第104話 あべこべの季節
「世話になった。また会おう。」
突然現れて、嵐を散々まき散らしたリヴェリナの王。
別れはあっさりとしたものだった。
ミリアルデ家にはそれまでに世話になったとしばらく王都の麦酒を贈ると約束された。
王様からのプレゼントとしては少々派手さに欠けるかい?
それがそうでもなくてね。
これが実は絶妙なんだ。
お礼とは言え、王からの下賜品を他国が受け取るというのは、国内の政治的示しとしては扱いが難しい。
過大でもいけないし、軽すぎてもいけない。
それに、今回はリアナはレッドフォルテ伯爵として訪れているしね。
大事なのは、格と交流の評価として外から見て過大に見えない、ちょうどいいバランスを取ること。
ミリアルデ家との繋がりが自然なものになるのもいい。
これで定期的にリアナはミリアルデ家に対してリヴェリナの王としてやり取りできる名目ができた。
そのうち、麦酒を詰めた荷の中にネーベルさんの研究成果やエーリス向けにエルドラ術の教材などが紛れ込むようになるのだろう。
やましいことはなくとも、名目のない交流はいらぬ探りを呼ぶものだ。
ならば、名目という箱の中にしまい込むほうが安全だよね。
王の箱を検めるような不敬はそう簡単にできるものではない。
悪いことじゃないけれど、外との繋がりとはそういう下衆の勘繰りを呼ぶから面倒くさいものだよね。
「メルフィス様……」
見送るシルバナくんとネーベルさんに挟まれ、少しだけ涙ぐむのはエーリスだ。
彼女は首からペンダントを下げていた。
ハンターケースロケットのように加工したお洒落なペンダント。
中にはリヴェリナの国章が刻まれたメダルが収められていた。
それをぎゅっと握りしめながら、リアナの前に立つ。
「エーリス、無くすなよ?」
「もちろんですわ。」
「いずれ、返しに来い。」
「まあ、くれないんですの?」
「もっといいものと交換してあげるから。」
「でしたら、両方くださいませ。」
エーリスの言葉にネーベルさんは一瞬慌てる。
リアナはそっとエーリスの背中に手を回し、優しく抱擁した。
その瞬間、気丈に振る舞っていたエーリスから涙が溢れた。
ネーベルさんは、そんな二人の様子に少しだけ困ったように微笑むだけだった。
リアナとの出会い短い間だったが、エーリスにとっても良い経験だった。
少し年上の、先生ではないけれど優秀な術師の先輩であるリアナ。
その先輩と肩を並べて術を磨き、感覚や体験を言葉にして、術の知識を深める。
そして、いつかもう一度肩を並べる日を約束した。
別れの瞬間に感情が抑えられないほど、エーリスはリアナを慕っていた。
「学べよ、エーリス。
そして、それ以上に楽しめ。
リヴェリナに来たら、寂しいと思う日がないくらいに忙しくなるかもしれないしな。」
「はい。頑張りますわ。」
「頑張るだけじゃなくていい。
伸び伸びと興味を持って学べ。
詰めるな。伸ばすんだ。」
「はい。伸ばしますわ。」
「会いたくなったら、アルに頼め。
あいつにはたまに帰るように言いつけてある。
一緒に遊びに来ていいからな。」
「ちょ、勝手な約束を……!?」
ひとつ聞いてなかった許可があることに、思わずエフィが口を挟んでしまう。
が、ダメですか?というエーリスの視線に、一瞬で根負けする。
はあ、とひとつため息を漏らして何も言わずに下がった。
何も言わないとはつまり、許可したようなものだね。
いやはや、恐ろしい。
エーリス、騎士団のお姉さん方の心を、この一週間ちょっとで掌握していたからな。
最も口煩いエフィですら、エーリスならまあいいかみたいな認識になっているのは本当に末恐ろしい。
可愛がられるのも一つの才能だね。
ひとつ離れたところでは、サリティさんとルッテが握手を交わしていた。
「いずれ。」
「次だ。」
互いに言葉は短い。
だが、そこに含まれている感情は大きかった。
何より、互いに近い内に会えるだろうという確信があるようだった。
2人はひとつ頷き、ハイタッチしたあと互いに背を向ける。
ルッテの表情は見えない。
でも、サリティさんは満足そうな顔をしていた。
ならば、本質的には似たもの同士であるルッテの表情も、きっと鏡合わせのように晴れやかなのだろう。
その後も何人かの騎士達がサリティさんに走り寄っていった。
ルッテと渡り合った戦士として、若い騎士達の中に感化された子達もいたようだ。
サリティさん、ルッテとの模擬戦後、挑戦はいつでも受けて立っていたしね。
思わぬ交友関係の広がりに、少しだけ戸惑っている様子ではあった。
しかし、そうやって慕われること自体は、気分が悪いことじゃない。
次第に彼女は嬉しそうに笑っていた。
