第71話 リアナとリヴェリアス
「アルトゥス。」
「……」
彼女の問いかけに、僕は応えない。
怒っているからとかではない。
そんな心の狭い僕ではない。
ただ、公の場である以上、僕にも守るべき形式があるということだ。
僕の沈黙に、彼女は訝しげに瞬きをし、ああ、と何かを思い出したように言い直した。
「直答を許す。アルトゥス、おしゃべりしよう。」
「……陛下におかれましては、ますますご清祥のことと拝察いたします――」
「アルトゥス。」
キリッとした顔のまま、ぷすーっと頬を膨らませるのよしなさい。
はいはい、わかってますって。
でもね、僕がこうやって君に対して敬う姿勢がないと、周りに示しが付かないでしょ?
様式美とはいえ、公の場でリヴェリナ国の女王に対してフランクに接するわけにはいかないんだよ。
「アル、いい加減にしてくれ。公であっても今の私はメルフィス=レッドフォルテ伯爵だ。少なくとも、その前提の上で伯爵としての対応くらいはしてくれ。いいか、半年ぶりだ。半年だぞ、半年。お前は手紙を書いているから構わないと思っているかもしれんが、声も顔も確認できない日々を過ごしているこちらの気持ちを考えろ。そもそもだ、この前の連絡はなんだ。やりたいことだけ書いて、私に対しての言葉がないじゃないか。ここ最近、いつもそうだ。息災なのか、私に会えなくて寂しいとか、体調はどうなのかとか、聞くことは他にも多いだろう?ほかにも言いたいことがあるぞ。手紙に書かれる人名だが、女の名前が多いのはどういうことだ?今度は他国で女を誑かしているのか?お前はそうやっていつもいつも――」
「わかった、わかった!僕が悪かったよ!
普通にしゃべるからこれ以上畳みかけないでくれ!」
リアナの堰を切ったような怒涛の苦言と詰問に、僕は両手を挙げて降参の意を示した。
彼女との会話は大変だ。
本人としては昔のような自然な会話を望んでいるのは分かっている。
でも、近くにエフィがいるんだ。
少しは状況というものを理解してほしいところだよ。
エフィはリアナと旧知の仲だから、ある程度の無礼講を見逃すことはできるけれど、周りの騎士から見たらあまり良いものではないということをいい加減分かってほしい。
「そもそも、私の世話役でもあるのだからあまり堅苦しくしすぎるほうが無礼ではないだろうか?」
「いや、そうはならないって……。
少なくとも、はた目から見たら普通によくない。」
「おじい様のころからの重鎮であり、リヴェリナの友と評される『麦の賢者』を、無礼者と呼べるやつが?」
「そりゃ、リヴェリナで苦言を呈する輩はもういないだろうけれど、ここは国外だろ?」
僕が困った顔をすると、リアナが目を細めてクスクスと笑う。
「お前、リヴェリナでは苦言を呈されることもないって分かっているのに、私に対してあんな慇懃な態度で敬意を示すのな?」
「いつもいっているだろ。
寛容を許すために厳粛に。
そして、大事にするには我が身を手本とせよ。」
「手本といっても、見るものがいないのならば変わらないだろう。」
そういって、リアナは僕の指にそっと自分の指を絡めた。
励起状態を常に維持するリアナの指は、その細さに対してあたたかい。
彼女の周りだけ、少しだけ暖かいのは、彼女自身のアイズによるものだ。
……って、冷静に分析してる場合かっ!
「リアナ、エフィにバレたらどうするんだ!?」
「久しぶりなんだ。大目に見ろ。」
そういって、彼女は僕の肩に軽く身体を預ける。
僕はため息をひとつついて、馬車の外の様子をそっと固有術式で探る。
馬車の近くにはエフィと同じ近衛騎士が控えてはいるが、外に対する警戒しか感じられない。
信頼されているのかなんなのかよくわからないが、こっちの状況にも気を配ろうね、王室近衛騎士団長様!?
「もうそろそろ屋敷につくぞ。」
「着いてから、周囲の状況を確認するまで時間がある。」
「エフィが急に来たらどうする。」
「あいつの接近に気づけるお前が気にすることなのか?」
「……」
「アル、少しでいい。昔の時間を私にくれないか?」
それは、上目遣いでねだるような幼子の視線。
そんなこといわれたら、僕の答えはひとつしかない。
遠い日の友から頼まれた約束。
家族をよろしく頼むといって、一人満足した顔で僕から旅立っていった友の顔が浮かぶ。
あの時から僕は、彼の残したものたちの些細な願いをずっと叶え続けてきたのだから。
「……いいけど。それでも寝ないでよ、リア。」
「……うん、大丈夫。寝たらもったいないからね。」
ふっとリアナの力が抜ける。
繋いだ指先から、少しずつ湧き出ていた温かさが静かに消えていく。
励起を納めたリアナは、そっと僕の肩に頭を預けてきた。
「お話きかせて。」
「えーっと、アリヴィエの首都でミルシャさんって人に会ったんだけどね。」
「いじわる。女以外の話をきかせなさいよ。」
「なら、これから会うミリアルデ家についてならどうだい?」
「当主の話?あの愉快なおじさんについては知ってるよ。」
「家族については?」
「まあ、ある程度は予習済み。」
「なかなか有望そうな子たちでね。
これから会うのは次期領主である息子だ。
麦酒造りにも興味があるようだから、リヴェリナに一度招待したいと思っている。」
「若いのね。留学させたいなら、王都で預かってもいいわよ。」
「一応聞いてみるけど、多分僕の作った王都醸造所を見せてあげたほうが喜ぶよ。」
「国家機密だから、そっちはだめ。
でも、地方なら自由にさせていいわ。
アルの見込んだ子なら心配ないもの。」
「わかった。聡明な子だから、リアも気に入ると思うよ。」
「私が気に入っても、評価はリヴェリアスとしてするわよ?」
「それはいいことだ。リアのそういう賢いところが好きだよ。」
「そう。式はいつにする?」
「しません。」
とりとめもなく、あまり中身のない会話が続く。
大きく盛り上がることはない。
でも、話が止むことはない。
術式を教えている娘さんがいる話。
アリヴィエの地下水脈と歴史の話。
獣人の護衛がついている話。
刺客だった子が剣を捧げてきた話。
全て、彼女への手紙に書いてきた僕の旅の物語。
彼女は手紙の内容と僕の話を繋げるように、
これはどうなの?
あれはリヴェリナでも取り入れられそう?
と質問しながら僕の話で旅を辿っている。
特に気にしていたのが兎人族のサリティさんについてだった。
妙に思い入れしてるじゃないかとか、遠慮がなさすぎではないかと頬を膨らませたりと気にしている。
何度もそういう感じにはならない子だよとは説明しているが、それでも不満みたいだった。
「アルは見境なく人に懐きすぎだよ。」
「ハウ扱いはやめてくれない?」
励起を止めた彼女の手は、いつの間にか僕と同じ体温になり、自然と繋がりつつづけていた。
そのため、馬車から降りる直前まで手をつないでいたことを忘れていたのは僕とリア、そして複雑そうな表情を浮かべたエフィ団長だけの秘密だ。




