第64話 ミリアルデ家にただいま
「先生!お久しぶりです!」
言葉は淑女らしく丁寧に。
しかし、胸に元気よく飛び込んでくるあたりは年相応に。
ミリアルデ家の姫君、エーリス=ミリアルデが花のような満開の笑顔で僕を迎えてくれた。
これだけで旅の疲れが吹き飛ぶような気持ちになる。
まあ、僕は疲れないんだけどね。
「ただいま、エーリス。
いつも手紙をありがとう。
変わらず元気……いや、少し淑女らしくなったかな?」
「お母さまから、先生にはずかしくないよう己をきたえなさいと。
術式だけではなく、淑女らしさを身に着けるお勉強もがんばるよう言われておりますの!」
なるほど。とはいえたった数ヶ月で見違えるように言葉遣いが大人びてきているのは素晴らしいことだ。
少し離れるだけでこんなに変わるのだから、やはりエーリスは高い学習意欲と能力を秘めているのだろう。
才能と共に、それを伸ばすやる気があることは何より重要な要素だ。
僕も先生として鼻が高い。
「私、アルトゥス様が、あれだけデレデレしてるの初めて見る。
あの子、何者?」
後ろでサリティさんがアレストくんに耳打ちする声が聞こえてきた。
「エーリス様っす。ミリアルデ家の一人娘の。
アルトゥス様が術式を直々に教えている娘さんなんすよ。」
「ふぅん。アルトゥス様があんなに穏やかに微笑んでるのは久しぶりに見る。
いい子なんだな。」
「めちゃめちゃいい子っす。
アルトゥス様も彼女に毎週手紙をお送りするくらいには気に入っているはずっすね。
見てください、あの顔。
あれは孫に歓迎されて頬を緩めるジジイっすよ。」
オーケー、アレスト。
君は後で特別に稽古つけてあげるからな。
覚えておけよ。従者としてついてくる気なら、相応の強さが必要だもんね。
ついでに。主人に対する態度ってもんをこの際教育してやるからな。
そんなこんなで、メイキドルアを出発して1週間。
僕らは目的地であるヴァルエルナ領に到着し、またしてもミリアルデ家のお世話になることとなった。
行きの時とは違い、今回は帯同人数が多い。
そのぶん日程も長くなった。
旅慣れしていないマダム、アルフリーダさんも一緒だしね。
彼女とカドヴィくんは、僕とは違う馬車で移動していた。
もちろん、「グランバル氏」も別の馬車。
護送兵団の数も総勢20人の規模である。
行きは4人しかいなかったことを考えても大所帯だ。
僕は彼らの馬車とは少し距離を置かれていた。
まあ、当然だよね。
演技とはいえ、僕とアーシェスタス家は険悪であるという設定なんだから。
それもあって、移動中彼らとの接触は一度もなかった。
いささか緊張感のある一週間だったね。
まあ、その旅程そのものは和やかなものだ。
アーシェスタス家の人々も、拘束されている状態とはいえ、あくまで立場は貴人として扱われていたし。
護送兵団側も事前に僕が説明して事情を承知済みだ。
故に、彼らに対して無体を働く者はいなかった。
一応僕に彼らの様子について報告は届くが、それを聞く限りでも問題はない。
アルフリーダさんが率先して護送兵団の皆さんへの気配りを欠かさず、身だしなみもきっちりと整えて過ごしているそうだ。
カドヴィくんも、そんな母親と一緒にいるためだろうか。
それとも自分が支えると決心しているためだろうか。
とても大人しくしている上に、食事はしっかりとって体調管理も身だしなみも気をつけているとのことだった。
口数は少ないものの、礼は忘れず、貴人に相応しい落ち着きをみせていたと聞いている。
状況に対して覚悟を決める落ち着きは身についているようで、安心したよ。
「グランバル氏」のほうは……。
まあ、こちらは言わずもがなだ。
いつも通りの落ち着きようで、馬車でも優雅にくつろいでいたそうだ。
なんというか、目に浮かぶようだよ。
まあ、彼については何も心配する必要はない。
外からみて不自然じゃなけばそれでいい。
それこそ僕が口を挟む余地がないね。
「先生!わたくし、毎日術式の『励起』を練習してましたの!
いまではちょっと意識するだけで『励起』できるようになりましたの!
それでね、それでね――」
「こらっ!エーリス!淑女がはしたないですよ!
そもそも、アルトゥス様はお客様で、こちらに到着したばかりです!
