第66話 エルフさんの一番弟子
「……よし、準備ができたぞお嬢様。
じゃあ、さっきのやつがどうして危ないのか実演するぞ。」
「はい、おねがいしますわ!」
そういってサリティさんが用意したのはちょっと大きめの土団子がふたつ。
もちろん、お嬢様たるエーリスはこれの作成を眺めていただけだ。
お手伝いしようと手を伸ばしはしたが、そこは淑女としてアウトになるので僕が止めました。
サリティさんはその土団子のうち一つを拾った枝に刺してエーリスに手渡した。
……この絵面も相当淑女としてはアウトな気がするが、まあこれに関しては授業の一環だ。
あまり厳しくは言わないでおこう。
ネーベルさんには内緒にしておこうとは思うが。
「これをどうすればよろしいんですの?」
「ん。軽く振り下ろしてみて。」
首をひねるエーリスに対して、僕はなるほどと思った。
えいやっとエーリスが軽く棒を振り下ろすと、土を刺していた木の枝の根元が折れ、土団子が地面に叩きつけられる。
「きゃっ!?ご、ごめんなさい、サリティさま。土団子を壊してしまいました。」
「ん。大丈夫。これは予定通り。
あと、私はただの兵士。
さまはいらない。サリでいい。」
「あ、はい。……よてい通りですの?」
サリティさんはしゃがみ込んで折れた方の木の枝を拾い、淡々と説明を始めた。
「これが、お嬢様のやろうとしていたこと。
【アイズ】は全身に眠っていて、これを起こしてぐるぐる回して力を発揮させることができる。
これがアルトゥス様のいう力の発動準備……。
えっと、【励起】ってやつ。」
そういってサリティさんは砕けた土団子分の土を、枝に纏わせるように被せた。
「枝を人間の身体に見立てると、普通の【励起】はこうやって全身に纏わせる。
この状態なら、さっきのように振り下ろしても枝が折れない。」
同じくらいの軽い力でサリティさんが枝を振り下ろす。
少し脆い土が多少振り落とされるものの、枝も折れずに健在だ。
エーリスはそれを真剣な表情で見つめ、軽く息を呑んだ。
なんとなく、サリティさんが言いたいことを察したのだろう。
「でも、お嬢さまはさっきその力の軸を移動させて、右手に集めたんだ。
それは、土団子を末端に集めるということ。」
「……なるほどですわ……。
つまり、わたしのやり方が危ないというのは……」
「そう。そんな状態で力を発動してしまったら、【アイズ】が巡っていない部分に衝撃が集中してしまう。
つまり、身体を壊してしまう可能性がある。」
サリティさんの言う通りだ。
アイズは適切に扱えば筋力を一時的に増加させたり、体内のエネルギーを肩代わりさせることで治癒力を増強させたり、身体を頑丈にすることができる。
だが、力がどこかに一点集中されるということは、それ以外の部分が無防備になるということだ。
さっきのエーリスのような身体の一部に回転の軸を移動させて集中させるということは、その部分以外で支えるものがなくなるということ。
もしその状態で術式を【発動】させて、例えば対象を全力で殴ったりしたら……。
お察しの通り。
未強化部分に衝撃と負荷が集中し、文字通りバキっと折れてしまうだろう。
「一応、その回転軸を移動させて力を一点集中してぶっ飛ばすという技もある。
でも、それもまず全身強化の術式を発動させて身体を頑丈にさせてからやるんだ。
さっきのお嬢様のやり方だと、【アイズ】はすさまじい純度で存在していたが、それ以外が何も守られていない。
つまり、右の手首から下がバキっと折れてしまう危険があったんだ。」
「……ふえ……」
褒められたい一心で頑張ったものが、手が折れてしまうかもしれない危険なやり方と気付いたエーリスが顔をくしゃっと歪む。
僕は、そっとエーリスを抱き寄せ、優しく宥めた。
「大丈夫だよ、エーリス。
サリティさんの言う通りだけど、エーリスのやりかたはまだ【励起】だけ。
術式の【発動】のさせかたは教えていなかっただろう?」
「……は、はい。れんしゅうは【励起】だけですの。」
涙が流れそうになるのを堪えて、エーリスはそう答えた。
「じゃあ、まだ大丈夫。
この土塊のような質量をもたせた力は術式の【発動】をもって実現する。
つまり、エーリスは力を集めていただけで、それを使って何もしてないんだ。」
「で、でも言うことを聞かずにわたくし勝手に……」
「やるなともいってないだろう?」
「それは……はい……」
「それなら、アルトゥス様が悪い。
優秀な教え子ってすぐに気づいたのなら、ちゃんと扱いの危険性も同時に教えておくべき。」
ぐっ。痛い所を突かれた。
そうなんだよね。
体内のアイズを流動させるだけなら、身体にいいまであるし。
【発動】はまた別の段階だから、しばらくは【励起】を磨く方針で計画していたんだ。
「返す言葉もないよ。
まさかエーリスがここまで優秀な術師としての才覚を備えていたなんて思わなかったんだ。」
「どうせアルトゥス様の練習計画はお嬢様に内緒だったんでしょ?
