第74話 王に捧げる、変わらない毎日という名のもてなし
「基本方針はひとつだけ。
あの子をメルフィス=レッドフォルテ伯爵として扱う。
それだけだ。」
僕の言葉に、ミリアルデ家の家令たちがざわつく。
相手はリヴェリナの尊き血。
それを理解した上での伯爵対応。
その難しい要求に皆の顔が曇っていく。
「しかし、何を召し上がって頂ければ――」
「1番いいお部屋がただの客室なのは――」
「すれ違うこともあった場合、護衛の方から――」
困惑の表情を浮かべながら、個々のケースを挙げて心配を口にする。
うーん、口だけで信用を得るのは難しいな。
僕個人の立場から言えることとしては、彼女が些細なことで怒ることはないと断言できることだ。
最初こそ、シルバナくんを試すためにリヴェリナ王の態度をしてきたのは事実。
だが、これから先はその態度は収めるはずだ。
レッドフォルテ伯というのは、当然立場を隠すための肩書でもあるが、訪問先への気遣いでもある。
国王としての対応がどれほど訪問先の神経をすり減らすかということはちゃんと理解しているんだ。
それ故、彼女としては多少気さくなくらいが望ましいとまで思っているはずだ。
……とはいえ、これは僕の口からいくら大丈夫といってもなかなか納得できないよね。
曲がりなりにも、僕はリヴェリナの『特使』なんだ。
言ってしまえば、リアナの身内の人間。
だから、信頼されていないってわけじゃないよ。
僕からこれくらいなら大丈夫だよって言っても、それに甘えること、身を委ねること。
そこに僕だから許されているのでは?
という疑念はどうしても湧いてしまうだろうしね。
さてさて、そうすると具体的に何が大丈夫で何がダメなのかを明確にしてあげる必要があるだろう。
そう考えていた時である。
「静まれ、諸君。」
不穏な空気に風が吹き込むかのように、涼しげな声が響いた。
その堂々たる声と態度。
それをこの場で示すことができる立場の者。
そんなことができるのはたった一人だ。
次期当主たるシルバナくんは、不安そうにするみんなの顔をひとりひとり見渡し、真剣な表情で口を開いた。
「恐るな。
我らは元々、狭間の民。
ご先祖様たちはこういった難しい役割をこなしながら、常に大国たるリヴェリナとも渡り合ってきた。
そのヴァルエルナの血が我らにも流れていることを忘れるな。
堂々とヴァルエルナのもてなしをすればいい。
客人に自らが考える最高のもてなしと、ヴァルエルナの毎日のありのままを。
媚びず、繕わず、今まで通りやって見せればいい。」
「シルバナ様……」
家令たちはしばし茫然とし、やがてその言葉の意味を理解して口を結んだ。
己を叱咤するように。
己を鼓舞するように。
ヴァルエルナのもてなし。
それはいつも通りこそ最高であるという誇り。
特別扱いではなく、いつもの自分たちで立ち向かおう。
若き領主はそういったのだ。
そこに含まれる信頼と自信。
何より、自分たちの築き上げてきた日常が、主たちにとって心地よいものであったと認めると示すように。
そして、ヴァルエルナという領で生まれた自分たちに、歴史を作ってきた先人の血が確かにあるのなら。
できないはずはない。
その言葉が、確かに皆の胸に届いた瞬間だった。
「……わかりました、シルバナ様!」
「リヴェリナの隣人たちへの変わらぬもてなしを」
「私たちができる最善と日常を、リヴェリナの尊き方に堂々と振る舞います!」
「それでいい。大丈夫。
僕たちの毎日をちゃんと理解してくれる賢者様がお墨付きをくれたんだからね。」
そういって、シルバナくんは僕にウインクした。
もちろんだ。
ミリアルデ家のもてなしはあの子に通じる。
だからこそ、僕は言う。
「ああ、シルバナくんの言う通りだ。
今まで通りの対応をしてくれれば何の問題もない。
君たちは十分よくやっている。
それを保証しよう。
リヴェリナ特使として、責任を持つと約束するよ。」
「「「ありがとうございます!」」」
そういって、いつも僕のお世話をしてくれるみんなが僕に頭を下げる。
そう、大丈夫だ。
彼らは本当によくやっている。
僕に対してだって過剰に壁を作らず、言葉に感情を込め、どうすればこの人が快適に感じるかを毎日振り返り、少しずつ直していく。
積み上げてきた毎日が、昨日より快適な明日を作り上げる。
ヴァルエルナのもてなしは、変化のもてなしだ。
僕が友好的な態度で接していれば、そうした態度に合わせた明日の新しいもてなしが積み上がる。
大国の礼儀と、隣人の気安さが相混ぜになった彼ら独自のもてなし。
それは、最適解を形式化しない分、ずっと進化を続ける文化だ。
最初は戸惑うかもしれない。
不愉快なこともあるかもしれない。
でも、次の日には昨日より確実に快適になる毎日を、僕はこのミリアルデ家でずっと感じ続けていた。
だから、胸を張ってあの子にも同じようにしてあげて欲しい。
僕の想いは、シルバナくんを通して、今、確実にみんなに届いてくれたようだった。
本当にありがたいことだ。
自分にできないことを、若者が代弁してくれる。
その事実が、胸の奥でじんわりと温かかった。
ミリアルデ家を支えるみんなは、シルバナくんの号令の元、それぞれの場所に戻っていく。
初めにあった表情は変わらない。
緊張感も伝わってくるような必死なもの。
しかし、いまはどこか誇りのような自信を感じるものが溢れていた。
ヴァルエルナという狭間の地で生きてきたということを言葉にされ、その当たり前の自分を信じる主君に応えたい。
想いは確かに託されていた。
「先生!エーリスもりっぱにおもてなしいたしますわ!」
ミリアルデの姫も発破をかけられたのか、ぱあっと目を輝かせている。
この子が笑顔でいつも通りにしているだけで、僕としては十分なおもてなしを感じるんだけどね。
それは流石にあの子には通じないかな?
