第73話 鉄血女帝
「ちなみにどうしてわかったの?
偽名だし、陛下の顔を見たことがあったの?」
「ご尊顔を拝見いたしましたのは初めてです。ですが――」
ネーベルさんは、侮らないでくださいと言わんばかりに胸を張った。
「――あの雰囲気と言葉一つ一つに込められる覇気。
何より、アルトゥス様が馬車からこちらに歩み寄ってくるとき、当然のように彼女の後ろに控えていたこと。
あれが伯爵という肩書通りの身分でないと示しているようなものです。」
ああ、しまった。
確かに、あの時の僕は自然とリアナの後ろに立っていた。
普段なら意識して横に並ぶのに、彼女が前に出れば、僕もつい後ろに控えてしまう。
完全に癖だ。
そして、それを見抜かれたのは僕の反省点というわけだね。
「アルトゥス様の名は隣国にまで届く『麦の賢者』。
そんなお方が敬意を払う人物となれば、もはや答えは示されたようなものではないですか!」
言い切るネーベルさんの目は、驚きと緊張と、そしてほんの少しの誇りが混じっていた。
さすがの才女。
人を見る目も、周囲の空気も、状況判断としてすべて正しく扱っている。
つまりネーベルさんは、声をかけられる前からリアナの正体に当たりをつけていたということだ。
そう考えれば、あの時凍り付いたのは、その疑念が確信に変わった瞬間と思えば納得いく。
嫌な予感が当たればああなっちゃうよね。
「僕も、なんとなく『この方は、違う』くらいは感じ取っていました。
しかし、母上ほど正確には見抜けていなかったです。」
シルバナくんは少し照れたように言いながらも、その目は真剣だった。
「ですが、自身を示す言葉と、こちらを値踏む視線。
普通、ああいった視線には不躾さを感じるものですが……あの方から感じたのは試練のようなものでした。
正しい表現かわかりませんが、こちらから望んだ試練を受けているような、どこか正当なものに感じました。」
「さすが、お兄さまですわ!」
ふむ、なるほど。
シルバナくんは、ネーベルさんほど状況全体を見ることができるほど、成熟してる分析力は持っていない。
だが、自分に向けられる視線の質を読み取る力は、驚くほど鋭い。
あの時、リアナはリヴェリアスとしてシルバナくんに向き合った。
リアナは明らかな二面性を持つ子だ。
リアナ本来の性質から言えば、比較的素直で物静かな子というのが相応しい。
基本的には大きく主張せず、情緒的ながらも寛容を忘れない、我儘を言わない子だ。
……少なくとも、僕以外に対して駄々をこねるところはあまり見ない。
対して、リヴェリアスとして彼女に相対するときは違う。
王としての厳粛な雰囲気に加え、感情を排して実利で物を見定め、国として判断すべきところは決して譲らない。
そういう、どこか不遜な雰囲気をもった女王になる。
この変質ぶりは、リアナ本来の姿を知る者ほど驚く。
僕は教えた側だから驚かないようにしているけれど、公私を完全に切り替えられるのは、彼女の驚くべき才能だ。
話がずれちゃったな。
何が言いたかったかというと、シルバナくんは、この事実を知らないまま彼女と対面し、その使い分けているうちの王の顔であるリヴェリアスを誰ともなしに感じ取ったということだ。
これは事実を知っている者からすると当たり前なことかもしれないが、その前提がないものとすれば本当にすごいことだ。
あの短時間での観察の結果、その結論に至ったとすれば手放しで称賛してもいいことだろう。
案外、本質を隠したまま相手を評価する態度の真偽を見抜ける人間は少ない。
特に、貴族との対応に慣れない相手や、自身を大きく見せることに執心するタイプの人間には。
肩書に囚われすぎて、彼女のそういった試しの振る舞いに憤慨する貴族というのもよくいる。
……恐ろしいことに、国内で。
そんな中で、シルバナくんは見事に見抜いた。
やっぱり僕は人を見る目がいいな。
エーリスも、自慢のお兄さまがリアナの真の姿を見抜けたことに、誇らしげに胸を張っている。
そうだ、そのエーリスにも確認したいことがあったな。
「エーリスからみると、陛下はどうだった?」
「……えっと、もうしわけありません、先生。
エーリスは、へいかかどうかはわかりませんでした。」
まあ、流石にそうだよね。
でも、僕が聞きたいのはそこじゃない。
「でも、エーリスは陛下を見て何かを感じ取っていたよね?」
「えっと、エーリスがどうかんじたのか言葉にするのは、失礼にあたりませんか?」
「ああ、構わない。
今は陛下ではなくてレッドフォルテ伯爵だ。
気にせず言葉にしていいよ。」
エーリスは、一度言葉を組み立てるように、うーんと唸って考える。
ややあって、言葉にできたのか語り始めた。
「……せんせいと、同じでした。」
僕と同じという言葉に、サリティさんが一度ぴくりと反応する。
僕はサリティさんに目配せすると、彼女も深くうなずいた。
なるほど、サリティさんも同じように感じたってことか。
つまりエーリスはあの時、あの子を「エルドラ術者」として評価していたってことだね。
王かどうかではなく、肩書でもなく、ただ術者としての格を感じ取った。
しかし、同じっていうところが少し気になるな。
「同じって、どんなところが?」
「んっと、励起したときの色です。
へいかは先生の励起の色とおなじ色でしたの。」
色か。
エーリスは励起させたときのアイズの状態を色で例える。
