第63話 従者との再会と、冬の足音
「……いや、まあ予想してなかったわけじゃないけどさ。ちょっと再会早くない?」
「それはこっちの台詞っすよ。
何やらかしたらあの感動的な別れから三月もせずにこっちに戻ってくることになるんすか。」
そういって、護送兵団と一緒に来た知り合いの青年はこれ見よがしなため息をついた。
アレスト=ミッドヴェル。
少し前、僕をメイキドルアまで送り届けるために、馬車の御者と護衛を務めてくれた青年だ。
元々彼はムッセタリア側の人間で、僕の命を狙う立場であった。
しかし、一緒に旅をする中で彼の心に変化があったらしく、こちら側に寝返ることになった。
心変わりの詳しい理由はよくわからないけれど、僕のことをかなり信頼してくれたようで、そのまま剣の誓いという儀式を行うまでの関係になった。
誰かに剣を捧げるってことは生涯その人に尽くすって宣言に等しい。
若いのにいいのかなぁとも思ったけれど、僕としては慕ってくれるならくるもの拒まずという考え方だから何も言うことはない。
彼の人生だしね。
選ぶ自由は彼にある。
その後、彼は元々の雇い主であるムッセタリアとの契約を解除するために、一度ヴァルエルナに戻ってきたのだ。
これは、情報交換をヴァルエルナで行う予定だったことと、潜入先であったミリアルデ家に彼の身柄を保護してもらうためだ。
ミリアルデ家の当主、トルマド殿は僕と懇意にしているし、何より彼がスパイとして潜り込んでいることを知った上で僕の護衛をさせていたからね。
まったく、どういうつもりで彼を預けたのか問い詰めないと。
「で、そっちはどう?ムッセタリア側と契約解除はできたの?」
「契約そのものは軽いものだったので、解除自体は問題なく終わってるっす。
それでも、こっちの問題が全て片付いたわけじゃないっすね。
もう少し身軽になるまで、従者としてついていくのはやめておくっす。
目途は立ってきたんで、それまで待っててくださいね。」
「わかってるよ。今のところの敵側の動きは?」
アレストくんは一度周囲を見回し、声を落とした。
「……こっちへのちょっかいはかなり減ってきてはいます。
流石に刺客を3回くらい殲滅させたこと。
何より、メイキドルアがきな臭くなったことから、こっちにかまっている暇がなくなっているんじゃないかって思うっす。
実際、ヴァルエルナに近づく傭兵が少なくなり、逆にムッセタリアとメイキドルアに傭兵が集まっているって噂っすから。」
なるほどね。
本格的にドゴメスが挙兵を急いでいて、ムッセタリア側としても戦力をそちらに集中させようとしているのか。
傭兵を集めているのは、ムッセタリアの兵を表立って使えないからなんだろう。
ドゴメスは領内の混乱を収めると申し出て、ムッセタリアから兵をいくらか借りるという名目での援軍要請と動員はできる。
それでも、他領であるムッセタリアが動かせる兵力は治安維持レベルだ。
大規模に兵を動かしたら本格的な内乱になる。
それは、中央政府の介入が不可避となるだろう。
だから、傭兵を使うってわけ。
傭兵を雇って戦力にしようってことは、かなりお金が動きそうだね。
ムッセタリア、結構お金持ちなのかな。
そのあたりを聞いてみると、アレストくんはなんとも言えない渋い顔をしてこう答えた。
「資金繰りは相当苦しんでいるんじゃないっすかね?
