ。


「エフィ。

ここ最近なんか我儘が悪化しているね。

もしかして、型稽古かたげいこだけして実戦訓練が疎か(おろそか)になってるんじゃないの?

久しぶりに手合わせしようか?

とりあえず怪我がないように打ち込み鍛錬から……」


「ごゆっくり、どうぞ!夕食のころに迎えに行きます!」


 僕が彼女の「教育担当」時代の表情をしながら指を鳴らすと、エフィは見事な速度で退散していった。


うん、彼女も僕の教え子の一人なんだよね。

正式に近衛になるために、術式、剣術、宮廷作法に座学まで。

リアナと机を並べて鍛え上げた、側近の中でも特別エリートなのがエフィリスなのだ。


抜擢ばってきの理由もリアナの親友だったから。

どうも小さなころからリアナの騎士になるのが夢だというので、じゃあちゃんと鍛えて欲しいとリアナに頼まれて一緒に教えたのだ。


昔は僕のことだってアル先生アル先生って無邪気に慕ってくれていたのに、本格的に鍛える頃には随分とビビられるようになってしまったのだ。

女と思って鍛えないでくださいなんてご立派なこと言っていたので、ちょっと厳しい訓練をやらせただけなのになぁ。


「ひと月森でサバイバル生活させたり、グランヴェラル()を一人で狩らせるのはちょっと厳しいレベルではないと思うぞ。」


「……リアナ、できたじゃないか。」


「私は鍛え方が違うからな。」


 そういってリアナはソファから腰を浮かし、ひとつ横にずれた。

僕が黙ってそれを見ていると、リアナはじとっと僕の顔を見上げ、無言で隣をボスボスと叩く。

ふふ、いつまでもこういうところがあるのを見ると、本質は変わってないなと思う。

これだけ見ていればこの子が厳しい王の姿を持っているとは思えないよね。


「いつまでも子ども扱いするのは、エルフのよくないところだな。」


「エルフというより、目線がおじいちゃんですので。」


「……なら、遠慮なく甘えてもいいよね。」


 僕のちょっとした意地悪に、リアナはむっとした顔をしながらも、そっと僕の袖をつまんだ。

変わり続ける立場はあるが、僕とリアナの距離はずっと変わらない。

この子がどれだけリヴェリナの王として背伸びをしても、僕の前ではこうして素のままでいられる。

そこに僕のいる意味があると思っている。


この子がいつまで王を続けていくつもりなのか。


それを知っている僕は、こうやって彼女が王様の間はこの距離で見守っていこうと思う。


少しだけ背伸びが上手な、ただの女の子のために。

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