エルフの時間感覚で教えていたら、お嬢様が大人になってしまうよ。」
サリティさん、本当に僕の考え方をよくわかってらっしゃる!
一年くらいは【励起】の回転速度と自己治癒の強化だけ教えて、怪我しても自力で治せる丈夫な娘に育てようと計画してました。
でも、一点否定させてほしい。
流石にエルフの寿命スケールで教えるほど非常識じゃないよ。
ただ、実際今回直面した問題として、エーリスくらいの歳の子でここまで術式を扱える子って相当珍しいんだよ。
少なくとも僕が知る限りだとこのレベルの才能をもった子は、片手で数えられるくらいしか知らない。
当のエーリスは、大人2人から自分の才能を褒められていることに対し、頬を赤くしながら、少し照れくさそうに俯いていた。
「お嬢様は、術式について本質を感覚で理解できていると思う。
だから、まずは座学で何ができるか全部教えるほうがいい。
故郷だと、座学は力のおこし方を覚えたら必須。
アルトゥス様は呼吸と同じくらいに自然にできているから、座学の大事さを分かってない。」
「流石にわかってるよぉ!」
心外だ。
僕は知識人だと自負している。
座学の大切さは誰よりも熟知しているんだ。
僕がそういって抗議すると、サリティさんはじとっとした目でこちらを見る。
「だったら、師として力には責任も自分に対して牙を剥く怖さもちゃんとはじめに教えるべき。」
畜生、何も言い返せない!
図星すぎて胸が痛い。
別に時間がなかったとか、疎かにしてたわけじゃないけれど。
でも、実際エーリスは自分で工夫してああしようこうしようといろんな向き合い方ができるレベルになるまで育っていることを見抜けなかったこと。
何より、教育の計画をエーリス自身と共有してなかったことが今回の事態を招いたのは確かだからね。
これに関しては完全に僕が悪いというのは間違いない。
エーリスは僕らのやり取りを不安そうに見つめていたが、やがて小さく首を振り、サリティさんの袖をそっとつまんだ。
「サリ、先生はわるくありませんわ。
わたし、力が使えてうれしかったんですの。
先生からは、術式はべんりだけど、使いかたをちゃんとおぼえるようにおしえられておりますわ。
サリも術式を使えるのね?」
「ん。私は育ったところで覚えた。」
サリティさんは、少しだけ誇らしげに胸をはる。
その確かな自信をみて、エーリスは目を輝かせた。
「じゃあ、サリ。先生がおいそがしいときはサリにも教わりたいですわ!」
「……うーん、それは……」
そういって、サリティさんが僕の方をちらりと見た。
気遣っているのだろうか?
「いいんじゃない?