なんか向こうもいろいろあって、期待していた大口の支援が打ち切られたらしいんすよ。
知り合いの傭兵も、長期契約を結んで常駐していたらしいんすけど、急に契約方法の見直しを迫られたらしいっす。」
「見直し?どんな?」
「長期契約そのものは一旦終了。
ムッセタリアにいる間は仕事斡旋するから近くにいてくれって。
そもそも長期契約で呼び出したのに、短期の仕事を回されるから、身柄を拘束されているような息苦しさに面倒の気配を感じて逃げ出したらしいっす。」
「へえ。その知り合いは?」
「一旦状況を静観するために、首都に向かったっす。
そいつは傭兵っすけど、アリヴィエ出身で愛国心は高いっすからね。
身内同士の戦いは御免だって。」
アレストくんは当然っすよねと肩をすくめた。
グランバル氏との話と合わせて考えると、ムッセタリアに資金と諜報を提供していた大口の支援元は帝国だ。
帝国はムッセタリアを通じてメイキドルアを掌握しようとした。
あくまで予測でしかないが、食料自給率の低下で揺らぐアリヴィエに、「帝国の技術と物資で支えてあげよう」という名目で恩を売り、依存させるという目論見があったのかもしれない。
リヴェリナが食糧輸出を絞ったのは、アリヴィエを疲弊させることが目的だとかそんな言葉を使ってね。
で、その言葉通りの状況にするには、リヴェリナの開拓支援。
つまり僕の活動は邪魔だったというわけか。
ああ、なるほど。それで僕の排除も行おうとしたのか。
あくまで帝国の技術や物資でアリヴィエを支えなきゃ、リヴェリナとの関係にくさびを打ち込めないしね。
そして、メイキドルア調略とリヴェリナ特使の排除を同時に進めることで、アリヴィエ内部の混乱を最大化しようとしてたとしたら、辻褄が合う。
考えれば考えるほど、帝国から見たら僕の存在は鬱陶しい存在だよね。
国内での食料自給率向上なんて彼らの計画を根本から潰すような計画だし。
同時に、僕にちょっかいを出すことは、排除するにせよ失敗して怒らせるにせよ、どっちに転んでも美味しい存在として映ったわけだ。
何しろ、僕を排除しようとしたのはカドヴィくん。
つまり、アリヴィエの貴族だもん。
だからこそ、帝国は自分たちの最も強いカードである、自身の『瞳』を投入したのか。
彼らとしては、リヴェリナから派遣されてくる特使というものがまったくの謎だったろうしね。
リヴェリナ側の本気を確認するために、どうしても情報を持ち帰りたかったということか。
彼らの誤算は、その切り札の上を行く存在が敵だったってこと。
手を汚さず丁寧に任務遂行しようとしたら、まさかの反撃で目を奪われたんだ。
普通なら、ここで怒り狂って反撃してくる。
プライドを守るために、さらに大きな戦力を投入する。
それが国家というものだ。
舐められたらぶっ飛ばす。
それがこの世界のルールみたいなものだから。
でも、帝国はそうしなかった。
何より、あっさりとそれまでの調略や準備に費やした資産や労力を捨てて、全力で舞台から去った。
この辺りの迅速さと損切りの速さは驚嘆に値する。
大事なものを奪われたり、損害を出したら、それを取り戻すために躍起になったりするはずなのに。
しかし、彼らはそうしなかった。
やはり、帝国は強い国だね。
自分たちのプライドより、手元に残るものを大事にする。
『瞳』という戦力の喪失は、戦わないという判断をできるほど大きかったのだろう。
そしてその判断を、迷わず実行できる。
切り札を一枚失ってなお、感情ではなく合理で動ける国。
だからこそ、帝国は今日までその権威を失わないのだろう。
まったく、敵ながら舌を巻くよ。
彼らは合理的に支配し、リスクを負わない。
プライドよりリターン。
こちらからの調略が最も難しいタイプの集団だ。
今後の彼らの動きを予測するとしたら……。
まあ、十中八九、僕に接触しようとしてくるだろうね。
それこそ、全面的な敗北を認めてでも、僕との敵対を避けてくる。
彼らにとって、頭を下げることなんて、余計な敵対による損害と比べたら屁でもないだろうしね。
「ま、どちらにせよムッセタリアはかなりジリ貧っすね。
多分、なりふり構わずメイキドルアの掌握を目論むでしょう。
……ちなみに、こっちの勝算ってどのくらいなんすか?」
「もう勝負ついてるよ。」
「……マジっすか。
なんだかんだ、ムッセタリア側も戦力は半端ないっすよ?
