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第69話 次期当主シルバナ=ミリアルデ

「あなた、気をつけてね。」


「何、心配することはない。

援軍とはいえ、後方支援をする程度だ。

本格的な冬が訪れる前に戻れるさ。」


 ネーベルさんの抱擁とキスをうけ、武装したトルマド殿が穏やかに微笑む。

アーシェスタス家の要請により、ヴァルエルナのミリアルデ家に対して援軍要請があったのだ。


……アーシェスタス家と、ドゴメスの、両者から。


これに対して、ミリアルデ家はアーシェスタス家への援軍を決めた。

「メイキドルアの正統な主権はアーシェスタス家にある」という、ヴァルエルナからの明確な回答だ。

そして、ヴァルエルナが援軍を送ったことで中央政府も同じ判断を下したということになる。

つまり、この内乱においてドゴメスはメイキドルア動乱の首謀者と見なされた。


 なお、ムッセタリアは当然のように静観という立場でどちらにも関わらないと宣言しているらしいね。

そりゃ、ドゴメスを煽ってましたなんて言えるわけもないんだけど、傭兵集めてドゴメスの元に送っておいてよく言うよ。


まあ、立場的に公にドゴメス支援したら当然他領の内乱を煽動していたと公にするようなものだから仕方ない。

とはいえ、ここで保険をかけるような真似をする当たり、どうにもムッセタリアの行動は稚拙だ。


向こうとしてはグランバル氏のいないアーシェスタス家ならばという思惑はあるのだろうけれど、即座に静観を公にする当たりに保険というか、いざとなったら逃げる算段が見え隠れしているようで外聞が悪いと思うんだけれど。

やはり、情報がとれていない分にもしかしたらという不安が見え隠れするんだよな。


 ま、どちらにせよトルマド殿に危険はほとんどないだろう。

何せドゴメスからみるとアーシェスタス家はガタガタな状態。

当主がお家騒動起こして捕らわれているんだもの。

この行動の早さからいって、首都(ルビーナ)にいるセルゼクくんがアーシェスタに到着しないうちに開戦、そして終わらせたいというところだろう。

なにも揃ってない今なら倒せると思い込んでいるはずだからだ。


 実際のところ?