「おもてなしって、エーリスは何をしたいの?」
そのはりきりに、若干顔を引きつらせているネーベルさん。
まあ、母としては王様相手に何をする気なのか不安にはなるのだろう。
とはいえ、エーリスはそういうところで空回りするタイプじゃないとおもうから心配ないと思うんだけどな。
「はい!
へいかの術式がきれいでしたので、そのことについてしつもんしたいです!」
「ちょっとそれは様子見ながらにしましょうね!?」
……リアナを退屈させない話題という意味では、案外それは悪くない手段だと思うけどな。
ネーベルさんが慌てて制止すると、エーリスは駄目なのですか?と不思議そうにしている。
「それは、陛下個人の能力を探るような質問になってしまいますからね。
最初の一歩目としてはあまりよくないわ。
エーリス、お部屋に行きましょう。
まずはお着換えして、その後夕食会の歓談に相応しい話題を一緒に考えましょうね。」
「はい、お母さま!エーリスもいっしょにかんがえます!」
元気よく返事をして、部屋を後にする2人。
「では、私も夜に向けて準備して参ります。
レッドフォルテ伯のこと、よろしくお願い致します。」
「わかったよ。
無茶させてる手前、できる限りあの子のことは僕が中心で面倒見るつもりではあるから、安心してね。」
「そこは、最初から心配しておりませんよ。アルトゥス様ですからね。」
そういってシルバナくんも部屋から出ていった。
残されたのは、サリティさんとアレストくんだけだ。
「……陛下、凄くお綺麗なんすね。」
「そうだよ。惚れた?」
「星に手を伸ばさない主義なんで、やんごとなきお方をそういう目で見ること自体あり得ねえっすよ。
しかもお相手がリヴェリナの月となりゃ、もう同じ人間とは思えねえっす。
どっちかっていうと、絵画とか芸術から飛び出してきたお方って印象っすね。」
アレストくんは手をひらひらさせながら言う。
ま、そんなものだよね。
立場の違いというか、身分の距離っていうものは自然と相手と自分を別の世界に切り分けてくる。
星に手を伸ばす、か。
アレストくんらしい表現だね。
「……基本的には、私とアレストはあの王様とは関わらないほうがいいか?」
なんとなく呆れるような視線をアレストくんに飛ばしながら、サリティさんは腕を組んだ。
そこには、そういう主義もなにも、まず言い方が不敬でしかないだろという気持ちが籠っていた。
そういった差がある以上、あまり関わらないという方向に行くのも仕方ないのかもしれないな。
「うーん、そうだね。
アレストくんはともかく、サリティさんは話しかけられたら普通に接してあげて。」
「酷いっす!?
俺みたいなやつは口もきくなってことっすか!?」
「いや、そういう意味じゃない。
話しかけられる可能性が高いって意味なんだよ。
君に問題があるってわなじゃない。」
僕が若干慌てて手を振って否定すると、アレストくんが少し驚いたように目を丸くした後、怪訝そうにする。
なんだよ、僕がそうやって否定するのがそんなに意外なのか?
そんなに普段から雑に扱ってたっけ?
いや、ここ最近の修行で毎回こってり絞ってたけど、人格否定はしてないからセーフだよね。
「私には話しかける可能性があるのか?」
サリティさんもまた、不思議そうな表情でそう言った。
「サリティさんのことも手紙に書いていたからね。
あの子は好奇心旺盛だ。
こちらであまり見ることがない兎人族ということで、興味を示すと思う。
何より――」
兎人族であることで興味を持つという部分に若干の抵抗を見せたので、すぐにフォローする。
あの子が物珍しさで人を見ていると思われたくないしね。
「あの子は自己強化のエルドラ術式の研究者に近い。
間違いなく実戦で術式を駆使して戦うのに慣れているサリティさんに意見を求めてくるはずだ。」
僕がそういうと、また少しだけ目を丸くする。
そして、ニイっと口端を持ち上げた。
「ふうん。
失礼のない言葉遣いは苦手だけど、そういうことなら頑張ってみる。」
その表情を見た僕は、指導を名目にした力比べだけはないように、リアナに釘をさすことを忘れないようにしようと固く誓うのであった。