アレストくんもなんだかんだ別れを惜しむ相手ができているようで、何人かの騎士達に囲まれていた。
少し迷惑そうな顔をしているが、あいつも内心喜んでいるな。
アレストくんの剣の腕前は同年代と比べてもかなり突出した才気を示していた。
加えて僕に剣を捧げた怖いもの知らずの若者となれば、ちょっと可愛がってやろうと一部の騎士達がはりきって稽古をつけていたらしい。
彼らいわく、想像以上に剣の才能はある。
けど、いかんせん型にはまりすぎてて多人数を同時に相手するような乱戦向きの戦い方が苦手だと評価されていた。
奇しくも、僕が以前アレストくんに下した評価と変わらない評価ってわけだね。
それがまあ、アレストくんにとっては悔しかった。
あれからそういった部分を克服すべく鍛えていたのにも関わらず、同じ評価ってことは、改善できていないってことだしね。
だからこそ、彼は必死だった。
それからは少しでも乱戦が苦手という評価から脱却すべく、毎日毎日、騎士達複数人相手での模擬戦を繰り返してもらっていたようだ。
ベテランの騎士の1人からは、多少は使えるものになったはずですと伝えられてる。
多少ねぇ。
常に向上心を求められるリアナの近衛騎士団。
それが目に見えた成長を口にしているってことは……。
今度の稽古が楽しみだね。
ミルシャさんは最後にリアナに深くお辞儀をしていた。
「……この度のメイキドルアの件については、後日改めて謝罪を……」
それに対し、リアナはすっと手で制した。
「ミルシャ。何のことだ?」
「……」
「……うむ、それでいい。」
リアナはミルシャさんの口をふさいだ理由はひとつだ。
「レッドフォルテ伯は、アルトゥス特使に呼ばれてヴァルエルナにきて、会談した。
念のためアリヴィエ政府に連絡し、入国許可をもらった。
中央政府は挨拶に来た。」
それは、リアナが自ら決めた台本であり、リアナが選んだ外交のシナリオだった。
そう、ならばそれが真実なのだ。
「ミルシャ、いいな?」
「御心に感謝を。」
「よい。代わりに願いがある。」
願いという言葉に、ミルシャさんがちょっとだけ身を硬くする。
仕方ないとはいえ、リアナは思わず苦笑した。
そして、軽く身を乗り出して耳打ちする。
「……また、アリヴィエにきたときはお前がもてなせ。
他の者の目がないときはレッドフォルテ伯爵として扱ってほしい。」
「……身に余る光栄であるとともに、責任重大ですわね。」
「うむ、頼んだぞ。」
そういって意気揚々と馬車に戻る我らが女王に、僕とエフィは顔を見合わせた後、盛大な溜息をついた。
「エフィ、陛下を頼んだ。」
「アルトゥス様。
ちゃんと
ほんとうに
絶対に
忘れずに
帰ってきてくださいね!?」
エフィは強く念を押してくる。
本当に苦労をかけるね、エフィリス近衛騎士団長殿。
でもね、我儘を言える相手が僕だけじゃなくて近くにいるってことは本当に大事なんだよ。
リアナにとって、エフィは確かに甘えられる存在なのだ。
ある意味リヴェリナ王国は彼女にかかっている。
リヴェリナの平和を頼むぞ、エフィ。
「アルトゥス様、次戻ってくることあったら休暇いただきますので。」
「……うん、流石にそこは休めるように協力する。」
僕も鬼じゃないからね。
***
「アルトゥス。」
リアナと目を合わせる。
「何かいう事はないか?」
「寂しくなったら会いに行くよ。」
思わぬ言葉だったらしい。
リアナは一瞬目を丸くして、顔を赤らめた。
不意打ちだった。
やったね。
でも、言葉を噛みしめているうちに、丸くなった目が細くなる。
頬は赤いが丸く膨らむ。
残ったのは不満。
なんでさ。
「寂しくなるのはいつよ。」
あ、なるほど。
寂しくなったらって言葉に疑りをかけてるのか。
僕はエルフだからね。
寂しくなるのが何年も先じゃないかって思ってしまったのか。
「来年の春。」
「……嘘じゃない?」
「ここで嘘をつくほど、馬鹿でも鈍感でもないよ。」
まっすぐに伝えた。
僕に会いに来てくれた。
僕を心配して様子を見にきてくれた。
僕のために怒りにきてくれた。
きっと、明日にはちょっとずつ寂しさが積もるだろう。
だから、暖かくなったらリアナに会いに行きたくなるだろう。
リアナは、僕の手を握って愛おしそうに撫でた後にこういった。
「50点。」
「点数ひっく。」
「有言実行したら、あと半分あげる。」
そういって、リアナは馬車に乗り込んだ。
「またね、アル。」
リアナの馬車が、走り去るのを見送った。
その馬車は、リヴェリナの若い麦畑のような暖かい風を纏っていた。
春は去り、冬が取り残される。
「順番が違うなぁ。」
僕のつぶやきは、トゥガナトの山へ消えていく。
トゥガナトの山頂は、白化粧が薄くひかれ始めていた。