アイズは身体の内側から発生するエネルギーだから、その人の性質だったり力をどう扱うつもりかの意識で多少のグラデーションが生まれる。
体調、回転数、精神状態。
そういった揺らぎはあるが、基本的には個々人の個性によって色が分かれるものだ。
……基本的にはといったのは、エーリスがその例外の一人だからね。
彼女は僕の補助でアイズの力の違いを認識し、自分をその方向に寄せる【模倣】を体得しているから。
だからこそ、色の違いに敏感だし、同じ色という表現が出てくるのだろう。
そういえば、このアイズの個性の話はまだエーリスにきちんと教えていなかったな。
そのうち、修練することで鍛え上げられる力がどういう変遷を辿るのか説明する機会を作った方が良さそうだ。
しかし、この知識がまだないのに、僕とリアナのアイズが同じ色であることに気づけたのは凄いなぁ。
言うまでもなく、リアナにエルドラ術式の基礎を教えたのは僕だ。
ただ、彼女は弟子というわけではない。
あくまで基礎的なエルドラ術式の考え方を教えたことがあるだけで、その習得と修練は彼女が独自に編み出したものだ。
リアナはエーリスとは違うタイプの天才だ。
エーリスが閃き型の発明タイプだとすれば、リアナは試す前に理論立てて結果を予測する学習型の天才。
理論を語るなら、僕と肩を並べても遜色ないほどだ。
割と僕が直感タイプだから、彼女の理論と構築力に変な制限をかけたくなくて、直接指導しなくなったという経緯があるんだよね。
多分、リアナは、自力で【模倣】に近い理論に辿り着き、僕と同じ色の励起を可能にしている。
エーリスが感じた同じは、その証左なのだろう。
「……あ、でもちょっとだけ違うところがありますの。」
「そうなの?」
「へいかの励起は、なんというか堅そうでしたの。
先生の励起がふわっとしたおふとんのような励起だとしたら、よろいみたいなみちっとした力をかんじました。
なので、励起した力をていねいに積み上げるようなイメージをしたらどうなるのかなって。
あとでサリといっしょに試そうとかんがえてましたの!」
ああ、なるほどね。
僕は普段から励起した力を自己修復強化に回している。
だから、纏う力は柔らかく、包み込むような性質になる。
対してリアナは突然の襲撃に備えて鎧を着こむような使いかたをしているからだね。
そして、この鎧のような強化術には、防御だけじゃない別の作用が期待できる。
それが他者への威圧だ。
彼女自身の生来の覇気は、王としては少し足りない部分がある。
だからこそ、身体強化で王威を補うように使っている。
彼女が人前で常に励起状態を保っているのは、そのためだ。
エーリスが感じた「よろいのような力」とは、まさにその表れということになるね。
この世界において、舐められるというのは国の権威に関わってくる。
それ故に、舐められないために自らを強く見せることが権力者として求められる。
リアナの場合、その権威を術式によるオーラで補っているわけだね。
それこそ舐めた態度で彼女に相対してくる国もある。
実際、就任当時のリアナに対し、女に治められる程度の国かとあからさまな侮蔑の視線と態度をぶつけてくる外交官もいたものだ。
それに対する彼女の答えは……。
「昔は陛下のあの雰囲気に負けずに逆らう人もいたんだよ。
そういう奴に対して、陛下はどうしたと思う?」
「ふえ?え、えっと。
だめだぞーって叱りましたか?」
「あはは、エーリスは平和的で優しいね。
でも、国威がある場で王が侮られたら、やることはひとつなんだよ。」
「そうなんですの?」
「そう。……ね、サリティさん?」
「ん?」
退屈そうにしていたサリティさんが、急に呼びかけられてきょとんとした顔をする。
「舐められたら?」
「ぶっ飛ばす。……へえ、もしかして?」
サリティさんは、話が自分好みの方向に流れそうな気配を察して、ニヤリと笑った。
そう。舐められたらぶっ飛ばす。
その文字通りぶっ飛ばしまくったんだ。
王への侮りの態度を隠さなかった外交官に詰め寄って、真正面から殴り飛ばす。
その護衛が立ちはだかると、そいつらすらぶん殴って黙らせたんだ。
その上で王への無礼をリヴェリナに対する宣戦布告とみなすと、失礼な外交官を差し向けた国々へ「お土産」つきの文書を送りつけたのだ。
お土産の内容?
……エーリスがいるから絶対に言わない。
だが、そのお土産を受け取った国は震え上がった。
なにより、大国リヴェリナに対して失礼なことを行う外交官を差し向けたことに対する周囲の冷ややかな視線を受け止めることになった。
女王を侮った国のひとつは、国王夫妻が自ら頭を下げに来る羽目になった。
新生リヴェリナ王の箔付けにぴったりなエピソードだね。
ちなみに、そんな武闘派エピソードがあるものだから、その国でリアナは
「鉄血女帝」
なんて物々しい二つ名をもっているそうだ。
それを聞いた僕が大笑いしてしまい、リアナがふてくされて一週間政務を放棄したのは、今でも苦い思い出だ。
あの時は、彼女のプライドを傷つけた僕が悪かったので、その一週間はずっと付き合ってなんとか機嫌を直してもらった。
「……そうか。あの王様はそんなに強いのか。強いやつはいいな。」
……ダメだからね、サリティさん。
いくら僕の護衛という立場であっても、リアナと力比べとか絶対だめだからね。
あと、そういう好戦的な態度をみるとあの子がワクワクするから、絶対喧嘩売らないでね。