ご挨拶が終わったら、屋敷にご案内しなさい!」
「ピャッ!?お、お母さま……!」
首元をむんずと捕まえられたエーリスは、そのまま引きはがされていく。
引きはがしたのは、もちろん母であるネーベル=ミリアルデさん。
今日は普段と違い、ドレス姿で僕らをお迎えしてくれた。
リヴェリナでも最近流行のパンツドレスというやつだね。
屋敷内で行動するときは、白衣とスキニーのパンツスタイルで、スタイリッシュな姿が多い彼女。
僕の印象ではそちらでの姿が主だった姿だが、こういうフォーマルな姿も素敵だね。
「エーリス。気持ちはわかるけど、お父様とお母様が先だよ。
……お久しぶりです!アルトゥス様!
後程お話を聞かせてくださいね!」
相変わらずのしっかり者であるシルバナ君が、母親からエーリスを引き取り、僕にそういって下がっていった。
エーリスの助けを求める視線が僕に突き刺さるが、僕にも立場があるからね。
ここは大人しく引き下がりましょう。
先生とはいえ、ちゃんと優先順位は大事にしますよ。
「本当にごめんなさい、アルトゥス様。
でも、エーリスは本当に楽しみにしていたのです。
お許しくださいませ。」
「もちろん、僕は気にしないよ。
ミリアルデ家のお姫様にここまで歓迎されるということはありがたいことじゃないか。」
「本当に、アルトゥス様のおかげでエーリスも淑女教育に対して前向きになりました。
先生に情けない所は見せられないと毎日張り切っております。」
ネーベルさんはエーリスと同じ表情。
けれど、母らしい落ち着きと温かさを含んだ微笑みでそう言った。
「ミリアルデ家はアルトゥス様と関わってから良いことばかりですな。」
最後に現れた壮年の男性。
ミリアルデ家当主のトルマド=ミリアルデ殿がそういって僕に頭を下げた。
「買いかぶりすぎだよ。こうやって迷惑を持ち込んでいるわけだしね。」
僕の謙遜を、人懐っこい笑顔で受け止めると、そのまま手を差し伸べてきた。
なので、僕はその手を握り返す。
グランバル氏よりは柔らかいが、しかし力強さが伝わるこの感覚。
トルマド殿は武人ではないが、実直な政治家らしい芯を感じる。
「大事なのは、互いに利用することです。
アリヴィエでアルトゥス様に近しいものという噂は、私にも利益があるものです。
それを考えたら、この程度は迷惑には入りませんよ。
……それどころか、ますます私とヴァルエルナの重要性があがるというものです。」
「まったく、本人にいうもんじゃないよ。」
「はは、むしろそのくらい気安いほうがよいと考えております。
そうしないと、アルトゥス様に頼ってもらえませんでしょうしな。」
ま、それもそうなんだけどね。
信頼よりも打算で繋がること。
その打算にやましいことがないこと。
それが分かっているほうが、仲良くする理由に何故が挟まなくて気が楽だ。
なにより、僕としても無条件に信頼されると困ってしまうからね。
そういうところを理解してくれるトルマド殿の距離感はありがたいものだ。
「……すぐにでも土産話をお聞かせ願いたいが、流石にメイキドルアのご賓客をお待たせしすぎるわけにはいきません。
私はここで一度失礼します。ネーベル、後は頼む。」
「ええ、お土産話はこちらで受け取っておきますわ。
アーシェスタス家の皆様に失礼のないようにお願いしますね。」
ネーベルさんはそういってトルマド殿の頬に軽くキスを贈った。
いつものことなのだろうから、トルマド殿も平静を保っている。
あ、内心高揚しているというのは温度をみればわかるけど。
いいね、夫婦円満なのは。
「トルマド殿、分かっていると思うけど……。」
「もちろん、心配は無用です。
失礼はないようにしますが、扱いはしっかりいたしますので。
『グランバル氏』はお二人と違う部屋を用意してあります。」
うん、野暮な確認だったね。
トルマド殿は友好的な人物ではあるが、政治的なやり取りや切替はできる人だ。
駆け引き云々についてはこちらが口を出すまでもないだろう。
どうにも僕の周りって多面性を抱えてうまく立ち回れる人が集まりやすいみたいなんだよね。
そういう意味ではエーリスやサリティさんは珍しいタイプなんだよな。
まあ、政治的な立場でいるとそういった腹芸のひとつはできないと生きていけないという面もあるけど。
「ちなみに、アレストくんはどう思う?」
「頭の中読んでいること前提の会話マジでやめてくれません?