そりゃもちろん、準備万端だよ。

あの古狸ふるだぬきは今か今かとドゴメスの到着を待ちわびているだろうし、当然ながらガルデスくんも参戦しているだろう。


グスマン議員の根回しのおかげで家中の結束も盤石な状態。

なんなら、事前に不穏分子をより分け終わった状態に持っていけたと見てもいいくらいだ。

何人かはこの期に及んで日和見している者はいるだろうけれど、そういう人物をグランバル氏は覚えておくだろうし、許す気もないだろう。


現状、アーシェスタス家の状況は最高の状態だ。

これに勝つには相応の返し札が必要となる。

けれど……、帝国(それ)もあっさり見限ってしまったようだしなぁ。

とはいえ、開戦するくらいだから見劣りはしつつもそれなりの札が用意できたのかもしれないね。


 トルマド殿は心配そうにするネーベルさんに言い聞かせるよう、何度も大丈夫だを繰り返した。

そうだね、心配する必要がないのと、心配してしまうことは別だから。

愛する人がそうやって危険に身を置くことそのものが、どうしたって最悪を想起させてしまうことなんだから。


ネーベルさんの深い心配とは、それだけの愛がトルマド殿に向けられているという証だ。

その大きな愛で包まれていることに、トルマド殿も内心喜びを感じているだろう。

身体の中の温度がそれを示している。

おっと、これは無粋だったな。つい癖で温度を見ちゃうんだよね。


 ネーベルさんが惜しみながら離れると、続いてエーリスがトルマド殿に抱き着く。

言葉はない。

それでも、潤む(うるむ)瞳が全てを表している。

トルマド殿も穏やかな顔でそっとエーリスを抱き寄せる。


「私は大丈夫だ。

アルトゥス様の教えをよく聞き、母の言いつけを守り、シルバナを支えるんだ。

私が帰ってきたら、またこうして迎えてくれるな?」


「……っ。はい!お父さまのおかえりをおまちしていますわ!」


 涙をこらえ、笑顔で応える。

エーリスもまた、戦場に向かう父を笑顔で見送るという、領家の娘としての強さを示した。


「はは!やはりエーリスはミリアルデの星だ!父は嬉しいぞ!」


「きゅっ!?お、おとうさま、つよい……ちょっとつよいですわぁ……」


 それが嬉しいトルマド殿は、つい強くエーリスを抱きしめてしまう。

慌てたシルバナくんがトルマド殿に駆け寄り、エーリスを奪い取る。

トルマド殿はバツの悪そうな顔で頭をかく。


「父上、レディに対して力加減を誤ってはいけません。

母上にするよう、優しく壊れモノをあつかうように。

特に、エーリスに対しては!」


「すまん、すまん。

つい愛が溢れてしまった。

……ふう、シルバナよ。お前は頼りになるな。」


「父上、母上を見て育ちましたから。」


「どっちともとれるように言うんじゃない。

……シルバナよ。」


「はい。」


「いずれ立場は変わる。」


「はい。」


「お前が当主になったとき。

お前が戦場にいき、俺が家に残る日がくるかもしれぬ。」


「はい。」


「今は父の背中を見送れ。

いずれこういうときが来た時、残るものの気持ちを理解するためにも。」


「……はい!」


 シルバナくんのぐっと握られた拳が物語る、親子の間に何かの意志統一があった証拠。


全てを語らぬいきがある。

踏み込ませぬいきがある。

そして、なにより、繋ぎ伝える意志がある。


次期当主たるシルバナ=ミリアルデに対して、トルマド殿からの親愛の抱擁ほうようはない。

だが、それでいい。


トルマド殿は父親の微笑みをちらりとだけ見せて騎乗する。

多くは語らずとも、トルマド殿がいない間のミリアルデ家は、シルバナくんに預けられたのだ。


「……進軍せよ!」


 ミリアルデ家の屋敷に集まった兵士たちがときの声を張り上げる。

空は震え、冬の空気に熱がこもる。


援軍とはいえ、戦の空気だ。

大地を踏みしめる軍隊の歩調は整い、地を揺らす。


イクセーレナの街の至る所でヴァルエルナ軍の出立を見送ろうと人々が並ぶ。

大きく手を挙げるトルマド殿に、歓声があがっている。


「人気あるね。」


「ええ、自慢の夫です。」


 そういって、少しだけ顔を赤らめるネーベルさんは、どこか恋する少女のようだった。

母になって何年たっても、こうして夫に恋ができる。

それは、なんともいじらしくて、微笑ましい光景だった。


 トルマド=ミリアルデ出陣。

それは、トゥガナトの背に白化粧が施されはじめる、本格的な冬の到来を感じさせる日だった。




 ***




 トルマド殿がいないミリアルデ家に、大きな変化はない。

変わったことといえば、食事の席や執務室しつむしつで、シルバナくんが当主の椅子に座るようになっただけだ。


父が戻る間だけですが、当主としてちゃんと座に収まりなさいと、トルマド殿と相談した結果だそうだ。

必然、僕との会話も執務や数字の確認、何より僕が考える醸造研究所の設計についてどうしていくかというような仕事中心の話になる。


とはいえ、シルバナくんに対してはまずこちらの考えをきかせてから、シルバナくんが自身の考えにたどり着くのを待つというような、どことなく指導のようなやり取りが中心である。

こういうやり方じゃないと、僕が欲しいものを全部取り入れさせるという不公平な形にさせてしまうからね。


もちろん、シルバナくんが本当の領主だったらこんなの気配りはしない。

けれど、彼はまだトルマド殿の代理という立場だ。

当主がいない間に好き勝手するような真似はしない。

この契約は、あくまで僕とトルマド殿が結んだものだ。

僕としては、フェアにやりたいからね。


 ……しかし、そういった事情で指導に近いやり取りにはなっているが、シルバナくんの吸収力はとてもよい。

なんとも教えがいがある。


教えられたことを鵜呑み(うのみ)にするのではなく、「なぜそうなのか」 を自分の中で形にしようとする。

その過程で、こちらの説明を土台にしながら理解を深めていくのだ。


 例えば、麦酒造りにおいて大事なものは材料の品質だ。

最高のものを揃えるためには、醸造所の周りで出来るだけこれらを集められるようにしたい。


特に水は汲み置きで品質の劣化が考えられるので水源が近くにないとダメだと先に教えていた。

その後、作られた麦汁は品質を安定させるために温度が一定なところで発酵させたい。

できれば地下がいいと話したときだ。


「では、醸造所は綺麗きれいな水のとれる場所として新しく水を引き込むようにする必要がありそうですね。

現状、エゥルーナ川は運河としての運用が中心です。

船が行き交う関係上、川の水は濁りやすく、酒造りには向かないでしょう。


アルトゥス様、どうでしょう?

ヴァルエルナはエゥルーナ川以外の水源を探すのは現実的ではありません。

そこで、術具(スペルギア)で水門を作り、ろ過された水を醸造所に引き込む案を提案致します。

その際、水を地下に貯水させることで、地下室の温度を下げられるような設計にできませんか?


あ、貯水も大事だけど、醸造に使う水は流動性がある水が望ましい?

なるほど、でしたら排水を外の貯水池にして、この水を畑につかえるよう水路を作ったほうがよさそうですね。」


 とまあ、僕が「地下室がいい」と言っただけで、少し前に話していた水質の問題を思い出し、水路の整備を行う必要性を察した。

さらにその水を使って地下室の温度管理にまで発展させてくれたわけだ。


しかも、僕がふと春先から夏にかけてトゥガナトの綺麗な雪解け水が得られないかなぁと呟くと、

では、氷室を作ってそこにトゥガナトの雪を輸送させるのはどうでしょうか?

と提案してくれた。


将来的には麓からヴァルエルナまでの水路も作れたらいいですねと先の先まで考えて提案をまとめていく。

打てば響くというか、ヒントを与えればすぐにこうしてみようああしてみようを考えてくれるのは柔軟な証拠だ。

こういう有望な子をみると、いろいろ教えたくなるものだ。


 それをサリティさんにいったら、「爺さんの発想だな」と真顔で返された。

名実ともにジジイだよ!

いくつだと思ってるんだ!


 トルマド殿がいないとはいえ、シルバナくんがいる以上、ミリアルデ家に心配はない。

リヴェリナの使節団もそろそろ到着するだろうが、別に何か特別な対応が必要なわけでもない。

気楽に迎えてもらえばいい。


……その予定だったんだよなぁ。

どうしてこう、間の悪さというものは連鎖するのだろうか。


 トルマド殿が出発して二日後。

リヴェリナの使節団から、国境のヴァルエルナ領に「そろそろ到着するので迎えが欲しい」と連絡があった。

もちろん、僕宛に。


 それはいい。

当たり前のことだ。

僕が呼んだわけだから。


でもね、問題は差出人だ。

その名前を見た瞬間、背中にひやりとしたものが走った。


 だって、差出人が『王室近衛騎士団長(このえきしだんちょう)』だったんだもの。

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