僕もつきっきりで教えられるわけじゃないし、サリティさんのさっきの指導を見る限りはよい先生の才能が見えたから。
ヴァルエルナにいる間は身の危険も少ないだろうし、サリティさんの時間も余るかもしれないよ。」
特に気にしていることでもないし、そもそも他の術師の視点から見えてくるものが新しい気づきに繋がることもある。
なら、歓迎すべきことだ。そう言って気楽に許可したが、それに対するサリティさんの表情は少し難しそうだ。
「もう、そういうことじゃ……はあ、まあいいよ。
お嬢様さえよければ、私の感覚で教えてあげる。
ただし、新しいものは教えない。
それは本来の先生の教えるべきこと。
あくまで私はサポート。それでいい?」
「はい!ありがとう、サリ!」
エーリスはぱぁっと花が咲くように笑った。
それに対して、サリティさんはちょっと困ったような顔をしながら言葉を濁す。
「あと、私は戦士。教えるのは上手じゃない。
そもそも言葉が乱暴。
だから、許して欲しい。
……えっと、許してください?」
「もちろん、気にしませんわ!
ミリアルデ家はでんとうより実利をもとめるおうちですの!
だから、気にしないでけっこうですわ!」
あ、そっちか。
そりゃそうか。
サリティさんにとっては他所の領主のお嬢様だもんな。
立場の違いを超えて、貴族の娘さんにものを教えるというのは緊張感が漂うもの。
言いがかりをつけられては敵わないしね。
ここも僕の配慮不足だった。
ごめんね、サリティさん。
あとでネーベルさんにサリティさんの紹介と、たまにエーリスに術式を指導させることを報告しないとね。
いやはや、我ながら気配りが足りてないな。
「……ねえ、アルトゥス様。
私もお嬢様と同じ授業を受けてもいい?」
僕が反省している最中、サリティさんが少しだけ視線を落としながら言った。
普段の彼女からすると珍しい、どこかしおらしい声音だった。
「うん?別にかまわないけど……。
何か特別なことをするわけじゃないよ?」
「最近、少し術式の精度をもっと高められたらどうなるかと考えることが多くなった。
アルトゥス様の術式の戦い方を見て、もっと足元を鍛える必要があるかもって。
アルトゥス様は息するように高純度のアイズを展開している。
そのコツをつかみたい。」
なるほど。何度か彼女の強化術を見ているが、回転速度はかなり高水準なものの、まだまだ伸びしろはあるように感じていた。
とはいえ、あくまで僕から見ての視点だ。
一般的な術師としてみれば運用には問題なく感じる。
ただ、身近にガルデスくんという大きな壁と目標がいる以上、ベースアップのタイミングではあるのだろう。
いつもお世話になっていることだし、恩返しという意味でも、ここらで彼女の術式指導をしてあげるのもいいかもしれないね。
「わかった。僕なりの改善点が見つかるかもしれないしね。
いいよ、一緒に授業を受けてくれ。」
「まあ!では、サリと私は『どうもんのもんかせい』になりますわね!」
エーリスがぱっと笑顔を咲かせ、ちょっとだけ誇らしげにする。
小さな先輩に、サリティさんも優しく微笑んだ。
「ふふ、そうだな。
先達として、私を導いてくれよ、お嬢様?」
「はい!先生の一番の教え子として、かんげいしますわ!」
エーリスは胸を張って宣言する。
その姿があまりに誇らしげで、可愛らしくて。
胸の奥に、ふっと温かさと寂しさが同時に湧き上がる。
本当は僕の一番弟子ってわけじゃないんだ。
でも、それでいいか。
僕が育ててきた弟子たちは、僕より先に逝ってしまった。
長命種である僕にとって、避けられない寿命という別れ。
直接的な教え子としては、今はエーリスだけ。
それなら、エーリスが一番でいいだろう。
僕の弟子たちはみんないい子ばかりだった。
きっと、後輩の可愛い一番宣言も、笑って見守っていてくれるだろう。
そのとき、雲の隙間から差し込んだ陽光が、僕の視界を一瞬だけ白く染めた。
それは、僕の勝手な気持ちの代弁に抗議するような、でもしょうがないなというような。
そんなふうに、雲の向こうへ逝った弟子たちが軽く小突いてきたような。
そんな、優しい『仕返し』の光に感じた。