俺にそんな能力ないっすよ。
……旦那様はいい人だけど、ちゃんと政治屋っすよ。
案外、アルトゥス様を出し抜くのはあんなタイプかもしれませんね。」
「はったおすよ。……ま、否定はしないでおく。
敵対したくないタイプではあるね。
ああいう人懐っこい面と利益をちゃんとみる冷静な面が同居するタイプは、どちらも必要に応じて切り替えると自然とカリスマが生まれるものだから。」
敵対する理由は今のところないし、そもそもエーリスという大切な弟子がいるからなぁ。
考えたくはないけれど、エーリスを任せたのは利益でないことを祈りたいものだ。
これは気分の問題だね。
トルマド殿の信頼は利益から考えても必要なものだ。
だが、個人的には結びつきの根っこは彼自身の好意を端に発しているものであってほしい。
僕の都合という利益に根差したものではないと強く宣言しておく。
ミリアルデ家はアリヴィエにきてからずっと味方で、拠点のように感じているからね。
拠点である以上、滞在中は気楽に過ごしたいものだ。
「ねえねえ、アルトゥス様。」
そんなことを考えていると、僕の袖をくいくいっとひっぱってサリティさんが身を乗り出してきた。
何かあったのだろうか?
「目的地到着したし、アレストと手合わせしたい!」
「あー、そんなこといってたね。」
「うへぇ、マジでやるんすか……?」
アレストくんと再会して以来、サリティさんはずっとアレストくんとの手合わせを希望していた。
以前共闘したときは互いに別のところで戦っていたし、アレストくんはヴァルエルナの兵士だと思っていたから表立って勝負を申し込めなかったそうだ。
だが、彼が僕に剣の誓いを立てたということで、彼女の中ではアレストくんは既に身内としてカウントされるようになったようだ。
故に、手合わせの機会をずっと窺っていたみたいなんだよね。
アレストくんは、相手が女性であることと、僕の口からちゃんと彼女が強いと伝えていたこともあって少し遠慮がちだ。
ただ、サリティさんの身のこなしをじっと見つめていた時に、どの程度の実力であるか、ずっと計っていたのを僕は知っている。
口では嫌そうにしているものの、内心は少しワクワクしているはずだね。
なんというか、2人ともバトルジャンキーなんだよな。
まあ、戦士と傭兵だもんね。
ただ、僕の見立てだと二人とも実力伯仲で、いい勝負しすぎると思うんだよね。
そうなると、互いに手加減を忘れてバカみたいにエスカレートする未来が想像に容易い。
人のお家でそんな大暴れさせるのはいかがなものだろうか。
……うん、それはまずいかな。
じゃあ、ちょっと趣を変えようか。
「サリティさん。訓練でならいいけど、ちょっとやり方変えていい?」
「む?なんだ?」
「僕の見立てじゃ、2人ともかなり実力が拮抗していて、模擬戦が白熱しすぎちゃいそうなんだ。」
「む。私のほうが強い。」
「いや、サリティさんも強そうっすけど。
俺もかなり修練積んでますよ?」
「こっちは修練と実戦を重ねてる。」
「それはこっちもっすよ。
何回暗殺者叩きのめしているか教えてあげましょうか?」
お互い口調は丁寧だが、ジリジリと熱があがっている。
双方、それなりに自重できる方なんだけど、いざ戦いとなると譲れない部分が露骨に出る。
だからこそ、それを落ち着かせつつ、互いに納得ができる形がいい。
「ほら、そうやって熱くなるのは目に見えてるの。
ここはヴァルエルナ領なんだから、あまり派手すぎるのはよくないでしょ?」
「……むぅ。ちょっとくらい手加減すれば何とかなる。」
「俺も手加減くらいできるっすよ。」
「そっちは本気でいい。」
「じゃあ、勝負にならんでしょ。」
ほらまた少し雰囲気が剣呑とし始めちゃったじゃん!
これだから二人の手合わせは危ないんだって!
「はいはい、ストップストップ。
だから、やり方を変えるの。
2人がちゃんと実力を確かめられて、なおかつ安全に戦える方法。」
「むう。アルトゥス様がそういうなら……。」
「で?どんな風にするんすか?」
2人はある程度納得してくれたのか、そういって続きを促してきた。
僕はひとつ腕まくりをして宣言した。
「2人は協力して、僕にかかっておいで。2対1で稽古つけてあげるから。」
僕がにやりと笑ってそういうと、二者は二様の反応を見せる。
サリティさんは、目をキラキラとさせ嬉しそうな顔をする。
逆に、アレストくんは何か嫌な予感を察して顔をひきつらせた。
さあ、教育の時間だ。
特に、従者として、アレストくんにはしっかり主従を叩きこまないとね!