置き土産として、それなりの装備は残していってるらしいっすから。」
「戦争は戦闘が起こる前に決着がつくものだよ、アレストくん。
情報戦全てに僕らは勝利していたんだ。
それだけで、勝敗の9割は決しているものだ。」
「ほんっと、アルトゥス様とは敵対したくないっすね。」
「今回に関しては本当に僕は大したことをしてないよ。
グランバルっていう古狸が圧倒的だっただけ。
僕は勝ち馬として振る舞っただけ。」
「勝ち馬には乗るもんじゃないっすかね?」
「勝てる馬は、勝てる騎手に手綱を預けるってことさ。」
なんすかそれはと怪訝な顔をされてしまった。
まあ、アレストくんはその頃の話を聞いていないから仕方ないか。
僕はグランバル氏に、僕という暴れ馬を抑えて見せろといって手綱を預けたんだよ。
そして、彼は見事それを捌ききってみせたんだ。
だったら、僕自身が勝ち馬ってことなんだよ。
実際、僕がリヴェリナとして怒りを示したという演技で敵の腰を浮かせることに成功したんだからね。
グランバル氏が負けることはない。
あの古狸が僕を呼び出して、リヴェリナを巻き込むような形で相手を誘ったんだ。
相応の自信……というよりは勝利後も見据えた動きを考慮しているに違いない。
大方、粛清に近いこともしないといけないから夫人を戦場から離しておきたかったという面もあるのだろう。
お芝居とはいえ、リヴェリナから使節団を呼び出しているという事実は、敵にとって理想的な誤解を生む。
実際は、僕の知人をリヴェリナに招待しているだけなのだけれど。
さらに言えば、リヴェリナへの入国はしてもしなくてもいいかなと考えている。
僕らの予測では、護送兵団の移動と共に決起して行動開始するだろうと読んでいるからね。
多分、一週間以内に宣戦布告。そして鎮圧されるだろう。
僕は、顔も知らぬドゴメス=メイキドルアという人物に想いを馳せた。
生まれたときから疑問ではあったのだろう。
自分の名前と領の名前が同じ。
だが、その領を収めているのがアーシェスタスという別の家。
周りの者たちから過去のメイキドルア家の歴史という名の罪の物語を押し付けられ、ずっと何故自分がこんな苦しい思いをしなければならぬのかと悩んでいたのだろう。
そそのかしたものはいたかもしれない。
でも、当事者の身になれば、そそのかしとは手を差し伸べてくれるようなものだ。
すがりたい気持ちはわかる。
でも、すがって、覚悟して、決起して。
その果てに待っているのは、すべてが入念に準備され、整えられた滑落の舞台だ。
それを思い知ったとき、彼は絶望するのだろうか。
それとも、この世すべてを恨むのだろうか。
「……ままならないね。
僕だって誰かにそんな想いをさせることがわかっていて、グランバル氏に手を差し伸べたはずなのに。」
本当に、ままならない。
僕は彼に直接恨みがあるわけじゃない。
何より、同情できる立場ですらない。
それでも……知り合い方が違ったらどうなっていただろうか。
存在しないもしもが、僕の掌からこぼれ落ち、荒野の風にのって吹き飛ばされていく。
手に残った少し乾いた風の冷たさに、冬の季節の訪れが刻まれていた。
僕らはアーシェスタの街を背にして歩き出す。
僕と出会ったときには考えられないくらい真剣な顔のカドヴィくんたちを乗せた馬車と共に。
去り行く僕らがいた馬車の発着場には、過ぎ行く秋の空気だけが寂しげに取り残されていた。




